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ウルスライアス清掃紀行  作者: 龍々山 ロボとみ
第二章:キョウの都で大暴れ
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7話:退魔師の流儀・1


「ライアス、ちょっと顔を貸しなさい」


 それは、ライアスがキョウの都にやって来てからしばらくたった日のこと。

 キョウの都周辺の妖魔退治や瘴気の浄化などが、一段落した初夏のことであった。


 ライアスが借り続けている宿の一室に、妙齢の女がやって来た。


「ベガさん? 珍しいね、わざわざここに来るなんて」

『いつもは私たちが来るのを待っていますのに』


 ライアスは怪訝に思いながらも女に応じる。

 やってきた女――ベガは、ライアスの身仕度が整っているのを見ると先の言葉を発し、ライアスに付いてくるように促した。


「アナタに、ワタシの仕事を手伝ってもらいたいのよ」

「ベガさんの仕事を? それはいいけど、なんで?」


 ライアスがキョウの都に来てからというもの、ベガにはいくつも妖魔退治や瘴気の浄化に関する依頼を回してもらっている。

 しかし、ベガ自らが手を付ける依頼に関して手伝いを頼んできたのは、これが初めてのことだ。まさか、それほどに難しい依頼なのだろうか。何をさせられるのだろう、とウルスラがちょっと身構えた。


「たまにはアナタにも、普段ワタシがどういうことをしてるのか見せておこうと思っただけよ。別に依頼自体はアナタがいなくてもこなせるわ」

「あ、うん。そうなんだ」

「ライアスには付いてきてもらうだけでいい。最後にちょっと、浄化を頼むかもしれないけど」


 どうやら難しいことをする必要はないらしい。

 どうせ今日はまだ予定も入っていなかったし、ライアスはベガに付いていくことにした。ベガに続いて宿を出る。


「ところで、いったいどんな依頼なの?」


 前を歩くベガに追い付き、問う。

 ベガは胸の谷間に手を突っ込むと、一枚の赤い紙を取り出した。


「鬼退治よ」

「えっ」


 ライアスはびっくりして目を見開いた。


「鬼退治って、……え、本物の鬼?」

「当たり前でしょう。ワタシに依頼が来るんだから」


 それはそうかもだけど、ライアスは思う。


「俺まだ本物の鬼には会ったことがないんだけど、むちゃくちゃ強いんじゃないの?」

「鬼だもの、他の妖魔よりは強力よ」

「ベガさんだけで大丈夫なの?」


 そのとたん、ベガの瞳が不機嫌な色を帯びた。


「……あら、心外ね。当然倒せるわ。キョウの都で一番強い退魔師が、一人で鬼退治もできないような弱虫に見える?」


 ギラリとにらまれてライアスは慌てて首を横に振った。

 どうやらライアスの言い方が気にくわなかったようだ。


「足手まとい何人連れてったって役には立たないし邪魔なだけよ。ワタシがいれば倒せるんだから、ワタシだけいればいいでしょう?」

「それは、まぁ」

「それに……、この赤紙が来るということは、いくら強くてもたいした手間にならないことのほうが多いわ。大人数でいくだけ無駄よ」


 そう言うとベガは、手にした赤紙をライアスに渡した。


『……えらく、震えた字が書かれていますね』


 赤紙には、震えた字で場所だけが書かれていた。

 キョウの都の北の端、山中にある古ぼけたお堂。そこに鬼がいるということらしい。それとこの紙、なんだかシミのようなものがいくつも付いている。ポタポタと何かが垂れたようなシミが。


「……手間にならないって、どういうこと?」


 ライアスがさらに問うが、ベガは「行けば分かるわ」としか答えなかった。


 仕方なくそのまま付いていって、しばらくすると目的地のお堂に着いた。


「これは、なんとも……」

『お札だらけですわね』


 お堂はそれなりに大きく中も広そうに見えたが、戸や窓はすべて閉じられ上から大量のお札が貼られていた。とても開きそうにない。

 そして正面の戸には一際大きいお札が貼られていて、そこには崩した文字で「封印」と書かれていた。


「この中に鬼がいるの?」

『いますね。物音もしていますし、なにより強い瘴気の気配を感じます』


 ライアスは箒を構えてごくりとツバを飲んだ。

 ベガには付いてくるだけでいいと言われているが、戦闘になればそういうわけにもいかなくなるだろう。鬼の強さはまだ未経験だが、手も足もでないということはないはずだ。


 そう考えたライアスに、しかしベガは「手出し無用よ」と告げた。

 そしておもむろにお堂に寄ると、正面戸に貼られたお札をはがした。


「ベガさん!?」


 ライアスが驚く暇もない。ベガはためらいなく戸を大きく引き開けた。光がお堂の中に入り込み、中の様子を照らし出す。


 そこにいたのは紛れもなく鬼だった。

 人と変わらない大きさ。赤黒い樹皮のようになった肌。頭に生えた大きなツノ。理性を失った濁った目。

 そしてなにより、妖魔特有の禍々しい気配。


 鬼は戸を開けたベガに気付くと、奇声を発しながら襲いかかった。


「グオオアァアアアアッ!」


 床板を蹴って鬼が跳ぶ。両腕を広げてベガに掴みかかる。

 ベガは退くことなくそれを受けた。円の動きで両手を回して鬼の手を払い落とすと、ダンと踏み込んで双掌打を放った。


「ふっ!」


 鬼の胸部を両手で突く。

 衝撃で鬼は吹き飛び、お堂の奥に転がっていく。ベガはそのままお堂の中に入っていって、ライアスも後に続いた。

 よろよろと身体を起こす鬼に、ベガが話しかけた。


「来たわよ。まだ話はできるかしら?」


 なにを、とライアスは思ったが、予想に反して鬼は言葉を返してきた。目には僅かばかりの理性の光が灯っていた。


「……アァ、すまナい。少シ危なカった。感謝すル」

「どういたしまして。もっとも、どのみち時間は少なそうだけど」

「ソうだな。手短に頼ム」


 鬼はその場に正座すると、少しだけあごを上げて目を閉じた。

 ベガが鬼の対面に立つ。


「言い残すことは?」

「……ひとつダけ。オレの弟子に伝えテくレ」


 ベガと鬼のやり取りを後ろで聞いているライアスの心中に、言いようのない不安がよぎる。

 まさか、この鬼は。


「お前はソのままでイい、だが、時には非情にナれ、……と」

「分かったわ」

「ベガさん、ちょっと、」


 待って、とライアスが言うより早く、ベガが動いた。


「――一文字(イチモンジ)


 横一閃にベガの右手が振り抜かれた。

 少しだけ遅れて、鬼の首がゴロンと落ちた。

 命を失った身体がゆっくりと倒れ、断面からは血があふれ出す。


「きちんと伝えてあげましょう。師の最期を看取れなかった、可哀想なアナタの弟子(今回の依頼人)に」

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