6話:神様へのおもてなし・3
「あ、レンゲさんとシロちゃんだ」
「……こちらに来ますね」
ライアスたちを見つけたとたん、ツキシロがパタパタと駆け寄ってきた。
そしてふたりの顔を見比べて首を傾げる。
「あれ? なんでウルスラ様がここにいるの?」
「いやぁ、ちょっとやんごとない事情があってね」
なんでと聞かれると、おおむねツキシロの処遇が原因だったりするのだが、ライアスはすっとぼけた。
ウルスラは、少しだけムッとした顔をしている。
「ツキシロ、今日は何を、」
「あー! そういえばウルスラ様、なんか二、三日前から声が聞こえないと思ってたのだ! もしかしてずっとこっちで遊んでたの!? ライアスと一緒に!?」
「え? いえ、私がこっちに来たのは今日のことで、」
「ズルいズルい! シロも誘ってほしかったのだ! のけ者にしないでほしいのだー!!」
わふー! っとツキシロが勢いこむ。頭の上からピョコンと耳が飛び出した。
ウルスラは少し気圧されて、言葉に詰まる。
「こりゃ、ツキシロ。興奮して耳が出とるぞ」
「あ、レンゲちゃん」
「それと、自分の仕える神様に対してその口の利きかたはなんじゃ。敬意を持って応じんか」
遅れて寄ってきたレンゲが、ツキシロをたしなめる。
それからウルスラに向き直って、深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかりまする。今代ゴジョウ巫女の巫女頭、レンゲと申しますじゃ。ウルスラ様、ライアスやツキシロからあなた様のお話はかねがね聞いておりました。こうして直にお逢いできて誠に光栄にござります」
「あ、はい……。あの、別にそんな畏まってくれなくていいですよ? 普通に話してほしいですわ」
あまりに丁寧に対応されるとなんだかむず痒いので、ウルスラはそのように言った。
それを聞いたツキシロが「ほらー」という顔を浮かべるが、レンゲにペシッと額を叩かれる。「きゃうん!」と悲鳴があがった。
「敬意を持て、と言うておるじゃろ。畏まらなくてもいいというのは、敬意を持たなくてよいのとは違うんじゃぞ」
「はーい……」
額を押さえてしょんぼりするツキシロ。
ついでに耳もしゅんとなって引っ込んだ。非常に分かりやすい。
「ところで、レンゲさんとシロちゃんはどこに行ってたの?」
ここでライアスが口を挟んだ。
二人そろってどこに行っていたのだろう、と。
「む? いやなに、今から向こうの劇場で三味線や太鼓の演奏会があるんでの、たまにはツキシロも遊びに連れてってやろうかと。なんだかんだ言うて、修行はきちんと頑張っておるし」
「シロ、音楽好きだから楽しみなのだ!」
「そうでしたか。ちなみに、時間はよろしいのですか?」
ウルスラが問う。
レンゲは「そろそろ始まる時間になりますじゃ」と答えた。
「それならあまり話し込んでもよくありませんね。私たちのことはお気になさらず、そちらに向かってくださいな」
レンゲたちにそう言ったウルスラは、ついでライアスにも話しかけた。
「私たちも、あまりお店の前に留まっては迷惑になりますわ。次の目的地があるならそちらに向かいましょう」
ライアスは「そうだね」と答えつつ、なんともいえない表情をしていた。
「ライアス?」
「あ、うん。次の目的地に行くのはいいんだけど」
「何か問題が?」
「問題というか……」
ツキシロたちを指差して、ライアスは答える。
「俺が次に案内しようとしてたのって、レンゲさんたちと同じとこなんだよね」
「……なんですって?」
「演奏会でしょ。ほらこれ、先売りで買っといた入場券」
そう言ってライアスは懐から券を取り出しす。
それを見たツキシロが、自分の懐からも券を取り出した。
「一緒なのだ!」
「うん」
「なんと……」
表情を曇らせるウルスラとは対照的に、ツキシロが嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「え、それじゃあふたりも一緒に行くの? やった! 行こ行こー!」
「わっ」
「ちょ、ちょっと!」
そしてライアスとウルスラの腕をとって、自分の両脇にそれぞれ抱え込んだ。
ふたりの二の腕がツキシロの大きな胸に押し付けられる。
「そんなふうに持たれると、胸が」
「なんですかこの柔らかさ……!? というより、引っ張らないでくださいな!」
「ほらほら早く行かないと! 始まっちゃうのだー!」
ツキシロはふたりの抗議を無視してぐいぐいと引っ張っていく。一緒に楽しめる相手が増えて喜んでいるのだ。尻尾が出ていればぶんぶんと振っていることだろう。
「レンゲちゃんも急いで! 遅れちゃうよ!」
「う、うむ。分かったのじゃ」
レンゲはなんとなーく、一緒に行くのはやめておいたほうがいい気がした。が、わりと自分も楽しみにしていた演奏会なのでそのまま行くことにした。
結果として、演奏会は面白かったしウルスラも「いい演奏でした」とは言っていたのだが。
その表情は終始不機嫌そうなままであった。
そしてツキシロひとりだけが、そのことに気付いていなかった。
「楽しかったねー!」
演奏会のあと、ライアスたちは近くの甘味処に入った。各々食べたいおやつを注文して口に運びながら演奏会の感想などを言い合うことに。
「すごかったのだ! 太鼓! 担いでぶわあーっと! 三味線も早引きすぎて手元が見えなかった!」
「そうじゃのう」
「シロもなにか楽器やりたい! レンゲちゃん何か教えてよ!」
「琴ぐらいなら教えられるが」
といっても。喋っているのはほとんどツキシロひとりだけである。
くずきり餅の黒蜜で口元をベタベタにしながら、きゃいきゃいはしゃいで喋っている。
横に座っているレンゲが、相槌を打ちながら口元を拭いてやっていた。
「ん、ここのようかんも美味しいや」
机を挟んで対面に座るライアスは、ふたりのやりとりを見ながらモグモグとようかんを食べている。ライアスの隣に座るウルスラは、黙々とぜんざいを食べながらじっとツキシロを見つめていた。
「……ライアスは」
「うん」
「あれ、どう思いました?」
ライアスはウルスラの視線の先を見る。
ウルスラの目は、ツキシロの大きな胸を見つめていた。
「正直言うと、……むにむにしてて気持ちよかった」
「奇遇ですね、私もですよ……」
演奏会中、興奮したツキシロが何度か抱き付いてきたりしたのだ。
そのたびに、これでもかと大きな胸が腕やら顔やら後頭部やらにむにゅっときて、気が散ってしかたがなかった。
演奏自体は良かったのにウルスラが不機嫌なのはこれが原因だ。
楽しんでるところに水を差されたら誰だって不機嫌になる。
そして邪魔されたのに気持ち良かったりしたので、怒るに怒れないというか、感情のもって行き場がない。
「ウルスラ様! ウルスラ様!」
「なんですか、ツキシロ」
「ウルスラ様も楽しかったよね! ね?」
なんの悪気もなさそうなニコニコした顔で、ツキシロが聞いてきた。
ウルスラは、神様としての体面とか色々そういうことを考えて言いたいことを呑み込み、答えた。
「……ええ、楽しかったですよ」
「だよね! だよねー! 良かったよね!」
同意を得られたツキシロはさらに興奮する。さすがに騒ぎ過ぎなので、またレンゲにたしなめられていた。
「こりゃ、もう少し静かにせんか」
「はーい。でも、ほんとに楽しかったのだ。巫女さんとして覚えることいっぱいあって最近わっふわっふしてたけど、これでまた明日からもガンバれるかな!」
そう言って胸を張るツキシロ。
なんだかんだいって、しっかり修行に励めというウルスラの言いつけは守っているのである。
ウルスラもそれは分かっているので、これでもツキシロのことは巫女としてちゃんと信用している。戦力になるかどうかは、まだまだ怪しいところだが。
「……そうだ、ツキシロ。せっかくなので今渡しておきましょうか」
「? 何を?」
なのでウルスラは、ツキシロに武器を渡すことにした。
武器といっても剣や弓のようなものではなく、ミナコが使う柄杓のような道具だ。
「この二、三日、私の声が聞こえなかったと言っていましたよね。あれは、これを作っていたからなのですよ」
そう言ってウルスラは、懐から取り出したものをツキシロの前に置いた。
「これ、……団扇?」
「ただの団扇ではありません。私の髪を媒介にして私の力を込めてあります。ひと振りすればびゅうと清めの風が吹き、瘴気を祓うことができます。神業、というものも、一応これで使えるようになるかと」
ツキシロに渡したのは、立派な団扇であった。紅葉の葉のような形をしていて、柄のところには青い飾り紐が付いている。
ツキシロにはピンと来ていないが、レンゲはそれを見てちょっと驚いている。
「これはなんとも、立派な品にございますな。ライアスのホウキといい、強い力を感じますじゃ」
「神様、もしかしてそれ、ホウキ坊の団扇じゃない?」
「はい。ちょっと改造しました」
ホウキ坊の団扇といえば、とんでもない大風を生む団扇である。
ウルスラはそれを調整し、ツキシロが振れば清風が吹くようにしたのだ。
ツキシロは団扇を手に持ち、しげしげとそれを見つめる。
「生み出す風の強さは振り方などで調整できます。ライアスのホウキのように色々できるわけではありませんが、清風だけでいえば、ライアス以上の威力を出すこともできるでしょう」
「おおー……! スゴい、カッコいいのだ……!」
キラキラした目で団扇を握る。
いつの間にか飛び出した耳と尻尾がピンと立っていた。
「レンゲ。ツキシロの修行、これからもお願いしますね」
「謹んで承りますじゃ。安心してお任せくだされ」
レンゲは恭しく頭を下げ、ツキシロを連れて城に戻っていった。




