6話:神様へのおもてなし・1
◇
「カタリナ! カタリナー!」
神様たちの住む世界に、ウルスラの声が響く。
手には一冊の本を持ち、自分の友達を探しているようだ。
「たいへんですわ! ちょっと来てくださいー!」
「呼んだ?」
「うひゃあ!?」
ひょこっと背後に現れた友達に、ウルスラは「相変わらず神出鬼没ですわ……」と思いつつ、手にした本を差し出した。
「とんでもないことになりました」
「どうしたの? ライアス君が死んじゃった?」
「死んでませんわよ縁起でもない!? とにかく読んでくださいな」
「どれどれ」
カタリナはパラパラと本をめくる。
この本はカタリナが創り出した本なので、少しめくれば何があったのか簡単に読み解くことができる。
そしてウルスラが、どの部分に関してたいへんだと言っているのかも、すぐに分かった。
「なるほどね」
「どうしましょう。ライアスが何でもひとつ言うことを聞いてくれるって……」
ふーん、とカタリナはさらに本をめくっていく。
「なんで神サマを呼んだの?」
「何をお願いしたらいいか考えてるので、相談に乗ってください」
「神サマに聞かれても……。ウルスラはどうしたいのさ」
「私としては、その交換条件の恥ずかしさに釣り合うだけの何かをしてもらいたいのですが」
じゃあ方向性を決めようか、とカタリナは言う。
「罰でいくかご褒美でいくか。ライアス君にも同じように恥ずかしい目とかに遭ってもらって溜飲を下げるのか、恥ずかしいけど頑張った自分へのご褒美をもらう形でいくか。ウルスラはどっちがいいの?」
「私は……、ご褒美をもらうほうがいいですわ。ライアスがひどい目に遭ってるのを見ても楽しくないですし」
逆に心がざわざわして落ち着きませんわ、と続けたウルスラを、カタリナは優しい目で見ていた。
「ご褒美ということなら、何かプレゼントをもらいたいとか?」
「うーん、今そんなに欲しいものがあるわけでもないですし」
「じゃあ、ライアス君に何かをしてもらうという形になるかな。どうする? こっちに連れてきたいなら、そうできるようにもするけど」
「ライアスをこっちに? 連れてきてどうするんですの?」
「仲良しこよしするとか。必要なら声の漏れない本を貸すよ。大きいベッド付きで」
「っ……!?」
意味を理解したウルスラは、「バカ!!」と吼えた。
「わ、私は別にライアスとそーゆー関係になりたい訳ではありませんわ!!」
「そうなの? 出られない部屋にしたときはあれだけ楽しそうにちゅっちゅしてたのに」
「わーっ!?」
ウルスラはカタリナに掴みかかった。
「やっぱりアレ、貴方の仕業だったのですね!?」
「うん、もちろん」
「こ、このー!」
怒りに任せてウルスラは拳を振り上げるが、カタリナにはひょいと避けられてしまった。
「避けないでくださいまし!」
「あの時ウルスラも楽しんでたでしょ?」
「それでも恥ずかしかったのには変わりないですわ!!」
「うわっと」
顔を真っ赤にして殴ってくるウルスラを、カタリナはなんとかなだめる。
しばらくして落ち着いてきたウルスラに、カタリナは話を続けた。
「さっきの話の続きだけと」
「……はい」
「ライアス君をこっちに連れてくるんじゃなくて、ウルスラが向こうに遊びに行くのはどう?」
「ライアスたちの世界にですか?」
「うん。今、ライアス君がいるのはヤマト之国のキョウの都でしょ? そっちの世界でもかなり大きな町だから、君が行っても色々楽しめると思うよ」
確かに、とウルスラは思う。
ライアスが食べているご飯を見ていても、色々美味しそうなものが多いし、分けてくれる甘味もまた然りだ。
町並みも美しく、劇場などの娯楽施設もいくつかある。
観光気分で行ってみるのも悪くないかもしれない。
「ライアス君に案内してもらって、小旅行気分でキョウの町を回ってみたら? 滞在時間を長くできるようにしておいてあげるからさ」
「そうですわね……。そうしますわ! ありがとうございますカタリナ!」
カタリナは開いた本にさらさらと何かを書き込むと、それをウルスラに渡した。
本を受け取ったウルスラは、さっそく自室に戻り本を開く。
そしてライアスにこう告げた。
「ライアス、今度一日そちらに遊びにいきますので、精一杯、私を楽しませてくださいな。それが私からのお願いですわ!」
話を聞いたライアスは、食べていたまんじゅうを飲み込むと。
『んー……。分かった。とりあえず、何日後に来るか教えて』
「では、三日後に」
『了解。それで、ちょっと準備とかするからそれまで来ないでね』
「準備?」
『うん。楽しんでもらえるように計画立てたりするから。三日後の朝に、また来てよ』
「なるほど、分かりました! 楽しみにしていますよ!」
ウルスラは、「なかなか殊勝ではないですか」と思いながら一旦本を閉じ、それから。
「……せっかく行くなら、おめかしして行きましょうか」
ただ待っているのも退屈なので、着ていく服を選び始めた。
普段は、自分の聖印が入った裾丈の短い着物を着ているのだが。
今回はもう少し普通のものにする。
柄は紺色地に薄青で細い縦線の入ったもの。
丈はきちんと足元まであって、足などさらさない。
帯は山吹色のもの、帯締めは朱色のものにした。
履き物は鼻緒の色が明るいものを選び、足袋は当然のように真っ白なものにした。
「髪もまとめておきましょうか」
腰まである長い青髪をひとつに束ねてくるくると巻き上げ、かんざしを差して止めておく。
このかんざしには髪の色を誤魔化す力があって、一般人が見ると普通の黒い髪に見えるようになるのだ。
最後にちょこっとお化粧をしてみて。
「こんなものですかね!」
鏡の前でくるりと回ってみた。
我ながら良い感じだと自画自賛していたところに、
「ウルスラ、今日のお昼ご飯はどうする? ……おや?」
「あ、クッカ」
ウルスラの友達のひとり、料理の神様がやってきた。
「どうしたんだ、その格好」
「ふふふ、今度ちょっとお出かけをすることになりまして、その服装を考えていたのですわ。どうです、これ? 似合ってます?」
「ワタシに聞かれても困るのだが……、そうだな、料理の盛り付けとして考えるなら悪くない。ただ、もう一味隠し味、あるいは彩りものの付け合わせがあれば尚良いと思う」
「ふむふむ……」
何か小物でアクセントを付けようか、とウルスラは思う。
「しかし、お出かけと言ってもどこへだ?」
「この本の中ですわ」
「カタリナの本か。そういえば、最近いつも読んでいるな。面白いのか?」
「はい、とっても」
「そうか。本を読む楽しみはワタシにはよく分からないが、オマエがいいというのなら良いのだろうな。ところで、お昼ご飯はどうする?」
「ちらし寿司が食べたいですわ!」
「分かった分かった」
聞きたいことを聞いたクッカは、自分の持ち場に戻っていく。
戻るとちゅう、独り言のように「ウルスラのあの浮かれよう、初めて見たな」と呟いた。
そして、あれよあれよという間にライアスたちの世界で三日たった。
ウルスラは、本を開いてライアスに問う。
「それでは今から行きますわ!」
『りょーかーい』
ウルスラは徳点を消費して、本の世界に飛び込む。
そしてライアスの御守袋を通じて世界に降り立った。




