5話:フシミイナリ大社劇場・6
ツッキーは、きょとんとした表情を浮かべた。
「みこさん……?」
「そうそう、巫女さん。ツッキーちゃん、見た目は完全に人間だからイケると思うんだ」
「ツッキーがみこさん……」
その言葉をよく噛んで飲み込むまで、ツッキーは難しそうな顔をして頭をひねった。
そして。
「……! 巫女さん! あ、楽しそう! ツッキーやってみたい!」
理解したとたん、パァッと目を輝かせた。
思わず耳と尻尾がピョコンと飛び出す。モフい。
「お、やってくれる?」
「巫女さんで! 神様の遣い!? すごい、カッコいいのだ! やりたいやりたい!」
「そう言ってくれて良かった。マトイさんも、いいと思う?」
ライアスはマトイの目を見て問うた。
マトイはなぜか目を逸らし、小さな声で答える。
「……まぁ、本人がやりたいと言うならいいんじゃないかな」
「?」
「……どうせアイドルができなくなるなら、他にやれることがあったほうがこの子の為だからね。しかしキミ、神様の遣いにするって神使にするってことだろ? そんなことができるのかい?」
「うん、前に一回やったことがあるよ」
ライアスは、その時神使にしたのが猫だったことは黙っておくことにした。
まぁ、こちらも狼であるならたいした差ではないだろうし。
「そうか。いや、妖魔を神使にするというのは、わりと高位の神職か手練れの陰陽師でないとできないと聞いていたからね。ちょっと驚いているよ」
「俺は神様の使徒だから、そのどちらでもないけどね」
やってることは一緒だろうけど、とライアスは続けた。
「さて、それじゃあさっそく」
『ねぇライアス、ちょっと』
「ん?」
くいくいっと御守袋を引かれ、ライアスはツッキーたちから少し離れたところに連れていかれた。
「なにかな?」
『あの自称アイドルを私の神使にするという話になってますけど』
「うん」
『私、それ嫌なんですが』
「え」
ウルスラの言葉に、ライアスはポカンとする。
『いや、え、じゃなくてですね。そもそもライアス、その話手前で私にしてました?』
「してない」
『なんの相談もなしでいきなりそんなこと決められても困るんですけど』
ライアスは困り顔を浮かべた。
「え、なんで嫌なの? ツッキーちゃんの胸が大きいから?」
『さすがにここまで来てそんな理由ではないですよ!? 確かにちょっと見ていて腹は立ちますけど』
「腹は立つのね……」
『けど、それ以上に重要なことがあります。以前にミケを神使にしたときは、貴方はどういう状態でした?』
ライアスは少し頭を使った。
「あー、神様がやってきて一時的に強化してもらってたんだっけ?」
『はい。今のライアスならあの時の状態は越えているんですけど、今回は相手がさらに大きいので、神使になーれをするにはまた私がそちらに行かなくてはなりませんわ』
「じゃあ来てよ。その分の徳点を使うからさ」
ウルスラは、ぐっと言葉に詰まった。
『……あ、あのですね、実は私、今ちょっとだらしのない格好をしていてですね、そんな姿でそちらに行くのはー』
「大丈夫、俺そんなの気にしないからさ」
『貴方が気にしなくても私が気にするというか……! そ、それにですね、わざわざあの子を神使にしなくても、他に解決方法はあるのではないでしょうか……?』
「あるかもしれないけど、ツッキーちゃんを神使にするのが一番八方丸く収まると思うよ。神様だってそう思わない?」
『それは、そうなんですが……』
言われたとおり、ウルスラも理解はしている。
今回の件でツッキーを退治しないのであれば、神使にして妖魔ではなくするのが、後々一番もめ事が起きにくいはずだ。
ベガの標的ではなくなるし、友人のマトイも納得してくれている。
アイドルをやめるにあたり、神様の声が聞こえて巫女になったとなれば、ただやめるよりもあの男連中を納得させられるだろう。
ヘイアン城に連れていって、レンゲあたりに巫女としての礼儀作法を住み込みで教えてもらうようにすれば、それがレンゲからの報酬ということで退魔師連中への顔も立つ。
なにより、神使にしてしまえばそれはウルスラの力にもなる。
自分の力を込められる存在が多ければ、やれることも増えるだろう。
そこまでウルスラも分かっている。
分かっているのだが。
『~~~~っ!』
「……神様?」
はっきり言ってしまうと。
ウルスラは恥ずかしいのである。
だらしのない格好をしているから、ではない。
それはとっさに出た方便だ。
ライアスの力を活性化させるとなると、またライアスにキスをしなくてはならないからだ。
そして以前もそうしたことが、ライアスに知れるのが恥ずかしいのである。
想像するだけで顔から火が出そうになるし、そうするぐらいなら辛いものを食べて口から火が出るほうがまだマシに思えるほどだった。
『と、とにかく、私は嫌なのですよ……!』
「えー。でも、もうやるって言っちゃったしなぁ」
『だから、事前に相談してほしかったと……!』
「あ、じゃあさ」
ライアスは、仕方がないというふうに提案した。
「今度、神様の言うこと、何でもひとつ聞いてあげるからさ」
『……なんですって?』
「だからお願い。神様は嫌かもしれないけど、ちょこっとだけこっちに来てくれないかな? このとーり!」
『…………』
ライアスが手を合わせて頭を下げる。
ウルスラはしばし考えて。
『……な、何でもいいんですの? ほんとに?』
「うん、俺に出来ることなら」
『ものすごくワガママ言っても怒りません?』
「あんまり痛いのとか苦しいのとかはやめてほしいけど。最大限努力するよ」
『……約束ですよ?』
ウルスラは、「ちょっと身だしなみを整えてきますわ」と言い残してどこかに行き、十分ほどたってたらライアスの前に現れた。
それからウルスラとライアスの間でどのようなやり取りがあったのかは、長くなるので割愛する。
ただ、一部始終をのぞき見していたツッキーが大ハシャギしてウルスラの怒りを買い、危うく退治されかけるという出来事があったことは、ここで述べておく。
さて、この件のその後についてであるが。
おおむねライアスが目指したとおりの流れで進んでいった。
まず、あの自称アイドルについては、約束通り浄神の巫女となった。
アイドルのツッキーあらため、これからはウルスラ様の巫女、ツキシロ(ツッキーは芸名だったそうだ)として頑張ることになったわけだ。
「……では、貴女を私の神使として認定します」
「はい! これから頑張ります、なのだ!」
「元気があっていいですね。……それと、これを差し上げますわ」
「? なにこれ?」
ウルスラは、不思議そうな顔をしたツキシロの首に、それを巻いた。
「首輪ですわ」
「え」
「何か私の意に反することをしたら、そのたびにそれをきゅっと絞めますからね」
「え? え?」
ツキシロは慌てて外そうとしたが外れず、それどころかぎゅうっと絞まってきたので泣く泣く外すのを諦めた。
「うう……、シロは狼だけど、犬ではないのだ……」
「神様、なんでそんな首輪なんて持ってたの?」
「初めて会ったときにライアスが反抗的な態度だったら、御守袋の代わりにその首輪を付けるつもりでしたので」
「……え?」
「その御守りも首輪みたいなものですわ」
「…………」
マトイは、「キミのとこの神様も意外と怖いんだな」と思ったらしい。
それから、アイドルツッキーの引退宣言に関しては、これからは巫女として頑張ることになったと告げたところ、大半のファンたちは好意的に納得し、応援してくれた。
なかには泣き崩れたり、突然の引退宣言に怒ってステージに上がろうとしてきた者もいたが。
その時にはライアスがステージ上で立ちふさがり。
「あなたはヒロシさん! あなたはマサオさん! そこのあなたはタケシさんだね!」
「な、なぜ俺たちの名前を……!」
「ヒロシさんは、奥さんのミサエさんが毎日旦那が夜遊びするってとても怒ってたからね!!」
「んなっ!?」
「マサオさんは、恋人のネネさんがこれ以上他の女にうつつを抜かすなら別れてやるって包丁を研いでたよ!」
「ひいぃっ!?」
「タケシさんは、いい加減にしないと家から追い出すってお母さんが言ってたよ!!」
「か、母ちゃーん!」
ウルスラに名前を教えてもらって(それぐらいは顔を見れば分かるらしい)から、聞き込みのときに集めた情報をもとに糾弾していくと、ほとんどが大人しくなった。
最後に何人か煤祓で落ち着かせると、その場はそれで収まり、アイドルライブ劇場は解散となったのだった。
また、フシミイナリ大社からツキシロを連れて帰る際には。
「えーと、ライアス君」
「なに、マトイさん?」
「……色々悪かったね。シロのこと、よろしくお願い」
「うん、任せて。とりあえず、ヘイアン城に連れていって巫女さんとしてのアレコレを教えてもらうようにするつもりだから」
「……ヘイアン城、か。……シロ、ちょっと耳を貸して」
「いいよ! はい!」
マトイはツキシロに何事か耳打ちして、大社裏の山の中に戻っていった。
どうやら、大社から離れられないというのは本当のことらしい。
マトイの事情も気にはなるが、本人が言いたくなさそうだったのでライアスは聞かなかった。
縁があればそのうち話してくれるだろう。
そして翌日。ベガに一通り事情を説明した(神使になったと分かると興味をなくしたようだった)あとヘイアン城に行ったライアスは、レンゲを呼び出した。
「大社で夜な夜な悪さをしてたのはこの子だったけど、改心して俺の神様の巫女になることになったから」
「う、うむ……? そうなのかお主……?」
「なったのだ!」
突然のことにポカンとするレンゲに、ライアスは無理矢理ツキシロを預けると。
「しばらくそっちで巫女さんとしての作法を教えてあげてね。よろしくレンゲさん!」
『ツキシロ、しっかり励むのですよ』
「よろしくなのだ!」
「お、おいライアス……! ……ぬぅ、もう行ってしまいよった」
突然預けられても困るのだが、と思いながら残ったツキシロを見るレンゲ。
するとツキシロが、くんくんとレンゲの匂いを嗅ぎ出した。
「んー……?」
「なんじゃお主、いきなりワシの匂いを嗅ぐでない」
「なんか、知ってる匂いかもなのだ。あ、ヘイアン城のレンゲってあなたのこと?」
「そうじゃが」
「やっぱり! シロの友達のマトイちゃんから伝言があるのだ!」
「なに……?」
マトイという名前を聞いたとたん、レンゲは眉を跳ね上げた。
「えっとね。――悪かったよ、こっちはちゃんとやるからたまには顔出せ、って言ってたのだ!」
「……!」
「レンゲちゃんも、マトイちゃんの友達なの?」
「いや、くくく、そうか。あやつめ……!」
マトイからの伝言を聞いたレンゲは、ひとしきり笑うとツキシロの肩を叩く。
「そうかお主、マトイの友達か。人見知りのするあの娘が、友達か……! いや、それならワシも頑張らんとな。それにお主、ちょっとワシと同じ臭いがするしのう?」
「え、そう? くんくん」
「うむ! まずは城の中に入れ! 丈の合った巫女服をやろう!」
「ほんと! シロ、着てみたい!」
こうしてツキシロは、しばらくヘイアン城で修行することになった。
頭はちょっと残念だが、努力家で飲み込みが早い彼女は、わりとするすると教えてもらったことを覚えていったらしい。
そして、ツキシロをヘイアン城に預けてから数日たったある日。
ライアスは、ウルスラからこんなことを言われた。
『ライアス、今度一日そちらに遊びにいきますので、精一杯、私を楽しませてくださいな。それが私からのお願いですわ』