5話:フシミイナリ大社劇場・5
「……ん、んぅ」
マトイが目を覚ますと、額にずきずきと鈍い痛みを感じた。
痛みに顔をしかめながら目を開くと、マトイの目の前には原因となった男の顔があった。
「あ、起きた?」
「……キミは」
気を失う直前のことを思い出して、マトイはため息をつく。
それから痛む額を触ろうとして、両手が縛られていることに気付いた。
「またケンカになっても嫌だから縛ってあるよ。足もね」
「もう暴れないから、ほどいてくれないかな」
「俺の話をちゃんと聞いてくれたらほどくよ」
マトイは動けないことは諦めて、隣を見てみた。
自分の友人が体育座りで小さく丸まって、しょんぼりとしていた。
「キミも戦ったの?」
「マトイちゃんがひどい目にあってると思って」
「その様子だと、キミもよほどひどい目に遭ったみたいだね」
コクリと頷く友人は、その後ごしごしと目元をぬぐった。
よほど怖い目に遭ったらしい。
「マトイさんとツッキーちゃん」
「うん」
「はいなのだ……」
「さっそくだけど、お話をしようか」
ライアスは、自分の名前を名乗ってからここに来たいきさつを話した。
フシミイナリ大社で悪さをしている者がいるので懲らしめてほしい、と頼まれたことをざっくりとかいつまんで。
「ふたりの他に、夜な夜なここで何かしてる者はいる?」
「いないね」
「見たことないのだ」
「じゃあ、俺の目的は君たちふたりだ。それで、懲らしめてくれっていうのは……、正直なところ、もう十分やっちゃったかなって」
マトイの額とツッキーの目元を見たライアスは、少し申し訳なさそうに「ごめんね」と言った。
「あれ、痛かったでしょ」
「今も痛いよ」
「だよねー」
「ツッキーも痛かったのだ」
「俺のホウキ、妖魔にはとても効くからさ」
「そうなのかー……、って、あれ!? ツ、ツッキーは妖魔ではないのだ! ご、ごまかしてるとか、そんなことは全然……!」
今さら慌てて否定するツッキー。
ライアスはマトイを見て、マトイは小さく頷いた。
「キミの正体は、ボクがもうバラしちゃってるよ」
「ええっ!? マトイちゃん!」
「もう完全にバレちゃってたからね」
「ついでに聞くけど、ツッキーちゃんって何の妖魔なの?」
「狼だね。今は人化してるから分かりにくいだろうけど」
「か、勝手に言わないでほしいのだー!?」
ツッキーはマトイの口をふさいだ。
それからライアスの顔を見て、何かごまかしの言葉を言おうとして。
「……うう、そうなのだ。ツッキーは狼の妖魔なのだ……」
『諦めて認めましたね』
「これが証拠……、えいっ」
わふっ、と念じると、ツッキーの頭の上に狼の耳が、腰のあたりに狼の尻尾が生えた。
少しだけ人化を緩めたらしい。
わりと立派な毛並みである。
『存外モフいですわ』
「触ったら楽しそう」
「か、勝手には触られたくないのだ……」
ツッキーはすぐに耳と尻尾を引っ込めた。
ライアスは「勝手にじゃなかったらいいのかな?」と思ったが、今ここでお願いするのもどうかと思ったので、話を元に戻した。
「ツッキーちゃんは、なんでここであいどるを?」
「それは……」
聞くに、元々は近くの山にいて、他の仲間と群れで暮らしていたらしいのだが、何年か前に群れからはぐれ、色々あってここに流れ着いたらしい。
そしてこの地で妖魔となり、今に至るというわけだ。
「ツッキー、群れにいた時はあんまりメスとしての魅力がなくて……、全然他の子に相手にされなかったのだ。それで、群れからはぐれて妖魔になって、人化の術を覚えたときに……」
「……狼の時はモテなかったから、それなら人間の男に、と思ったの?」
「人間の男にチヤホヤされるのが嬉しくて……、あと、元々歌ったり踊ったりは好きだし……」
今の姿も、ライブにやって来る男たちの反応を見ながら少しずつ調整した結果らしい。
どうりで男好きのする顔や体をしているわけだ、とウルスラは思った。
「人化ってそんなに融通がきくものなんだね」
「いや、そこに関してはこの子が頑張ったんだよ。通常はもっと大雑把なものだから」
人化の術の性能強化に特化して成長したようだ。
そのおかげか、通常より妖魔だと気付かれにくくなっていて、たとえ気付かれても正体が分かりにくくなっている。
「男連中から自然と好かれる見た目になってるからね。歌と踊りも相まって、ライブは毎回大盛況さ」
「練習も本番も頑張ったのだ!」
「うん、見たから知ってる。スゴかったよ」
ライアスは素直な気持ちを口にした。
これにはツッキーもご満悦だ。
「だからツッキーは、これからもあいどるを頑張るのだ!」
「あ、ごめん。それは無理」
「え?」
「いろんなところから苦情が来てて、これ以上やると怖い退魔師が来ちゃうんだよね。だから今日であいどるはおしまい。今回俺は、それをお願いしにも来たんだ」
「そ、そんな……! マトイちゃん!」
すがるような目でマトイを見るツッキー。
マトイは、しばらく迷っていたが。
「…………残念だけど、そうするしかなさそうだよ。凶獣のベガのところにキミの退治依頼が入っているらしい」
「それは、危ないの……?」
「俺より強くて冷酷な人だからねー。たぶん真っ二つにされるよ。あれはねー、死ぬほど痛かった……」
一回死にかけているライアスの言葉にはなんとも言えぬ重みがあり、ツッキーは「ひえぇ……」と震え上がった。
「俺から言えるのはふたつ。あいどるは今日でおしまい。数日以内にここから離れること。できないのなら……」
ライアスは箒を取り出した。
ツッキーがびくりと怯えを見せた。
「かわいそうだけど、今ここで退治する。なるべく苦しまないようにはしてあげるからさ」
それを聞いたマトイが、じっとライアスを見た。
「本気でそう言ってるなら、ボクは全力で抵抗するよ? 今度は死にものぐるいだ」
「それは怖いね。俺も、そっちにはあんまりしたくない」
くるりと回して箒をしまう。
「だから、あいどるをやめてここから出ていくようにしてくれるなら、その後のことは協力するよ」
「協力……?」
「簡単にいうと、後始末を手伝うってこと。立つ鳥跡を濁さずって言うでしょ? 例えばあいどるをやめるとなったとして、今日集まるであろう男の人たちにその事を伝えるとする」
「うん」
「そこで男の人たちが文句を言ってきたり、ステージに乗り込もうとしてきたら、俺が止める」
「……ボクがいうのもなんだけど、この大社の敷地内で荒れ事はあんまりしてほしくないかな」
「なるべく穏便に済ますようにするよ。あと、今ツッキーちゃんが瘴気の補給をしてるのは?」
「山をもう少し登ったところに、山から漏れ出てくる瘴気の溜まり場が……」
「じゃあそこは浄化しておこう。これは、俺たちの主目的でもあるし」
「え、でも……」
「妖魔は定期的に瘴気を摂取しないといけないんだよね。けど、ここに何度も戻ってくるわけにもいかないでしょ? ……そこで」
ライアスはピンと指を立てた。
「提案があるんだけど」
「な、なに……?」
「ところでツッキーちゃんは、妖魔であることに誇りを持ってたりする?」
「え、別にそこまでは……」
「じゃあさ」
そして立てた指で自分の御守袋を、縫い付けられた聖印を指差した。
「ツッキーちゃん、俺の神様の遣いになって、巫女さんとかやってみない?」




