5話:フシミイナリ大社劇場・4
「……? あぁ、キミはたしか、前回の最後にグッズを買っていった……」
「ちょっとお話いいかな?」
「……前にも言ったように、ボクはお客さんと話すのが仕事じゃなんだけど」
マネージャーの女は困ったように耳をかく。
ライアスは単刀直入に話を切り出すことにした。
「ツッキーちゃんって、妖魔だよね。なんの妖魔なの?」
「……お客さん、いったい何を」
「退魔師のベガさんが、数日以内にツッキーちゃんを退治しにくるんだってさ」
「……!」
ベガの名前を聞くと、女から笑みが消えた。
その反応を見たライアスは、この女もツッキーの正体を知っているのだと察した。
「君たちがどういう仲で、なんのためにここであいどるをやっているのかは知らないし、深く問い詰める気もあんまりないんだけど。このままだとツッキーちゃん、たいへんなことになるかも」
「……凶獣に噛まれるってこと?」
「ツッキーちゃん、妖魔としてはそんなに強そうじゃないし、たぶん真っ二つにされるんじゃないかな」
「あの子は……」
女は、本当に困ったように爪を噛んだ。
「……そうだね。あの子は、戦うのが得意なほうではないね。なにせ、ボクにも勝てない程度の強さだからね」
「そう」
「……ちなみに聞くけど、キミも退魔師とかだったりするのかい――?」
ギラリ、と女の目付きが鋭くなる。
返答次第では容赦しない、と言わんばかりの目だ。
「俺は、退魔師ではないよ」
「……」
「ただ、きれい好きな神様の使徒として瘴気の浄化とか、妖魔退治をしたりも……!」
女の右手がライアスに迫る。
ライアスはそれを掴んで受け止めた。
「……話は最後まで聞いてほしいなー」
「聞いたら何か変わるのかい」
「俺がびっくりしなくてすむよ……。実のところ、俺もここに妖魔が出るって言われて来たんだけど、夜な夜な悪さをしてるから懲らしめてきてほしいとしか言われてないんだよね」
「……で?」
「話し合いの結果どこかに行ってくれるんなら、わざわざ退治するつもりはないってこと」
女はライアスの手を振りほどくと、吐き捨てるように言った。
「……とてもじゃないが信じられないし、そもそもボクはここから離れられない。あの子も、ここ以外ではアイドルなんて出来ないね」
「そういうものなの? ……離れられないっていうのは、どういう意味?」
「答える必要は、――ない!」
それだけ言うと、マネージャーの女はライアスに襲いかかった。
鋭いパンチが飛んでくる。
「うおっと」
ライアスが半身になって躱すと、女はさらに詰めてくる。
上段、下段、上段突きの連携から左の中段蹴り。
眉間、下腹部、顎と狙ってからの蹴りは、しかしライアスにすべて受け止められた。
「このっ……!」
悪態をつくと女は一度距離を取り、再び飛び込んでくる。
右と左からいくつか牽制を入れたあと、強く踏み込み真ん中の最短距離を突く。
「はっ!」
正中線の上中段。
人中と水月を同時に打つ。
どちらも人体急所であり、どちらか一方でもくらえば常人なら痛みで動けなくなる。
それを。
「うひゃ、いい突き」
「っ……!」
ライアスは両手でしっかりと受け止めた。
そして拳の上から握り込むようにして女の両手を掴むと、掴んだ両手を力任せに握りしめた。
「おりゃああ!」
「痛っ!? は、離せ……!」
拳を握り潰されそうな馬鹿力に、女は悲鳴をあげた。
振りほどこうとしてもしてもライアスは離さない。
たまらず女はライアスを蹴る。
「お、やった」
しかしこれは悪手であった。
ライアスは斜め前に踏み込んで女の蹴りを躱すと、地面に付いてるもう一本の足を後ろから刈った。
「うわっ!?」
同時に掴んでいる両手を押すと、両足の支えを失った女は尻餅をつく。
ライアスは女の腹の上に腰を下ろして馬乗りの形になると、「さぁ、どうする?」と聞いた。
「こうなっちゃうと、お姉さん動けないんじゃない?」
「くっ……!」
「おおっと」
女は、動かせる両足でライアスの背中に膝を入れてくる。
痛くはないが、むちゃくちゃに暴れて蹴ってくるので落ち着いてもらいたい。
「ちょ、ねぇ、落ち着いて」
『そりゃ押し倒されたら暴れますわ』
「そこを、どけ……!!」
暴れ馬に乗っているようなものだ。
組み敷かれた女が本気で抵抗してくるのを、ライアスはうまくいなして押さえ込んでいる。
「んー……」
しかし、このまま暴れられたままだと話ができない。
女は怒って興奮しているし、煤祓で落ち着かせようにも箒を手にするには女の手を離さないといけなくなる。
ライアスはだんだん面倒になってきた。
ので、ちょっとだけ乱暴な手を使った。
「おりゃっ!」
ぐうっとのけ反って力を溜めると、女の額に頭突きをくらわした。
額と額でガツンとぶつかり、女は目から火花が出そうになった。
「かっ……、あ……」
そのままがくりと力が抜ける。
ライアスの頭突きで気を失ったらしい。
ウルスラが「相変わらずの石頭ですわ」と呟いた。
「よし」
『いや、よし、じゃないですよ』
「だって」
なんか面倒になったんだよね、とライアスは女の上から降りつつ言う。
「とりあえず、縛っとこうか」
『まぁ、それには賛成です。荒縄でいいですか?』
「せめて麻紐にしてあげない……?」
ウルスラから麻紐を受け取って女の手足を縛ったところで、近くの茂みがガサガサと動いた。
そこからひょっこりと、能天気そうな少女が現れる。
「マトイちゃん! お待たせなのだ! ……って、あれ? マトイちゃん?」
「あ、……ツッキーちゃん?」
『間が悪い、いや、逆に良いのでしょうか』
やってきたのは、自称アイドルのツッキーであった。
ツッキーはライアスを見て首を傾げたあと、ライアスの足元で気を失って縛られている女を見て悲鳴をあげた。
「ああーっ!? マトイちゃんが縛られてるー!?」
「マトイちゃん?」
『どうやらその女のことみたいですね』
「そこのお前! マトイちゃんをどうするつもりなのだ!」
「どうするつもりというか、暴れられたから縛ったというか」
「もうどうかした後なのか!? このーっ!」
「うわっ」
たたたっと駆け寄ってきて、殴りかかってくるツッキー。
いや、殴るというよりは引っ掻くというほうが正確か。
腕を大きく振り回して爪で引っ掻いてくる。
「ねぇ、いったん俺の話を聞いて」
「このこのー!」
問答無用! と言わんばかりにぶんぶん腕を振り回して襲ってくるが、大振りすぎて簡単に躱せる。
ライアスはツッキーの攻撃をひょいひょい躱しながら、ウルスラから箒を受け取った。
「こ、このーっ……!」
「えいっ」
「キャウン!? い、痛い! なにそのホウキ!?」
ツッキーの攻撃を躱して、軽く箒で頭を叩いた。
妖魔であるツッキーにはそれだけでおそろしく効く。
ビリっと痺れるような痛みに、ツッキーは泣きそうな声を出した。
「えいっ、えいっ」
「痛い! 痛い!!」
「それ!」
「キャウーン! お願い! それはやめてほしいのだー!?」
しばらく箒でポカポカ叩くと、ツッキーはすっかりおとなしくなってしまった。
頭を抱えてうずくまり、ブルブル震えている。
「俺の話、聞いてくれる?」
「聞く! なんでも言うこと聞くからやめて! くぅーん!」
涙目で懇願してくるツッキー。
完全に戦意を喪失しているようだ。
「そっちのお姉さんが起きたら、一緒に話を聞いてね?」
「分かったのだぁ!」
『……なんか、こっちが悪いことしてるみたいですわ』
俺もそう思うけど言わないで、とライアスは思った。




