5話:フシミイナリ大社劇場・3
次の日とその次の日。
ライアスは大社の近くの家々を掃除して回った。
飛び込みで各家庭を訪問しては格安で掃除をし、何軒も何軒もきれいにしていく。
今回のこれは、以前のような点数稼ぎが目的ではなく、いわゆる聞き込みが目的であった。
いつもより少しだけ時間をかけて掃除して、その間に住人に話を聞くのである。
それと掃除をしている間、団扇(ツッキーのところで買ったものだ)をわざとらしく袴の留め紐に挟んでおき、ちょこちょこと使ってみせる。
知ってる者が見ればすぐに分かるようにしておいて、食い付いたらそこから話を広げるつもりなのだ。
「いやぁ、今日は暑いねー」
などとうそぶき団扇をパタパタと使って見せれば、ツッキーのことを知ってる者はすぐに反応した。
男連中はほとんどが好意的な反応であったが、女たちの反応はまちまちであった。
曰く、最近冷たくなった恋人がそのうちわを持っていたとか、最近こそこそ夜遊びする旦那が似たようなうちわや法被を買っていたとか。
いい歳してぷらぷらしてる息子が似たような物をたくさん買い集めていて、それを買うための金を無心されて少し困っているとか。
男たちからの評判はツッキーの容姿や言動に関するものだったが、女たちからの評判は、そんなツッキーにうつつを抜かす男連中への呆れや戸惑い、あるいは怒りであった。
男連中の中にはかなりの額をグッズにつぎ込んで借金をしている者もいるらしく、とある女性は、これ以上旦那の浪費がひどいようなら離婚も考えていると、かなり腹立たしげにライアスに話をしていた。
恋人の浮気や不貞を疑っている女性なんかは、団扇を見たとたんライアスに食ってかかってきた(何か証拠を掴めるかもしれないと思ったらしい)。煤祓で落ち着かせた後ささっと家もキレイにして、ライアスは逃げるようにその家を離れた。
「うーん……」
そんな風に話を聞きながら家から家に移動するとちゅうのライアスが、悩ましげに唸る。
あの自称アイドルことツッキーちゃんの存在は良くも悪くもこのあたりの住人たちに認知されているのだが、それが原因でちょっとした問題やいざこざも起きている。
このままだと遠からず大きな事件が起きそうでもあり、レンゲに言われたとおり懲らしめる必要があるのかもしれない。
――ただ。
「あの子がやってること自体は、別に悪いことじゃないと思うんだけどなぁ。歌って踊ってるだけだし。ぐっずは確かにちょっと高いけど……。それを買い過ぎてるのは、買うほうの責任というか……」
『けど、妖魔ですよ』
「妖魔だけど、今のところは人を襲ってるわけじゃないしさ」
『なんですかライアス。まさかとは思いますが、貴方まであの不埒な胸に惑わされているのではないでしょうね』
「不埒て」
前々から思っていたがこの神様、大きい胸に対して妙に敵対心があるな、とライアスは思った。
「確かに衣装も扇情的ではあったけど」
『ベガといいあの自称アイドルといい、大きければ見せびらかしても良いというものではないですわ! なんですかあの服! あの谷間! これ見よがしにいちいち揺らしてみせなくてもいいですわ!』
「ベガさんにまで飛び火した……」
『そもそもライアス!』
「はい」
『私はまだベガのこと全部は信用してないですし、許してもないですからね!』
「え、そうなの?」
ライアスは意外そうに問い返した。
『なんだかんだで貴方が気にしてないから私も黙ってましたが、ベガは貴方のことを一度は殺そうとしてるんですよ? そう簡単に許せることではないですし、普通に接してるライアスのほうがびっくりですわ』
「確かに、キョウの都に来ていきなり再会したときは驚いたけど……。話せば分かってくれたし、敵対さえしなければそんなには怖くないかなって」
『……敵対することになったらどうするんですか?』
「その理由によるかな。こっちが折れても構わない理由なら戦闘にならないように折れるし」
『どうしても譲れないときは?』
「……死ぬほど嫌だけど、その時は頑張ってベガさんと戦う」
今ならもう少しマシに戦えると思うし、と付け加えたライアスの背後から声がした。
「あら、ワタシと遊んでくれるの?」
「っ……!? ベ、ベガさん……?」
「それならそうと早く言ってくれればいいのに。いつでもいいわよ。今からヤる?」
『いつの間に背後に……』
相変わらず神出鬼没な女だ、とウルスラは思った。あるいは噂をすればなんとやら、というやつなのかもしれないが。
「いや、ベガさん、今のは言葉のあやだから、……ね?」
「そう? まぁこっちも今は受けた依頼があるから、今から戦うのはちょっと良くないんだけど」
ライアスは露骨にホッとした。
ベガは胸の谷間から取り出したタバコをくわえ、火をつけた。
「お城に行ったあとアナタが顔を出しにこない間に、新しい妖魔退治の依頼が入ってね。ちょっと面白そうだったから自分でやることにしたの。それで一度現地を確認しようと思ってここに来たのよ」
「え、……この辺りに妖魔?」
もしかして、とライアスは思う。
「まだはっきりとは分かってないんだけど、そこの大社の上のほうで夜な夜な悪さをしてるらしいわ。魅了か何かで人を集めているみたい」
「……へー」
「男たちばかり集まってるようだから女の姿でもしているのかしら。狐に化かされたか、はたまた天狗の仕業かってね。もっとも、天狗がこんなしょうもないことするとも思えないんだけど」
『完全に、あの自称アイドルのことですわね』
「うん」
ライアスはちょっと想像してみる。
いつものように歌って踊るツッキー。
盛り上がる観客たち。
その最中に突然乱入してくるベガ。
有無を言わさずステージにあがり、妖魔退治を断行。
真っ二つにされて崩れ落ちるアイドルと、それを見て阿鼻叫喚の観客たち。
トドメを刺そうとしたベガに、熱狂的な男たちの一部が襲いかかるかもしれないし。
そうなればベガは、邪魔をする者を容赦なく叩きのめすだろう。
「……おおぅ」
そうなるのはちょっと、いや、かなり良くない気がしてきた。
いろんな意味で。
「なんにせよ、妖魔なら斬るし妖魔じゃないなら散らして終わり。男共が集まらなくなればいいみたいだから、そんなに難しいことでもない。ほんとに妖魔の仕業なら――」
「……ベガさん」
「なにかしら?」
「実は、その大社に出るっていう妖魔、俺も別口で依頼を受けててね?」
「……へぇ?」
「できたら、手を出さないでいてくれると嬉しいかなって」
「どこから受けたの? 報酬は?」
「ゴジョウ巫女のレンゲさんって人から。報酬は……ない、かな」
「…………」
ベガは、心底呆れたような表情を浮かべたあと、タバコを投げ捨て火を踏み消した。
「あの狐か……」
「ベガさん?」
「……依頼として受けるならきちんと報酬を取りなさい。他の退魔師が困るから。終わったあとで必ず何かせびっておきなさいな」
「う、うん」
「それと、……ちゃんと退治できるのかしら?」
「うん。それは大丈夫。なんとかする」
ベガは「そう」と頷くと、また新しいタバコに火をつけた。
後ろで黙って立っていたイナバが、そっと吸い殻を回収する。
「数日待つわ。それまでになんとかしなさい。出来なければワタシが終わらせる」
「そうならないように、頑張る」
「終わったら教えて。ワタシも自分の依頼主から報酬だけもらうから」
「え、……それはズルくない?」
ズルくないわ、と言い残してベガは立ち去った。
ライアスは、ふぅと息をはくと。
「ほんとに、どうしようかな……」
小さく頭を抱えた。
「大惨事になるのだけは避けたい……」
『なんとしても明日、あの自称アイドルを懲らしめるしかないですね』
その後ライアスは、さらに十何軒かの家々を回って掃除をし、話を聞いてみた。
そして次の日の夕方、少し早めに千本鳥居をくぐって登り、広場でひとり待つ。
しばらくして、どこからともなくやってきた女に話しかけた。
「まねーじゃーのお姉さん。こんばんは」