4話:ヘイアン城にてゴジョウ巫女と・1
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「そういえばライアス、アナタあてに手紙が届いているわ」
ライアスがキョウの都に来てから十日ほどたった。
なんだかんだでライアスは、今日までほぼ毎日のようにベガのもとを訪れて依頼を回してもらっている。
自分の足で探すよりもよっぽど多くの場所を浄化できるので、頼れるうちは頼るつもりのようだ。
その他にも、空いた時間で近所の家々の掃除をしたり、色んなお店に顔を出してはお腹いっぱいになるまでご飯を食べたりしていたので、ライアスはキョウの都でもそれなりに顔が売れてきた。
自分が泊まっている宿の付近では、知らない者はいないだろう。
「へ、手紙?」
「ええ。イナバ、渡してあげなさい」
そんなライアスにベガは、手紙が来ていることを告げた。
イナバが両手で差し出してきたので、ライアスは真似して両手で受け取った。
「なんでベガさんのところに来たの?」
「アナタの宿は知らないけどワタシの居所は知っている、ということね。そしてアナタがワタシの受けた依頼を代理処理してるというのは、この業界ではわりと広まっている事実よ」
ライアスは知らないが、キョウの都を拠点にする退魔師たちの一部の間では「あの凶獣が噛み付きもせずに使い走りにしてる男がいる」と噂になっている。だいたいみんな一回は噛み付かれている(比喩表現でない者もいる)ので、物珍しさがあるのだろう。
ちなみにベガがイナバを弟子にしたときは「育てて食べるつもりなのだろう」とも言われていた。
そう言っていた者は全員ベガに殴られているが、ベガも明確に否定していなかったので謎だけが残っている。
「これ、誰からだろう?」
「知らない字ですね」
手紙の封を開いて中を確認する。
封筒の中には一枚の木札と、本文を書いた紙が入っていた。
「外に差出人の名前はないけれど……、どこから来たものかは分かるわね」
「それを持ってきたのは、いつもベガ先生に依頼を投げてくる役人さんでした」
木札には精巧な紋様の朱印が押されていて、印の中央には崩し文字で「ヘイアン城」と入っている。
そして手紙の本文には簡潔な言葉が書かれていた。
ウルスラが内容を読み上げる。
『みんなが会ってみたいそうなのでお城に来てくださいー、……って、これ書いたの絶対ミナコですわ』
「うん」
可愛らしい丸っこい文字であった。
見た目のイメージそのままの字である。
「城からの呼び出しなら、その木札を持っていけば大丈夫よ」
「門番さんに見せたら中に入れてくれますので、お忘れずに」
「分かった」
ライアスは手紙に従って、ヘイアン城に向かった。
「ふむふむ、これは確かにヘイアン城の朱公印」
「そしてその手紙の字はミナコ殿のものに間違いなし!」
「「どうぞお通りくださいますよう」」
城下町を抜けて堀を渡り、城門までやってきたライアスは、二人の門番に通されてヘイアン城の敷地内に入った。
ライアスの背丈の倍以上もある高い白塗りの塀と大きな城門の内側には、これまた広い庭が広がっている。
お城そのものは小高い丘の上に建っていて、しばらく曲輪内を歩いて登らなくてはならない。
ライアスは立て札に従って通路を歩き、寄り道せずにお城を目指した。
「あんまりうろうろして怒られるのも嫌だもんね」
『怒られるだけで済めばいいですけど』
「そういえば門番してた侍さんたち、顔一緒だったね」
『双子なんでしょうか』
途中、大きな鳥居や倉、やぐらなども見えたが一旦無視する。
お城の出入口に着くと、ひとりの女の子が待っていた。
「……おひさしぶりですー」
「おひさしぶり、ミナコちゃん」
「ささ、どうぞ中へー」
促されて城内へ。
ライアスの少し先を、ミナコが歩いて先導する。
「俺が来るのを待っててくれてたの?」
「はいー。下で門番をしてるゴロウザエモンさんとナナロウザエモンさんから連絡があったのでー」
『……ゴロウとナナロウ?』
双子にしては数が多い気がする、とウルスラはいぶかしんだ。
「あの二人、顔が一緒だよね。双子なの?」
「いえ、六つ子さんなんですよー」
「むつご」
「他の兄弟の方と、交代で門番をしてくれてますー」
普通に言っているが、ライアスは六つ子など今までお目にかかったことはない。
『六つ子ならなぜナナロウまで……』
ウルスラはよく分からないものを見たときの顔で悩んでいる。考えても全然分からないのだが。
「ところでミナコちゃん、この前お家まで送ってあげたときはちゃんと眠れた?」
ミナコの肩がぴくりと動いた。
「……おかげさまでー」
「それは良かった。お布団入らないと風邪ひいちゃうもんね」
「そうですねー」
「俺に会ってみたいって言ってるの、もしかして他のゴジョウ巫女さんたち?」
「はいー」
「そっかー、ちょっと緊張するなぁ」
「……そうですかー」
「……ところでミナコちゃん。なんでちょっとよそよそしいの?」
ライアスはなんとなく心の距離を感じた。
問うてみると、ミナコはちらりとだけ振り返り、それからプイと前を向いた。
「お気になさらずー」
「……ええー」
そういうこと言われると余計に気になる。が、あらためて問いただしても答えてくれそうにないので、ライアスは「俺なんかしたっけ……?」と首をひねる。
そうしていると少し先の部屋のふすまが、勢いよく開いた。
「それはだな!!」
「うおっ……!」
『びっくりしました……!』
ふすまを開けたのは背の高い女性で、そこから顔を出して叫んできた。
いきなりなんだ、と思っているライアスの見えていないところで、ミナコがげんなりとした顔になった。
「あんたが家までおんぶして運んでくれたもんだから、無様をさらしてしまったとか情けなくて泣きそうだったとか色々思うところがあるんだってさ!」
「……そうなの?」
「……そんなことありませんー」
ミナコは思いっきり顔を背けている。
「あと、背負ってるときのお尻を持つ手がちょっとイヤらしかった気がするとかも言ってたぜ!」
「ぶっ」
『……ライアス?』
「いやいや、そんなことないでしょ」
とんだ濡れ衣である。
確かにちょっと指は動いたかもしれないが。
年のわりに肉付きがいいな、とは思ったかもしれないが。
「…………ちょっとサヤカちゃん」
「あたいとしては見捨てずちゃんと連れ帰ってきてくれてありがと! って感じだし、ミナコもわりとドジ踏むとこがあるから心配してたら案の定だったんだけど、そんなことで苦手になってても仕方ないと思うから来てもらったついでにそれを克服――、ひゃぁんっ!? 冷たっ!」
『……天井から水が垂れてきましたね』
いつの間にか柄杓を取り出したミナコが、サヤカの首筋を狙って水を垂らしたらしい。
サヤカはドタドタと走ってきて、ミナコの肩を掴んだ。
「いきなり何すんだよぉ!?」
「サヤカちゃん、あることないこと言わないでほしいですー!」
「全部あったことだろ!? 自分で言ってたじゃん! なになかったことにして誤魔化そうとしてんだよ!」
「私の中ではなかったことになったんですー! というか、べらべら喋られたら恥ずかしいでしょー!」
「痛い!」
ミナコが手にした柄杓でぽこんと叩いた。
「この! この! おしゃべりめー!」
「痛い、痛いってば、ミナコ!」
「悪いのはこの口ですかー!」
ぽかぽかとサヤカを叩くミナコ。
そのうちサヤカの頬を引っ張ろうとし始めて、なんかもう、てんやわんやである。
「……どうしよう、これ」
『なんとかしなさいな、ライアス。貴方が原因みたいなものでしょう?』
「いやぁ、俺のせいではないと思いたいんだけどなぁ……」
『いいから早く。話が進みませんわ』
仕方なくライアスは、箒を取り出した。
「煤祓、効くと思う?」
『巫女なので抵抗力は高そうですが、今の状態なら五分五分といったところでしょう。あとはライアスの運しだいですわ』
結論から言うと、ライアスだけの宣言では効かなかったので、ウルスラとの同時宣言でなんとか落ち着かせた。
それからライアスたちは、サヤカが出てきた部屋に入った。




