2話:キョウの都でばったりと・2
というわけで。
ライアスはベガと一緒に食事をすることになった。
戦々恐々としながら、ベガについていく。
「……お昼ご飯って、命がけの殺し合いの隠語じゃないよね? ほんとうに、ご飯食べるだけなんだよね……?」
「そう言ってるじゃない。なに? 戦うほうが良いかしら?」
慌ててライアスは首を横に振った。
横を歩いていたイナバが、そっと耳打ちしてくる。
「ライアスさん、ライアスさん」
「えっと、……イナバ君だっけ。なに?」
「ベガ先生は気が変わりやすい人なんで、あんまり余計なこと言わないほうがいいです。今のでちょっと気が変わりそうになってます」
「うそでしょ……」
率直に言って、面倒くさい人だと思った。
ライアスのお腹がぐぅっと鳴る。
「お腹空いてるのね」
「あ、うん。ペコペコだよ」
「じゃあ、たくさん食べられるところにしましょうか。こっちよ」
そう言って案内されたのは、なんだか高級そうなお店であった。
店構えがとても立派な店で、掛けてあるのれんだけ見ても、普通のお店とはひと味違っている。
ベガは慣れた様子で店内に入っていくが、ライアスはちょっと二の足を踏んだ。
「ここ……?」
『すごくお高いお店に見えますわ』
「さぁどうぞライアスさん、中へ」
イナバに促されて、ようやくライアスも店内に。
ベガはすでに席に着いていて、早くも注文をしているようだった。
「早く座りなさいな。もうアナタの分も頼んであるから」
「あ、はい。……あの」
「お金はワタシが出すわ。遠慮せずに食べなさい」
それなら、とライアスはベガの向かいに座る。
イナバは背中の背負子を下ろすと、ベガの隣にちょこんと座った。
しばらくして運ばれてきたのは。
『……なんですか、この巨大な鍋は』
机の半分ほどを占拠する、大きな大きな鉄鍋だった。
味噌を使ったダシの良い匂いがしているが、とにかく量が半端ではない。
イナバが呆れたような顔をしている。
「牡丹鍋よ」
「ボタンって、……猪だっけ」
「先生、またこんな肉ばっかりの……」
「ほんの十人前よ」
ためしにライアスが椀に取ってみると、野菜などはほとんど入っておらず、ゴロゴロした肉の塊ばかりであった。
なんというか、潔い。
「イナバも早くよそいなさい」
「僕はもっとお野菜が食べたいです」
「好き嫌いはダメよ」
『普通は逆では……?』
それぞれ自分の分をよそってから、いただきますをする。
とりあえず一口と、ライアスは肉を口に運んだ。
「……んー!」
美味しい。
歯応えはあるが噛みきれないわけではなく、噛めば噛むほど味が出てくる。
独特の獣臭さも不快ではない。下処理が良いのだろう。鍋のダシ汁とうまく合わさって、よい風味となっていた。
もっとも、ライアスは食べてる間にそんな小難しいことは考えない。
ただひたすら「美味しい美味しい」と言いながら椀の中身をかっ込んでいく。
そして自分の椀が空になったらさらに鍋からよそった。
「美味しいでしょう?」
「うん。とっても美味しい」
「ただ、もう少し多めにしておくべきだったかしら?」
ベガも、ライアスのペースに負けていない。
次から次へと肉を口に運び、飲み込んでいる。
「ライアスさんもいっぱい食べる人ですか……」
『ベガ、ほとんど噛まずに呑み込んでません……?』
イナバは二人の食べっぷりを、まるで別の生き物でも見るみたいな目で見ていた。見ているだけで胸焼けがしてくる。
そしてウルスラは、今日の晩ご飯を何にするか決めた。
白菜と豚肉のミルフィーユ鍋だ。
あとで料理の神様にお願いしておこう。
しばらくして、鍋の底が見え始めた。
ベガとライアスの二人で、ほとんど食べきってしまったわけだ。
イナバがシメのうどんを食べている横で、ベガがライアスに質問した。
「ところでアナタ、どうしてこの国にいるのかしら?」
「実はね――」
ライアスは、瘴気の大掃除をするためにヤマト之国に来たことを告げた。
ベガはタバコに火をつけ、食後の一服をしながら聞いている。
「なるほどねぇ……。最近、有名どころの妖魔たちが次々と倒されているらしいとは聞いていたけど、アナタが倒していたのね」
ライアスの実力がどれほど成長したのか分からないが、名の通った妖魔たちを倒せるぐらいなら、一定の水準には達しているのだろう。
それならば。
「ライアス。この町に来て、大掃除とやらをするアテはあるのかしら?」
「それは、これから地道にたくさんの人から話を聞いていこうかなって」
「紹介してあげましょうか? ワタシが受けている依頼のうちのいくつかを」
ライアスは、「え、ほんとに?」と聞き返す。
「ええ。ワタシも身体はひとつだから、急を要するものから順に依頼を終わらせていくんだけど。そんなに緊急ではないもので、アナタでもできそうな妖魔退治の依頼なら、回すことができるわ」
「あ、ぜひお願い。助かるよ」
「退治したあとの証を持ってかえってきてくれれば、ワタシから依頼主には伝えておく。報酬も分け前を渡すわ」
ベガは、イナバから紙と筆を受けとると、さらさらと文字を書いていく。
なかなかきれいな文字であった。
「これ、依頼の内容と場所よ。いくつかあるから順番にお願いできるかしら?」
「分かった。ありがとね、ベガさん」
「一番下のは、今ワタシが拠点にしてる宿の住所だから。依頼が終わるたびに来てくれて良いわ」
ライアスは紙を受け取ると、ベガに「ごちそうさまでした」を告げて店を出た。
シメのうどんを食べているイナバが、ベガに問う。
「ベガ先生。さっきの紙に書いてあった依頼、確かに急いではないですけど、……わりと面倒臭い妖魔ばかりではなかったですか?」
「そうだったかしら。まぁでも、イシヅチ山のホウキ坊も倒せたのなら、なんとかなるはずよ。瘴気の浄化も、時間をかければそのうち終わるわ」
ベガはニッコリと笑う。
イナバは「ライアスさん大丈夫かな……」と思う。
そんなイナバの心配をよそに。
ライアスはベガから教えてもらった依頼の場所に向かった。
そして翌日。
ベガが、宿から出てきたところで。
「おはようベガさん」
ライアスが待ち構えていた。
「……ライアス? 昨日の今日でどうしたのかしら?」
しれっと面倒臭い依頼を回されたことに気付いて、文句でも言いに来たのだろうか。
「いや、昨日教えてもらったとこ全部浄化してきたから、その報告に」
「……へぇ?」
「えっ……」
「これ、倒した妖魔の証」
はい、と手渡された牙や爪は、間違いなくベガが回した依頼の、退治対象のものであった。
イナバは、ポカンと口を開けて驚いている。
「次は、どこに行ったらいいかな?」
ベガは、心底嬉しそうにライアスを見ている。
「それなら、……オオビワ湖にでも行ってもらおうかしら」
そして、次の依頼を口にした。




