2話:キョウの都でばったりと・1
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ヤマト之国がどういうところなのか、ここで簡単に説明しておこう。
まず地理的な話をすると、ライアスたちがいたトサ之国からは、海を隔てて東のほうにある。
トサ之国からヤマト之国に行くには、東にあるアワ之国に入り、アワ之国からアワジ島を通ってさらに東に進む。
島から対岸に渡ると、海岸線に沿って南下し、サカイという名の港のある町から入国するのだ。
国土は、サカイの町から主に北東方に向けて広く広がっていて、付近一体の平野部、盆地部分はまとめてヤマト之国の領土となっている。
近隣諸国の中でもっとも国土が大きく、人口も多い。
国土の東端には巨大な湖があって、そこからそそぐ大量の水が住民たちの生活を支えている。
また、ヤマト之国の中心部であるキョウの都には、ヘイアン城と呼ばれる大きなお城がある。
ヤマト之国の偉い人と、国を護るための強い人たちがいて、特にゴジョウ巫女と呼ばれる五人の巫女頭は、使う神業もいっそう強力であるらしい。
あと、ご飯が美味しい。
「――と、いうのが、俺が知ってるこの国のことかな」
以上のようなことを、ライアスはウルスラに教える。
ウルスラは手元の図面を見ながら、ふむふむと頷いた。
『きんきちほーの大半が、この国になっているのですね』
「きんきちほー? それを言うならキンカ地方だよ。ちなみにトサ之国とかイヨ之国、アワ之国あたりはまとめてミクニ地方っていう」
ライアスは、自分の手元に広げた地図を指差しながら、話している。
ライアスが使っている地図の精度はお世辞にも良いとはいえないが、ウルスラの手元にはこの世界の形が正確に分かる図面があるので、不自由はない。
ここは、キョウの都にある宿の一室。
ライアスたちは先頃ここに到着し、ひとまずの休息を取るために宿を借りていた。
「何か新しいことはだいたいこの国から広がっていく。今使っているお金とか文字とかも、この国が使い始めたから他でも使っているようなものだし。時々売られてる物語の本なんかは、この国の人が書いてるものばかりだね」
『文化、経済の中心でもある、と。人が多ければ自然とそうなるのでしょうね』
「それと、ご飯の美味しいお店もたくさんあるよ」
『それ、さっきも聞きましたよ?』
そうだっけ、とライアスはとぼけるが、もちろんわざとである。
美味しいご飯を早く食べたい、とアピールしているのだ。
「で、国が広くて人がたくさんいると、国守の人たちの目が届かないところも出てくるわけで」
『領土の端などでは妖魔たちとのせめぎ合いも起きている、と』
「町の中にも鬼が紛れ込んでたりするらしいね。鬼たちは人間のふりもできるから、なかなか見分けが付かないんだって」
ヤマト之国は人が住めるところの限界まで国土が広がっているため、その境界付近では妖魔たちが活発に活動していたりする。
また、人がたくさん住んでいるので、それを狙った鬼などの妖魔たちがこっそり入り込んできているのだ。
『私が見れば一発なんですけどね。会わなければ見ることはできませんし』
「行き当たりばったりだと難しいよねー」
『あと、ここに来るまでに何となく感じていましたが、不穏な土地も多いですね』
土地自体も、古来は瘴気の多かったところや妖魔の住みかだったところを神職たちの尽力で平定して今に至る部分もある。
そういったところが、時代を経たことで徐々に瘴気の量が増えてきて、住民に害を及ぼすようになったりもしているとか。
そのたびに、神職たちがあらためて浄化しているのだが、いたちごっこになってしまっている部分もあり、完全解決には至っていない。
そしてだからこそ、ライアスはこの国に来たのである。
「とりあえずは、瘴気の多そうなところを探して順番に行ってみるしかないか」
『町の者たちに色々と話を聞いてみて、一般人が近寄らない危険なところなどを調べてみるようにしましょう』
穢れたところを大掃除。
この国でも、やることは一緒である。
「でもまぁ、まずは」
『?』
「ご飯にしようよ」
ライアスのお腹が、ぐぅぅっと鳴った。
いそいそと、手元の地図を片付け始める。
『……そうですね。慌てても始まりませんし』
「そうそう。腹が減っては昼寝ができぬって言うでしょ」
「だらけてばっかりじゃないですか」
ともあれ。
何か食べることにした。
ライアスは宿を出て、美味しそうな匂いのするお店を探そうとして――。
「――あら、久しぶりね」
宿の前で知った顔に出くわした。
「……へっ?」
「こんなところでアナタに会うなんて。いつの間にこっちに来てたのかしら?」
ライアスは驚きのあまり思考停止し、ウルスラは目を見開いて叫んだ。
『あ、貴女は――っ!?』
「前に遊んだ時よりは強くなった? 見た感じ、それなりに経験は積んだみたいだけども」
女は、うっすらと笑みを浮かべながらライアスに話し掛けてくる。
後ろについている少年が、ペコリと会釈した。
ライアスは、ハッと我に返った。
「ベガさん……!? っ――!」
「あら」
そして我に返ったとたん、背中を向けて全力で逃げ出した。
脇目も振らず距離を取ろうとする。
「な、なんであの人がここに――!」
『分かりませんわ!!』
目についた角をいくつか曲がったところで。
「急に逃げるなんてヒドイわ」
「どわぁっ!?」
「せっかく久しぶりに会ったんだから、お話ぐらいしてくれてもいいんじゃない、ライアス?」
『なんで、前に……!?』
いつの間にか回り込まれていた。
立ち塞がられて、ライアスは立ち止まる。
「ベガ先生ー、置いていかないでくださいー!」
「こっちよ、イナバ。早く来なさい」
そして弟子のイナバがライアスの背後から現れ、挟み撃ちにされてしまった。
「あ、あはは……、お久しぶり、ベガさん」
「そうね。一年半振りくらいかしら? 元気そうでなによりだわ」
ベガは。
「ちょうどいいわ、ちょっと付き合いなさい」
「な、何に……?」
「決まっているわ」
ライアスの肩にポンと手を置いた。
「お昼ご飯よ」