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ウルスライアス清掃紀行  作者: 龍々山 ロボとみ
第一章:誕生、浄神の使徒
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9話:登場、語りを紡ぐもの


 ウルスラが、ライアスの世界から戻ってきて、酔いが回ってしばらく寝てしまったあと。


 誰かがウルスラのところにやってきて、ウルスラを起こした。


「おい、おい、ウルスラ。酒臭い寝息を立てていないで、起きるんだ」

「んぅ……、あれ、貴女は……」


 寝ぼけ眼のウルスラがパチリと目を開けると、目の前にいたのは真っ赤な髪を一括りに束ねた女性だった。

 真っ白なエプロン姿で、いつも被っているコック帽はどこかに置いてきているのか、今は被っていない。


「クッカではないですか。貴女がここに来るのは珍しいですね」


 眠い目を擦りながら、ウルスラが言う。

 クッカ。

 またの名を、料理の神様というこの女性は、ウルスラの友達のひとりで、どんな材料からでも美味しい料理を作ることのできる神様だ。


「そんなに険しい顔をして、どうかしましたか?」


 普段は、優しげで自信に満ちた笑みを浮かべながら、美味しいご飯を作ってくれる神様なのだが、このときばかりは、なにやら怖い顔をしていた。


「……急いで身だしなみを整えろ。そのピョンピョン跳ねた髪とか、ほっぺに垂れたよだれとか、とにかく全部」

「? 何かあるのですか?」

「こちらが聞きたいぐらいだ。……なにせ」


 次のクッカの言葉を聞いた瞬間、ウルスラは。


「カタリナが、メチャクチャ怒りながらお前のこと探してたんだぞ……。オマエ、いったい何したんだ……?」

「…………!!」


 バッと飛び上がって、大慌てで身だしなみを整えに行った。

 そして、カタリナと呼ばれる者のところに行くと。


「ご、…………ごめんなさいですわ!!」


 土下座しそうな勢いで、全力で頭を下げたのだった。




 で、そのあとカタリナから「とりあえず正座してて」と言われたので、それからずーっと正座している。

 どれぐらいの時間がたったか分からないし、足もしびれて堪らなくなってきたのだか。


「…………」

「…………」


 正座するウルスラの目の前で、同じように正座したカタリナが向き合っているので、弱音を吐くのもはばかられた。

 カタリナの、長い前髪に隠れた両目から、刺すような視線を感じていた。

 今でさえ、ものすごく怒って怖い顔をしたまま黙りこんでいるのに、これ以上怒らせるのは避けたいところだった。


 それからさらにしばらくの時間が過ぎ。


 もう本当に、ウルスラの我慢の限界がきそうになった、そのとき。


「ウルスラ」

「! ……はい」

「第一声がごめんなさいだったから、神サマが怒ってる理由、分かってるんだよね?」

「……はい」


 消え入りそうな声で、ウルスラは頷く。

 カタリナは、ウルスラの顔をじっと見つめたまま、淡々と口を開く。


「言いたいことは色々あるんだけど、まずは返して(・・・)くれる?」

「…………」


 ウルスラは、しばらく泣きそうな顔をしていたが、やがて観念したように、一冊の本を取り出した。


「…………これですわ」


 ウルスラはその本を、カタリナに手渡す。

 受け取ったカタリナは本を開き、パラパラとページをめくっていった。


「……間違いないね、神サマの本(・・・・・)だ」


 この本は、カタリナが創り出した(せかい)だ。

 カタリナが生み出した物語だ。

 カタリナの本棚に納められていたもののうちの一冊なのだ。


 カタリナが創り出した世界はもれなく全てこのように本の形となって存在し、本を開くことでその世界と繋がり、体験することができる。


 そして何を隠そうこの本こそが、ライアスたちが(・・・・・・・)生きる世界(・・・・・)そのもの(・・・・)なのである。


「これ、いつ持っていったの?」

「……少し前に、貴方が本棚の整理をしていて、たくさん本棚から出して並べてあったとき、ですわ」

「やっぱりそうか……」

「ふと目に止まって、気配にひかれて、パラパラとめくって読んでいるうちに、こう、我慢できなくなりまして……」


 完全に観念した様子で、ウルスラは喋っている。


「どうして一言言ってくれなかったの?」

「……ただ読むだけなら構わないでしょうけれども、世界の中に思いっきり手を出すとなったら、さすがに許してくれないと思いまして……」

「…………まぁ、それは」

「……貴方にバレないようにこっそりやって、全部終わったら機を見て返そうと思っておりました」

「……そう」


 カタリナはそっと本を閉じた。


「それで、自分の力を使って気配や痕跡を綺麗に消していたんだね。どうりで見つからないはずだよ。君が二度も世界の中に入らなければ、神サマもまだ見つけられていなかったかもしれない」


 それから、悲しげに顔を伏せた。

 長い、虹色にきらめく髪も、心なしか色彩を失っていた。


「ねぇ、ウルスラ」

「……はい」

「神サマが、神サマの創った(せかい)をとても大事にしているのは、ウルスラも知っているよね」

「…………はい」

「勝手に持っていかれて、神サマがどんな気持ちだったか、ウルスラに分かる?」

「……ごめんなさい」


 ウルスラには、謝ることしかできない。

 そうなのだ。不義理を働いたのは、ウルスラのほうなのだ。

 ライアスの両親に一言言う前に、本当なら、カタリナに一言言わなくてはならなかったのだ。


「とにかく、この本は返してもらうからね」

「! …………あ、あの……」

「……なにかな」


 ウルスラは、必死の思いで頭を下げた。


「この期に及んで図々しいとは思いますが……、もう少し、その本を貸していてほしいですわ……」

「……どうして?」


 カタリナが、前髪に隠れた両目を細めた。


「私、その世界の中に、色々と手を出しましたわ。その中で、ひとりの男に私の力を貸しましたの。名前をライアスといって、……私が突然夢の中に押し掛けて、無理矢理に近い形で力を押し付けました」

「……それで?」

「瘴気を祓うのを手伝ってほしいと、そうお願いしました。ライアスは、なんだかんだ言いながらも私に協力してくれて、渡した力を使って瘴気を祓い、妖魔を退治して、何度か危ない目に遭ったり、……死にかけたり、しました」


 そういう形の世界にしたのは、他ならぬカタリナだ。

 そうなることもあるだろう、と思う。


「ですが、ライアスは、そのことで私に恨み言だとか、世界の大掃除をやめたいということは言いませんでした。ただ、自分が強くならないといけないな、と……、それで今、ライアスは古い知人の元で修行を始めててですね……、あの、それで」


 だんだん、自分でも何を言っているのか分からなくなってくる。

 それでもウルスラは、理由を述べ続ける。


「ライアスはたぶん、私の手伝いをするという約束を、ずっと律儀に守ろうとしていますの。本当に、最後まで守ろうとしていて……、それなら、私のほうも、約束を破るわけにはいかないんですの……。その世界の瘴気の霧を祓って、ピッカピカにすると言いましたから、私はそれまで、その世界から離れるわけにはいかないんですわ。一度手を出したからには、最後まで……、だから……!」


 ウルスラは改めて、深く頭を下げた。


「お願いですわ、カタリナ。その(せかい)をもう少しだけ、私に貸してくださいまし」

「…………」


 カタリナは無言のまま、本を開く。

 それからパラパラとページをめくり。


「この、ライアス君を助けるために、君はこの世界に飛び込んだの?」

「そうですわ」

「神サマにバレるかもしれなかったのに?」

「だって、そうしないとライアスが……」

「……ひとつ、確認したいんだけど」


 カタリナは問う。


「神サマの創った物語が何のために存在しているか、知ってる?」

「え? えぇっと……」

「皆に読んでもらうためだよ。読んで、楽しんでもらうため。そのためにはね、物語は、面白くないといけない。……ウルスラ、君はこの物語(せかい)を面白くできる? 誰かに、勇気と希望を分け与えられるような、そんな物語に」

「……」

「君が、そのライアス君とかと一緒に頑張って、面白い物語(ストーリー)を紡ぐことができるというのなら。神サマは、喜んで君にこの本を貸すよ。神サマの創った世界に、他の誰かの手が加わってより面白くなるなら、それは善いことだ」


 でも、とカタリナは続ける。


「でも、もし君が手を出したことで、その物語から面白さが失われたときは、神サマは君に厳しい罰を与える。具体的には、主人公(ライアス君)が死んだときとかに。身の毛もよだつ恐ろしい世界に君を招待する。それでも構わないなら、この本を持っていっていいよ」


 そうして差し出された本を、ウルスラはためらいなく受け取った。


「全力で、頑張りますわ」

「分かった。じゃあ、ここに書き込んでおくよ」


 カタリナは、本の表紙のすみに一文、書き加えた。


 共著者、浄神ウルスラ。と。


「これで前よりももう少し、ウルスラの力がこの本に及ぶようになる。そして、主人公(ライアス君)に渡した力も正式に許可したから、不法(チート)ではなく合法(サービス)扱いだ。上手く使えるようになるといいね」


 そう言うとカタリナは立ち上がり。


「それじゃあ頑張って。時々は、今どうなっているか教えてね」


 ウルスラを残してどこかに行ってしまった。

 ウルスラはとりあえず足を崩して、しばらく身もだえして、歩けるようになってから自分の部屋に戻っていった。



 そして、――本を開いた。



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