9話:再会、侍と巫女・4
ここでウルスラが、なぜそわそわし始めたのかというと。
(ごあいさつ! ライアスのご両親に、ごあいさつしなきゃ、ですわ!)
こう考えたからである。
これはなにも、変な意味があるわけではない。
(今までもライアスは、何度か危ない目に遭いました。そしておそらくこれからも、何度となく危ない目に遭ったりするのでしょう。私の使徒として、私の手伝いをしてくれている以上は、きっとそうなると思われます)
瘴気の浄化、妖魔の退治。
それだけでも、普通の人間には危なくて出来ないことで。
その途中で、どんな危険が待っているとも限らない。
しかも実際はそれだけでなく、その他の様々な危険がライアスを襲うことだってある。
魔女だの退魔師だの、侍だの巫女だの、強くて危ない人間だってそこら辺にいたりするのだ。
だから。
(そんなことをさせているのに、ご両親になんの断りもないというのはどうかと思われますし、私としても、そんな不義理な存在と思われるのは嫌ですし)
せめて一言。
ごあいさつをしておきたいのだ。
貴方たちの息子に力を貸してもらっています、と。
(これからも危ない目に遭うかもしれませんが、必ずまたここに連れて帰ってきますので、どうかご心配なさらずに。……ぐらいは言っておかなくてはなりませんよね)
そんな感じに考えて、そわそわしているのであった。
さぁ、明日はどんなふうに言おうか。
ぴしっと決めて神様らしく厳かにいくべきだろうか。
それとも、ふわっとにっこり柔らかくいくべきだろうか。
なかなかの悩みどころだ。
大事なことなので、気合いも入る。
ライアスが晩ご飯を食べて湯浴みして、お布団に入って寝ている間も、ウルスラはひたすら悩んでいた。
そして翌朝。
ライアスは朝食を済ませたあと、ひとりで町の中を歩いていた。
行き先はもちろん両親のところだ。
とことこ、とことこ歩いている。
ウルスラも、この時はまだ何を言おうかと考えていたのだが。
しだいにライアスが町の外れに向かい始めたあたりから、何か変だなと思い始めた。
『……? ライアス、このままだと町を出てしまいますよ?』
「うん、こっちで合ってるよ」
『そうなのですか? それなら、いいのですけど』
それでもまだこの時は、町の外れに暮らしているのかな、とウルスラは思っていた。
そしてさらに少し歩いていって。
『……ライアス、あの……』
「なに?」
『ここって……』
ライアスが、整備された小山の道を登り始めたのを見て、その先にあるものが見えた。
いやいやまさかそんな。
「墓地だよ」
『…………』
「えぇっと、確かあの段の奥のほう……」
ウルスラは、ものすごく希望的に考えてみて、夫婦で墓守りの仕事でもしているのかな、と思ってみた。
それならまだ、ここに住んでいるとしても納得が――。
「あぁ、あったあった。これだよこれ」
『…………これ、ですか』
「そう。お父とお母の墓」
ライアスの目の前にあるのは、大きくて立派な石材を使ったお墓であった。
この墓地にある他のものと比べても、かなり大きいものだ。
そしてその墓石には故人の名前が刻まれている。
ナオナリとヒトコ。
つまり、ライアスの両親の名前が。
「んー、しばらくぶりに来たけど、思ってたより汚れてないや。ナツコさんあたりが掃除してくれてたのかな」
『……』
「あ、神様、買っておいたお酒出してくれる? 三本でいいから」
『……はい、どうぞ』
竹筒を受けとると、ライアスはそのうちの二本の栓を抜いた。
そして中身のどぶろくを墓石にどぼどぼとかけていく。
「これがお父とお母のぶん」
中身を全部かけ終えると。
「これが、俺のぶん」
三本目の栓を開けて、竹筒に口をつけた。
そのままぐいっと竹筒を傾けて、一気に半分、一合ほどを飲むと。
「……はぁー。いいね、うまい」
お墓の前に腰を下ろして、残りをちびちびと飲み始めた。
「……久しぶり。こっちはぼちぼちやってるよ」
静かに、墓石に向かって語りかける。
おそらくは、前回ここに来て話したことの、その続きを。
旅の中で見たこと聞いたこと、感じたことを順番に。
父と母に、報告しているようだった。
ウルスラは、口を挟むこともできずにじっと聞いていて、頭の中はてんてこまいになっていた。
(こ、こういうパターンでしたかー……! 確かに、生きてるとは言ってなかったですけど! 言ってなかったですけど……!!)
顔を見せにいくとか、お土産を買っていくとか、そんなふうに言うものだから、生きていると思うではないか。
しかし現実として、こうなっているのであれば。
(ど、どうしましょう……! せっかく色々言うことを考えてたのに、これでは……!)
ウルスラはしばらく、あーでもないこーでもないと頭を捻り、しかし何をしても無粋な気がして困り果てた。
やがて、ライアスの話がウルスラと出会ったときのことになり始めたとき。
『……こーなったら』
「? 神様?」
ウルスラは、手元にあった竹筒を手に取ると、栓を抜き、口を付けた。
そして一気に傾けて、中身をぐびぐびと飲んでいく。
思ったよりキツい。が、それでも二合一気に全部飲むと。
『ラ、ライアスぅ!』
「え、うん」
『今、しょちらに行きますわ!』
「は? え、ちょっと?」
酒の力と勢いで、とりあえず一言言いに来た。
箒を片手に、御守袋から飛び出してくる。
「か、神様!?」
ライアスは突然のことに驚き、ウルスラは着地のときコケそうになった。酒が足にきているのか、かなりフラフラしている。
「こ、このたびはぁ……! 私のワガママにライアスをお借りしましてぇ……! 色々危ないことにもなりましたが……!」
「神様、なんか酔ってない……?」
「それでも、それでもぉ……! ライアスは私に、ぜーーったい必要で……、とっても、とーっても大切なのでぇ……!」
ウルスラは目が回りそうになりながら、言いたいことを言った。
「これからも、一緒にいてもらいますわ……! ……えいっ!」
それから箒をびゅんと振ると。
汚れていた墓石が、一瞬でピカピカになった。
「この、清めの力が途切れなければ、ライアスは元気に生きていますのでどうか安心していてくでゃさいまし! そしてこれが途切れるのは、世界中がピッカピカになってから、ずぅーっと後のことにしてみせますから!」
それだけ言うとウルスラは、呆気に取られているライアスに箒を渡した。
「今日かりゃの修行、頑張ってくだしゃいまし!」
「う、うん。がんばる」
「では私はこれで!」
それだけ言うと、御守袋を通じて帰っていった。
ライアスは何が何だかよく分からなかったが。
「……まぁ、今のが俺の神様だよ。お父が言ってた、広い世界を識ってこいっていうの、これからは神様と行ってくるよ」
そう言って、きびすを返した。
墓地から町へ、帰っていく。
「さぁて、イゾウさんに鍛えてもらうの、どうなるかな」
ウルスラから返事はない。
先程の感じを見るに、酔いが回って寝ているか、酔いをさますためにどこかに行っているのかもしれなかった。
そして町。イゾウ宅の庭にて。
「さぁ、やるか。ライアス!」
「うん。よろしくお願いします」
腰に刀を二本さげたイゾウと、箒を持ったライアスが向かい合う。
家の縁側には、ナツコとタマヒコとミケがいた。
「それが例のホウキか! なるほどどうしてイイモノじゃないか!」
「イゾウさん、分かるの?」
「俺ぐらいの侍になれば、ものの強さは見れば分かる! というか、分からんようでは話にならんからな!」
向かい立つ者の強さを一目できちんと推し測る。
それができるようにならないといけない、ということらしい。
「まずはお前の力を見せてみろ。俺は抜かんから、好きに打ってこい」
「うん。……あれ、そういえば」
ライアスは、あることに気が付いた。
「その腰の刀、鬼斬丸じゃないよね?」
「うむ。これは大鉄と小鉄だ」
「鬼斬丸は?」
イゾウの代名詞ともいえる、御命刀鬼斬丸。
それを持っていないのは、単に修行だからか、それとも。
「ああ、鬼斬丸はカレンが持っていったぞ」
「……カレンが?」
カレンとは、イゾウとナツコの娘にして、ライアスの、いわゆる幼馴染みである。
歳は、ライアスの三つ四つ下ぐらいか。
ライアスの知る限りでは、快活で物覚えのよい子であった。小さい頃はよく一緒に遊んだものだ。
「去年の春頃か。剣を教えてくれと言われてな。しばらく教えていたんだが、すぐに全部覚えて、今年の春頃に旅に出ていった。その時にねだられたから、譲ったんだ」
「カレンも旅に? なんで?」
「お前がなかなか帰ってこないから、そんなに旅が楽しいならあたしもやる、って言ってなぁ……」
「……引き留めなかったの?」
「引き留めて止まるもんか。なにせ、俺とナツコの子だぞ?」
そう言われると、納得するしかなかった。
「ま、与太話はここまでにしようや。今は、……お前を鍛えるほうが大事だ」
イゾウが、両手を広げて構えた。
ライアスの背筋がぞわりと粟立つ。
「……手加減してね?」
「お前、真剣勝負でもそんなこと言うつもりか?」
そして修行が始まった。
しばらくは、ライアスがイゾウにボコボコにされる日々が続くのだが。
その間に変わったことといえば。
ウルスラが。
修行が始まって二日たっても三日たっても。
十日たってもまだ。
どこかに行ったきり、ライアスのところに帰ってきていない、ということだった。
で、その間ウルスラが、何をしているかといえば。
「…………」
ずっと正座をさせられていた。




