9話:再会、侍と巫女・2
そうこうしている間に、ナツコはライアスたちのところまで来た。
「ライアス君! ライアス君でしょ! 久しぶり~! 元気してた?」
「お久しぶり、ナツコさん」
「三年ぶりぐらいだっけ? しばらく見ない間にまた大きくなって……! やっぱり男の子ね! えいっ、えいっ!」
そう言うなりナツコは、ライアスの頭に手を伸ばしてきた。
ボサボサの髪を、両手でわしゃわしゃっとしてくる。
「おっとと……」
ナツコのほうが背が低いので、ライアスは少し腰を落として頭を下げる形に。
「相変わらず、犬みたいな髪してるわ。わしゃわしゃ! わしゃわしゃ~!!」
「ナツコさんも、相変わらず元気だね……」
ナツコのノリに、他のみんなは置いてけぼりをくらっている。
ウルスラは、ナツコの胸(なかなかの膨らみである)を見て、ちょっとだけ不機嫌になっていた。
「ところで、この子と猫ちゃんどうしたの? お友達?」
「うん、まぁ、そんな感じ」
「それとライアス君、あなた……」
ナツコは、ライアスの顔をじっと見る。
「誰かついてるの? いえ、悪いものではなさそうなんだけど、町の中にいても気配を感じたのよ」
『っ……!』
ウルスラは、思わずドキリとした。
「やっぱり神様かしら? けど、今まで感じたことのない気配なのよね。この方、どちらの地から来られた方なの? お名前は?」
「……えーっとね?」
どう答えたらよいものやら。
ライアスは悩む。
すると、ミケが口を開いた。
「ナツコ殿、でいいのかな?」
「え? わ! 猫ちゃんがしゃべった!?」
「はじめまして。僕は三毛猫のミケ、こっちが友達のタマヒコだ」
「よろしくな!」
「あ、はい、よろしく……?」
「実はライアス殿は、ここに来るまでに色々とあったようでね。それを全部話そうとするとおそらく日が暮れてしまう。そんな話を、ここで立ち話でするのもなんだから、ひとまず、そこの町に入らせてもらえないだろうか?」
ミケの話を聞いて、ナツコは「それもそうね」と頷く。
「詳しい話はウチで聞くわ。旦那もライアス君に会いたいだろうし」
そうして、ライアスたちはナツコに付いて、ヒラタ町に入っていった。
もっとも、町に入るといっても特に仕切りがあるわけでもないのだが。
本当にのどかな町なのである。
ライアスは、町の様子を眺めながら「んー、変わってないなぁ」と呟いた。
「のどかなところだね」
「だなー」
ミケとタマヒコも、きょろきょろとあたりを見回している。
はじめて来る町ではあるが、もしかしたら知ってる顔がいるかもしれないので、少しだけ気にしているのだ。
『……安産型ですわね』
そしてウルスラは、自分たちの前を歩くナツコの後ろ姿をじっと見ていた。具体的には腰のあたりを、だ。
「? なにか、視線を感じるんだけど?」
「神様、どこ見てるの?」
『いえいえ、別に』
さて、そんなこんなでナツコの家に着く。家は大きく、庭も広い。
家の隣には、ナツコが勤める社もあった。
ここでは、アヂスキ様という神様がまつられているらしいが、ライアスはその辺りのことに詳しくない。確か、農業に関する神様だったはずで、ナツコはその神様の声が聞こえるのだ。
毎年夏になるとこの社を中心にして祭りが行われ、ナツコや近所の子供たちが、豊作と無病息災を祈って躍りを奉納する。
ちなみにライアスも、小さい頃はナツコの娘と一緒に踊っていた。今ではもう、踊り方を忘れてしまっているが。
「さぁさぁみんな、こっちこっち」
ナツコの案内で、ライアスたちは庭のほうに通された。
庭では、先程干した洗濯物が風に揺られている。
それから、家の縁側にはひとりの男が座っていた。
四〇歳過ぎぐらいの、がっしりとした男だ。
縁側にどっかりとあぐらを組み、将棋盤を前にして唸っている。詰め将棋でもやっているらしい。
ナツコが、その男を呼んだ。
「あなたー、ちょっとちょっとー!」
「……んあっ? ナツコか、どうした?」
呼ばれた男はのそりと顔を上げると、ナツコの後ろにいるライアスたちに気付き、「おおっ!」と声をあげた。
「お前……! もしかしてライアスかぁ!?」
「そうだよ、イゾウさん」
「はっははぁ! ひっさしぶりだなぁ、オイ! 元気してたか!?」
バン、と将棋盤をぶっ叩き(真っ二つに割れた)、庭に降りてライアスに駆け寄ってくる。
ライアスは、少しだけ身構えた。
「このっ……、どりゃああああ!」
「ぐえっ……!」
男、――イゾウは、ライアスの胸を思い切りどついた。
平手ではあるが、骨に響くような重い突きだ。
ライアスは後方に吹き飛んで、ゴロゴロと転がっていった。
『……ライアス!?』
「ぐはははは! いつも言ってるが、鍛え方が足りん! もっとしっかり踏ん張らんか!!」
転がっていったライアスは「相変わらずだなぁ……」と思いながら、身体を起こす。
「イゾウさんは今も鍛えてるの?」
「当たり前だぁ! 侍が鍛えんでどうする!」
そう言うとイゾウは両腕を畳み、力こぶを見せてきた。
丸太のように太く、固そうな腕だ。
両手の指はゴツゴツとしていて、握り拳は岩のよう。
さらに首も太く、胸板は厚く、腰回りもライアスとは比べ物にならないくらいたくましい。
一目見て、鍛え抜かれた肉体だと知れる。
このイゾウという男は、「鬼斬り」の二つ名で知られる剣豪だ。
若かりし頃に鬼ヶ島に乗り込み、鬼を斬りまくって無事に生還してきた数少ない人間のひとりである。その偉業と、愛刀である御命刀鬼斬丸の名から取って、「鬼斬り」と呼ばれている。
そんじょそこらの妖魔なら、一太刀で斬り伏せられる実力者である。
「齢四〇を越えてなお、今こそが俺の全盛期よ! ぐはははは! 鬼斬り、いまだ衰えず!」
「……そっか」
それを聞いたライアスは、内心で「良かった」と思った。
これならお願いできそうだ、と。
「イゾウさん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんだ改まって。まさか、ようやく俺に鍛えてほしくなったのか?」
「ちょっと、あなた?」
「おぉっと、冗談冗談。分かってるよ、お前はそういうの興味ないんだもんな」
実はイゾウは、今まで何度もライアスを鍛えてやろうとして、そのたびに断られているのだ。
最近では、「父さんがそうやって無理に誘おうとするから、ライ兄がこの町に居着かないのよ!」と愛する娘に言われてしまい、わりと本気でショックを受けていたりもする。
だからこの時も、すぐに冗談だと言ったのだが。
「うん、そのまさかなんだ」
「…………なにをぉ?」
「ライアス君?」
イゾウとナツコは、不思議そうな顔をする。
何を言われたのか、分からないようだ。
ライアスは、イゾウに向かって深々と頭を下げた。
「イゾウさん、……俺は強くなりたい。だから、俺を鍛えてほしい」
「…………」
「お願いします」
イゾウは、しばらくライアスのことをじっと見つめたが、頭を下げたまま微動だにしないライアスに、何かを感じ取ったようだ。
「何があったか知らねぇけど、……とりあえず、中に入れや。まずは話を聞かせてくれ」
「うん」
「おい、そこの坊主とニャンコもだ。それとナツコ! 茶の用意をしてくれ」
「分かりました、あなた」
それだけ言うとイゾウは、のそりのそりと家の中に入っていった。