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ウルスライアス清掃紀行  作者: 龍々山 ロボとみ
第一章:誕生、浄神の使徒
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8話:激烈、凶獣のベガ・5


「っ――!」


 完璧に捉えた、とライアスは思った。

 箒を握る両手には確かな手応えがあり、掛かる力で折れそうなほどに柄がしなっている。


 これをそのまま力ずくで振り抜いてしまえば。

 もしかしたらベガを倒せるかもしれない。

 そう思えるほどの手応えだ。


「――ぁああぁぁあああああああっ!!』


 ライアスは、ベガの勢いに負けないよう全身に力を込める。

 危機と好機は小判の裏表だ。

 攻め込まれたところでうまく切り返せれば、この後の行動の可能性が広がる。


 空の彼方まで吹っ飛んでけ!

 と考えたところで。


 ウルスラが驚きの声をあげた。


『……っ!? しまっ――!!』


 それと同時に、ライアスの感じていた手応えが突然なくなった。

 箒は空を切り、力を込めていたライアスはよろめく。


「――――えっ?」


 ベガの姿は、煙となって消えていた。

 あとにはひらひらと、二枚の札が宙を舞っている。


 これは――。


「――写身(うつせみ)よ」

「っ!?」


 恐怖と驚愕で心臓が跳ねた。

 ぶわりと全身から冷や汗が出る。


『後ろ――っ!!』


 背後を確認するまもなくライアスは振り返り、箒を振り上げる。

 恐怖心が背中に抱き付いてきていた。それごと振り払おうとした。

 そんなライアスの必死の抵抗も虚しく。


袈裟掛(ケサガケ)


 ベガの手刀は、ライアスを打ちすえる。

 左肩から入って右脇腹へ、一直線にずぱんと抜けていった。


「っ…………!?」


 ライアスは叩き込まれた衝撃で吹き飛んだ。

 背中から地面に叩き付けられて跳ね上がり、一回転して後方の木の幹にぶち当たると、そのまま声もなくずるずると崩れ落ちる。


 ベガは、背負っていたイナバを下ろしながら自分の右手をにぎにぎとさせた。


「今のは、いい手応えだったわぁ」


 気持ち良さそうにニコリと笑う。

 地面に降りたイナバはふらふらとしていた。


「め、目が回ります、先生……」

「ほら、しゃんとしなさい」

「は、はい」


 ベガは、自分の足元に落ちている札を拾い上げた。

 二枚とも、子供が書いたような汚い字で文字や記号が書き込まれている。

 この札で作った分身を先に見付けさせて、陽動に使ったのだ。


「写身と、姿隠し。イナバが作る札もだいぶ完成度が上がってきたわね。これであともう少し字が綺麗になれば、売り物にもなるのだけど」


 まぁまだそこまで望むのは早いか、とベガはその二枚を胸の谷間にしまった。


「さて、お仕事を終わらせましょうか。妖魔どもは、……そこの茂みの中かしら?」


 タマヒコたちの隠れている茂みを見て、ベガは両手の指をごきりと鳴らした。

 そしてそちらに近付いていく。

 タマヒコは、ぎゅっとミケを抱き締める。


「…………ま、待て」


 それを、ライアスが呼び止めた。

 ベガは立ち止まると、不思議そうな表情を浮かべて振り返る。

 箒を片手に、男はふらふらと立ち上がっていた。


「あらアナタ、もう立ち上がれるの?」

「が、頑丈さだけは……、俺の……、取り柄……」

「それは嘘ね。さっきの手応えは間違いなく意識を断ったもの。こんなすぐに起き上がれるはずはないわ」


 そのとおりである。

 ライアスは先程の一撃で意識を失って、夢の世界で神様に頼んで無理矢理起こしてもらったのだ。

 ダメージはほとんど抜けていない。

 今も痛みで気を失いそうである。


「それに……、立ち上がってどうするの? 左腕、動かないでしょ?」

「…………」


 その問いに答えることなくライアスは、右手で持って箒を構えた。

 左腕はだらんと垂れたままだ。

 打たれたところから先は、痛みどころか感覚もなかった。


 ベガは、なんともいえない表情で「まぁ、いいけどね」と思った。


「頑固ね。死にたいのなら、止めはしないけ、ど!」

「ぐはっ……!」


 すたすたと歩み寄って、ライアスの箒をひらりと躱して胴を突いた。

 貫手がみぞおちにめり込み、ライアスは再び崩れ落ちる。

 意識を失った人間の倒れ方だ。普通なら、しばらくは目を覚まさない。


「……くっ、……あっ」


 それでもライアスは、むりやり起き上がる。

 肺がせり上がって呼吸はできず、膝はぶるぶると笑っているが、目だけは死んでいない。


「……うーん」


 ベガは、ライアスが立ち上がるたびに叩きのめした。


 さらにもう一発、さらにもう一発と打たれるたびにライアスは意識を失って倒れ、そのたびにウルスラに頼んで強制的に起こしてもらう。


 自分が今、立っているのか倒れているのか。

 現実にいるのか夢の世界にいるのか。

 ライアスにはその区別が付かなくなっていった。


『ラ、ライアス……! もう……!』


 ウルスラは半泣きだ。

 ライアスが倒れるたびにビンタをして復帰させているが、すでにダメージが大きすぎて一発二発叩いたぐらいでは意識が戻らなくなっている。

 それでもライアスが諦めようとしないので、ウルスラも必死で手伝っているのだ。


 そもそも本来なら、この気合い入れビンタは応急的に使う技で、何度も連続で使っていいものではない。

 受けたダメージは蓄積されていくし、肉体も確実に傷付いていく。


 限界は、いつか必ず来る。


『う、ううぅぅぅ……!』


 ウルスラは怖かった。

 ライアスが夢の世界に来るたびに、ボロボロのライアスをひっ叩かなくてはならないことが。


 ウルスラは恐ろしかった。

 次にライアスが倒れたときに、もう自分の目の前に来ないかもしれないことが。


 夢を見るのは、生きているからこそ。

 夢を見られなくなってしまったら、こうしてライアスを起こすことはできないのだ。


『も、もう、やめてくださいまし……!』


 ウルスラはとうとう、ぼろぼろと涙を流し始めた。


『ほんとうに、死んでしまいますわ――!』


 それは、どちらに言ったものなのか。

 もしかしたら両方に言ったのかもしれないが、どちらもその声は聞こえていなかった。


 やがてベガが、面倒臭そうに呟いた。


「やっぱり、なにか違うわ。アナタをイジメても面白くないもの」


 右手をぷらぷらさせながら、ライアスに話しかける。


「ねぇ、ワタシは弱いものイジメが趣味なんだけど、アナタのはイジメたくなる弱さではないわ。そこのイナバとか、茂みの中のボウヤとは違う。なんというか……、噛み合っていない弱さよ」

「…………」

「何をどうしてるのか知らないけど、そこまで立ち上がれるのは普通ではないわ。キョウの都の鬼たちも、ヒダタカ山の大猿も、アナタみたいに頑張ったりしなかったし、耐えることもなかった。もうほとんど意識もないだろうに、御苦労様ね」


 ライアスの返事はない。

 すでに、声も聞こえていない。


「そこまで出来るのに、どうしてアナタはそんなに弱いの?」

「――――」

「そんなに弱いのに、どうしてこんなに戦うの? ダメじゃないの、弱いままで戦うなんて。弱いのに戦っても勝てないし、負けたら死ぬのよ?」


 そこまで言ったところで、茂みの中からタマヒコが立ち上がった。


「よ、……弱くなんて、ないだろ!!」

「……あら、驚いた。最後まで震えているかと思ったけど」

「ライアス兄さんは弱くなんかない! と、取り消せ……!」


 声を震わせながら、それでも言い切ったタマヒコに、ベガは困ったようにため息をつく。


「弱いわ。……いいえ、アナタの言う惰弱(よわ)さとワタシの言う未熟(よわ)さは違うわね」

「何が……」

「カレの肉体(からだ)頑強(つよ)いし、カレの精神力(こころ)強靭(つよ)い。それはワタシも分かっているわ。けど……」


 ベガはちらりとだけ、タマヒコを見た。


「こうして戦おうとするくせに、戦うための戦力(つよ)さがない。……別にいいのよ? 弱くても。弱い者には弱い者の生き方があるから。弱いなら弱いなりに身の振り方を考えればいいわ」

「…………」

「ただ、こうして戦わざるを得ない生き方をするなら、……そのための力が必要だわ。アナタは、泳げもしないのに嵐の海に飛び込んだりしないでしょ? つまりはそういうことよ」


 そして改めてライアスを見た。

 ライアスはもはや、立っているのが不思議な状態。

 軽く押しただけで倒れてしまいそうだ。


「アナタ、ライアスというのね」


 ベガは両手の五指を曲げ、指先に力を込めた。

 僅かに腰を落として、ざっ、と一歩踏み込む。


「覚えておくわ。ワタシが次に寝るときぐらいまでは」


 タマヒコがまだ何か言おうとするが、それを聞く前にベガは、ライアスにトドメを刺しにいった。

 両腕を、獣のあごのように上下に広げる。


「――大噛付(オオカミツキ)


 獲物を喰い千切る凶獣の牙。

 それに模した両手が、ライアスの頭部に迫る。


 直撃は不可避。

 ライアスの命運は尽きた。

 この場にいた誰もがそう思った。


 だから。


「っ――――!」


 大噛付を受け止められた(・・・・・・・)ことに、この場の誰もが言葉を失った。


 ライアスとベガとの間に、誰かがいる。


「……いい加減に、しなさいな」


 いつの間に、どこから現れたのか、誰にも分からない。

 ただ、先程までライアスが手にしていた箒が、何処かに消えてしまっていた。


「アナタ、は……」


 ベガの一撃を受け止めたのは、その少女(・・)だ。

 長い青髪をぶわりと広げて、涙で顔をぐしゃぐしゃにした少女は、


「ライアスは、ぜーーったいに死なせませんわ!!」

「っ……!」


 ベガを弾き飛ばしてくるりと振り返ると、ライアスの頭をがっしと掴んで、思いっきり口付けをした。

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