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ウルスライアス清掃紀行  作者: 龍々山 ロボとみ
第一章:誕生、浄神の使徒
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8話:激烈、凶獣のベガ・4

 ライアスはとっさにタマヒコたちを庇う。

 自分の身体で覆い隠した。


 後方の空から降ってくる雨は、散弾のようにライアスの背中を激しく打つ。


「痛っ……!」


 一滴当たるごとに石ころをぶつけられたような衝撃で、たまらずライアスは木の陰に入る。

 抱えられているタマヒコが怯えたような声を出した。


「に、兄さん、これ……!?」


 間違いなく、ベガの妖術だろう。

 どこまで近付いてきているかしらないが、妖術の射程には捉えられているらしい。

 あたり一面の広範囲に雨が降っているのを見るに、まだ細かい狙いが付けられるほど近くにはいないのだろうが。


「なんとかしないと……」


 このまま動けずにいると、いずれ追い付かれてしまう。それはまずい。

 しかし動こうにも、降り続ける雨はさらに勢いを増し、そこら中の木々の枝葉や樹皮を容赦なく削り飛ばしているような状況だ。

 雨がやむ気配は一切なく、このままでは動くに動けない。


「……神様、箒を」


 ライアスはタマヒコたちをそっと下ろすと、預けていた箒を渡してもらった。

 箒を握り締めて深呼吸をすると、覚悟を決めて雨の中に飛び出した。

 とたんにライアスの全身を雨が打つが、痛みを堪えて箒を構え。


「き、よ、かぜーっ!!」

『清風!』


 雨に向かって振り抜いた。

 ライアスの後方から強い風が吹き、降りしきる雨をまとめて弾き飛ばす。


 神様(ウルスラ)使徒(ライアス)の同時宣言。

 それによって生み出された清風は、ライアスひとりで吹かせたときよりもはるかに強力だった。

 雨を降らせていた雲までまとめて消し飛んだらしく、ところどころに晴れ間がのぞいている。


「今のうちに……!」


 さらに逃げなくては。


 ライアスは素早くタマヒコを抱え直し、雨が降ってきたほうとは逆方向に走った。

 降り注いだ雨で足元がぬかるんでいるが、ライアスは水たまりなども気にせず走る。というよりも、気にしている余裕がなかった。


 しばらく走ると、後方からなにか耳障りな音が聞こえてきた。

 金属同士を擦り合わせたような、そんな音だ。それがどんどん大きくなってくる。


『何か近付いてきています! かなり速いですよ!』

「次はなに!?」

『細長い何かです! これは――!』


 ベガの、次の手が迫る。

 木々の間をすり抜けてきたものが、ライアスに飛びかかった。


『金属のヘビですわ!』

「ぐおっ!」


 空中を這う鈍い銀色のヘビ。

 それがライアスの肩にがぶりと噛み付いた。

 逃がさぬとばかりにぐいぐいと牙を喰い込ませてくる。


「痛たたたっ……!?」

「大丈夫!?」

「ま、まだなんとかー!」


 明らかにやせ我慢をしている声であった。

 痛みで顔もひきつっている。

 それでもライアスは、タマヒコたちを落とさないよう腕に力を込め直した。


『さらに来ます! 二匹!』

「もういいってのに……!! 痛ってぇ!?」


 追加の二匹は背中に噛み付いた。

 合わせて三匹。鋭い牙が突き刺さる。

 ライアスは歯を食いしばって痛みに耐えようとしたが、さすがに無理だったようだ。


「ごめんタマヒコ君、ちょっとだけ下ろすよ!」

「う、うん」

「この……、煤祓っ!」


 噛み付いているヘビどもに箒を押し当て、ライアスは煤祓を使う。

 たちどころに瘴気を抜かれた妖術のヘビたちは、しゅるしゅると小さくなって、それぞれが一枚の札に戻った。


『こんなものも、あるのですね』


 拾ってみると、札の表面にはごちゃごちゃと文字やら記号やらが書き込まれている。

 子供が書いたような汚い字だ。

 何て書いてあるのかまったく読めないし、またヘビに化けられても嫌なので、びりびりと破り捨てた。


 それからライアスは、自分の身体にも煤祓をかけた。

 牙から毒が回ってきているらしく、噛まれた傷口がじくじくと痛むので、それを浄化したわけだ。


 毒が消えると、じくじくとした痛みも消えてくれた。


『動けますか?』

「大丈夫、行こう」


 さらに逃げる。逃げる逃げるにげる。

 少年と猫を抱えたまま、すたこらさっさと走り続ける。


 そうして逃げることが、ベガのいじめっ子根性に火を付ける原因にもなるわけだが、それでも逃げるしかなかった。


 この後も、握り拳ほどの石ころが飛んできたり(いくつか頭に当たったが耐えた)、その辺のつるが動いて足に絡み付いてきたり(無理矢理引きちぎった)、いきなり目の前に落とし穴が出来たり(直前でウルスラが気付いて回避した)、次から次へと妖術が襲ってくる。


 ライアスはそれらを強引に突破したが、ベガの妖術の狙いがどんどん正確になってきているような気がして、落ち着かない。


『間違いなく、追い付かれてますわ』

「やっぱり……?」

『けん制しながら様子を見て、じわじわと距離を詰めてきているのでしょう。あの女のものと思われる瘴気が、ほんのりと感じ取れるようになってきてます』

「なにか不気味だけど……、一気に近付かれるよりはいいかな」


 警戒して、遠くから攻撃してくれているなら、そのほうがいい。

 遠くからの攻撃なら、痛いけど耐えられる。


 反対に接近戦に持ち込まれたら今度こそ詰む。

 それは避けたい。


「もうそろそろ普通の道に出るだろうし、そこまでは、距離を取ってくれてたらありがたいんだけど。下り坂になったら、転げ落ちるように早く走れるし」

『……本当にコケないでくださいね?』

「コケるより早く足を前に出し続けたらコケない、ってお父が言ってた」

『理論は分かりますわ。……そしてその理論なら水の上も走れます』

「ほんとに? スゴいね、……――っ!」


 ふいに、ライアスの背筋がぞわりとした。

 なにか分からないが嫌な感じがする。


 とっさにライアスは、近くの茂みに向かってタマヒコたちを放り投げた。

 突然のことにタマヒコは驚く。


「え、うわっ!?」

「タマヒコ君そこ隠れてて――!」


 ライアスが言い終わるより早く。

 ライアスの頭上から雷が落ちてきた。


「がっ……!?」


 ほぼ同時に雷鳴がとどろき、ライアスの身体を落雷が貫く。

 衝撃で、ライアスが膝から崩れ落ちた。


『ライアスっ!?』

「に、兄さん!」


 これもベガの妖術だ。

 ピンポイントで、ライアスのいる位置に雷を落としてきた。

 本来なら見えないところにいる敵に当てるのは難しい強力な妖術なのだが、今まで使ってきた妖術の当たり具合から狙いを絞って、むりやり打ち込んできたらしい。


 そして。


『っ! あの女が急接近してきます!』

「くっ、あ……」


 ライアスの動きを止めたベガは、ここぞとばかりに距離を詰めてきた。

 ウルスラの感覚が確かなら、あと一分もしないうちに目の前に現れるだろう。


「ぐぐっ……!」


 ライアスはなんとか立ち上がると、箒を受け取ってベガの迫る方向を睨んだ。

 身体がしびれて、思ったように足が動かない。

 迎え撃つしかない。


 もう一度だけなんとか隙を付いて逃げないと、と思っていると。


『! 瘴気の反応が突然消えました!』

「どういうこと?」

『姿隠しか何かを使ったのでしょう! 気を付けてくださいよ、ライアス。奇襲でくるものと思われます!』


 そうなるとライアスには、どこから来るのか分からない。

 困った。


『安心してくださいライアス。今度こそ、あの女の隠蔽を見破ってみせますわ!』


 ウルスラが自信満々に言う。

 一度見た技で、しかも今回は来ると分かっているのだ。必ず見破れる、とウルスラは思っている。


「……神様のこと、信じてるからね?」

『お任せあれ!』


 ライアスには信じるしかない。

 奇襲による一当てをなんとか防いで、隙を作らないとならないのだから。


 ライアスは待つ。神様の言葉を。

 身体のしびれも少しずつ治まってきたところで。


『見つけました!』

「!」

『右後方から来ます! 今、少し距離を取って回り込んでいます』

「右後ろね」

『そしてまだ振り向かないで。待って、待って、もう少し――』

「…………」


『今!』

「っ!」


 振り向きざまに箒を振り上げたライアスの目前に、ベガが迫っていた。

 ベガは笑って両手を広げている。

 ライアスは渾身の力で箒を振り抜いた。


「やああぁぁぁああああああっ!!」


 箒の穂先が、ベガの顔面を捉えた。

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