1話:誕生、浄神の使徒・1
◇
「やぁーーっと、見つけましたわ」
寝ぼけて頭がぼんやりとしているときに、いきなりそんなことを言われた青年は、それが自分に対して言われた言葉だと理解するのに、しばらくの時間を要した。
「何をきょろきょろと見回しているのですか? 貴方ですわ、貴方」
「……えーっと、俺、……ですか?」
「そうですわ」
びしりと、自分の顔を指差され、まず間違いなく自分に対して言っているのだと理解した青年は、次いで自分が変なところにいることに気付く。
どう考えても現実の世界とは思えないような、真っ白で殺風景なところ。果てがあるのかどうかも分からず、ここに他の誰かがいるのかも、とんと見当が付かなかった。
「貴方にお話、というよりは、お願いがあって参りました。私のお願いを聞いていただけますか?」
はて、ここは一体何だろう、という疑問はひとまず脇に置いておいて、青年は目の前にいる、問いかけの主に向き直る。
相手は、一見して少女のようであったが、まぁ、なんというか、見た目どおりの存在ではないのだろうな、と確信を持ってそう思った。
なにせ、足元を見たら少し宙に浮いているし、こうして向き合っているだけで、只ならぬ気配をびんびんと感じるのだ。これで普通の女の子です、と言われるほうが驚く。
「まず、私は神です」
「あっ、はい」
神様だった。やっぱりか、と青年は思った。
「ただし、この世界を作った神とは別の神です。私は浄神。他の神からは、ウルスラと呼ばれています」
「浄神?」
「得意なことはお掃除です」
「……そう、ですか。あ、俺はライアスといいます」
「知っていますわ」
「知ってるんですか」
「それぐらいのことは、顔を見れば分かります」
「顔を?」
「顔をです」
怖い、と思わず口に出しそうになった。
さすがに神様を怒らせたくはないので、口を閉じたが。
「さて、ライアス。お願いというのは他でもありません。貴方には、私の手伝いをしていただきたいのです」
「手伝い、と言いますと?」
「私、どうにも汚れたものを見ると綺麗にせずにはいられない性分なのですが、少々この世界は、穢れに満ちているように見えるのです」
「……ああ、」
そう言われて、ライアスも頷く。
確かに、自分のいるところは、地上の至るところを瘴気が覆っている。
穢れている、といえばそうだろう。
「私は、この世界を創った友神のように、この世界そのものを指先ひとつで作り替えたりすることはできませんし、ここでは息をふぅーっと吹きかけるだけで瘴気の霧を晴らすこともできません。ですが、この世界の住人にこっそりと、私の力を分け与えることはできます」
「こっそりと?」
「こっそりと、です。私の清めの力を、半分ほど貴方にお貸し致します。その力を使って貴方には、この世界の大掃除をしていただきたいのです。瘴気の霧を祓う、大掃除を」
ライアスは、ぽかんと口を開けている。
ウルスラは、ごそごそと懐を漁ると、御守袋を取り出した。
「頭を」
「あ、はい」
言われるままに差し出した頭に、ウルスラは御守袋の紐をかける。
首から提がった御守袋。袋の表面には、浄神を表す聖印が縫い付けられている。
「手を」
「はい」
ライアスは両手を差し出す。ウルスラは、自分の両手で包み込むようにして、ライアスの手を握った。
「今から私の力をお貸ししますわ。ちょっとくすぐったいかもしれませんが、堪えてくださいな」
「えっと、……いいんですか?」
「? 何がですか?」
ライアスは、両手を握られたまま、少しばかり困ったように尋ねた。
「いや、とんとん拍子で話が進んでる、……ますけど、それでいいのかなって」
「嫌なんですか?」
「嫌ということはないですけど、本当に俺でいいのかなって。もっと他に適任がいるのでは?」
「いませんわ」
ウルスラは、自信満々に答えた。
「貴方が一番適任です。それは間違いありませんわ」
「そうなんですか……?」
「そうなんですわ。……ほら、いきますわよ」
ライアスは、包まれた自分の手がほんのり暖かく、そしてなんだかくすぐったくなるのを黙って受け入れた。
「……うん、これで終わりですわ」
「あんまり何か変わったように感じな、ませんが」
「そのうち分かりますわ。それと、」
ウルスラはそっと手を離した。
「喋りづらいなら敬語でなくて構いませんわ。そんなことでは怒りませんから」
「……無礼な、とか言って怒らない?」
「はい」
ライアスは、ふーっと息を吐いた。
「ああ、緊張した。昼寝してたと思ったら、いきなり目の前にいるんだもん」
「夢の中でないと、こうして顔を見てお話ができないのです。私はこの世界とは縁もゆかりもありませんから、できることが限られているんですの」
「お友達がつくったのに?」
「友神が創ったから、ですわ」
「面倒だね」
「まったくです」
ライアスは、ぐーっと背伸びをした。
それから改めて手を差し出す。
「じゃあ、細かいことは追々聞くとして、」
「はい。後々お話しします」
「改めてご挨拶を。俺はライアス。これからよろしくね」
「私はウルスラ。こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」
差し出された手にウルスラは応じ、一人と一柱は、がっしりと握手を交わした。