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ウルスライアス清掃紀行  作者: 龍々山 ロボとみ
第一章:誕生、浄神の使徒
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8話:激烈、凶獣のベガ・2

 ライアスは本能的な恐怖をむりやり抑え込んで、迫るベガを迎え撃つ。


『来ました!』


 低い。

 ベガの体勢、四つ足で駆ける獣のようだ。

 そして速い。

 まばたきひとつで致命的になるほど疾く、一呼吸の間もなく距離が詰まる。


「おりゃあっ!!」


 高速で突っ込んでくるベガに、ライアスは渾身の力で箒を叩き付けた。

 タイミングは完璧。当たれ、とウルスラは祈る。


「――そんなもの、」


 脳天直撃、と思ったとたんに箒が空を切った。

 直後、ライアスのみぞおちに貫手が刺さる。


「当たらないわよ」

「っ!? かっ、あっ……!」


 打ち込むと同時にベガは、ライアスの脇をすり抜けていった。

 突き上げられるような衝撃にライアスは息が詰まる。呼吸ができない。


『くっ……!』


 ウルスラは見ていた。

 ベガが、ライアスの箒を片手で払い除けたのだ。

 円を描くように動いたベガの右手は、箒を逸らした動きから滑らかに攻撃へと転じ、ライアスのみぞおちを突いた。攻防一体、流れるような動きだった。


 この一手を見ただけで思う。この女も、相当強い。


「このっ……!」


 背後に抜けていったベガを叩こうと、ライアスは大きく箒を薙ぐ。

 目一杯柄を長く持って横一閃。

 しかしまたしても箒は空を切った。


「痛っ……!?」


 振り切ったところで脇腹に激痛が走る。

 しゃがんで箒を躱したベガが、ライアスの脇腹を突いたのだ。

 あばら骨の下からねじ込むような角度。ただの貫手が本物の刃物のように鋭く刺さる。


 ライアスは、せり上がってくるものをむりやり堪えた。

 せっかく食べたのに戻したらもったいない。

 吐き出しそうになるのを必死で我慢する。


「……っはあ!」


 飲み込み、ベガに向き直ると、箒を突き出した。

 片手持ちでまっすぐに伸ばし、なるべく遠い間合いから当てようとする。


「全力で、というわりには大したことないのね」


 ベガは箒を軽々と払うと、深く踏み込んで手刀を打ち込む。


「んげっ……!?」


 一息で五発。

 両手での連打は目にも止まらぬ早さだった。

 打たれている当人のライアスには、何が何やら分からない。


 五発目、右肩から縦に抜ける手刀を打ち切ったベガは、反撃を受ける前にひらりと距離を取った。


「……あらあら、」


 ベガは、実に楽しそうにしている。

 ふらつくライアスを見て、ニコニコと笑っていた。


「箒だけじゃなく、アナタも丈夫なのかしら?」

「ぐ……、が、頑丈さだけは、取り柄なもんでね……!」

「骨の二、三本でも折ってあげれば諦めてくれると思ったけど、手応えからして折れてないわね。最後のは、鎖骨をもらったと思ったのに」


 右手をにぎにぎして、その時の感触を思い出している。

 そんなベガを見て、弟子のイナバは「また悪い癖が出てる」と呟いた。


「もう少し、強くいきましょうか」

「……!」

「もし真っ二つになったとしても、それは仕方のないことだわ。だってアナタ、ワタシの仕事の邪魔をするんでしょう?」


 すうっと腰を落とすベガ。

 両手を緩く広げ、指先は鉤爪状に曲げている。

 ライアスとの間合いは四間(七メートルと少し)ほどだが、先程の踏み込みを見るに離れているとは言いがたい。


「……なにか……」


 よく分からないが、ライアスは嫌な予感がした。

 ベガの両手から、不吉な気配を強く感じるのだ。

 あれはきっと、すごくよくない。


「…………ん?」


 その時ライアスは、ふと思い至る。

 そういえば、と。


「神様かみさま」

『なんですかライアス! 来ますよ!』

「あの人の身体の瘴気、どうなってる?」

『どうって……』


 ライアスはもっと具体的に問うた。


「さっきより減ってる? それとも変わらない?」

『え、それは……』

「……アナタ、誰と話をしてるのかしら?」


 ベガが問う。

 ウルスラの答えを聞いたライアスは、ベガに答えた。


「俺の神様だよ。――清風(きよかぜ)!」

「っ……!」


 ベガに向けて箒を振り抜く。

 ライアスの後方からびゅうと風が吹き、辺り一帯にうっすらと漂っていた瘴気が瞬く間に消し飛んだ。

 そして消えたのは、周囲の瘴気だけではない。


『……やはり! さらに減りました!』

「よし! もういっちょう、清風ぇ!!」

「あらあら……」


 強い風がさらに吹く。

 ベガは、自分の体内に蓄えてある瘴気が消失していくのを感じた。

 桶の底が抜けたような猛烈な勢いであった。


 ライアスの清風が、ベガの体内の瘴気を消し飛ばしているのだ。

 これにはベガも驚いている。


「清風ぇえ!!」


 三度清風が吹くと、ベガの体内の瘴気があらかた消し飛んだ。

 最初の乱入時を十割とすれば、今はもう二割を切っている。


「どうだ!」


 ライアスはびしりと箒を差し向けた。

 穂先はベガの眉間、来るなら来いと気合いを込めて。

 ベガが感心したように言う。


「すごいわ。さっき箒を払い除けたときに瘴気の蓄えが減ったように感じたけど、あれは気のせいではなかったわけね」

「そうだよ。このホウキには、瘴気を清める力があるんだ」


 こうして瘴気を抜くことにどれ程の効果があるのかは分からない。ただ、少なくとも妖術は使いにくくなるだろうし、嫌がらせにはなる。

 ライアスは、ベガが少しでも活動しにくくなるように必死だった。まともに戦っていい相手ではない。


「なるほどねぇ。……そうすると」


 おもむろにベガは、自分の胸の谷間に手を突っ込んだ。牛のようとまで言われた大きな胸が、探る手付きでむにゅむにゅと動く。ライアスは、思わずそれを見つめた。


 やがてベガは何かを取り出す。

 あれはタバコの箱だろうか。


「ああ、やっぱり。こっちまでダメになっちゃった」


 そう言うと、ぐしゃりと握り潰して放り捨てた。

 弟子のイナバが慌てて回収に走る。


 すると、ウルスラがむっとした表情になった。

 ゴミをポイ捨てしたこともそうだし、胸の谷間に手を突っ込むという蛮行もそうだし、なによりそれを見たライアスがちょっとドキドキしてるというのが、何にも増してイラっとくる。


『鼻の下が伸びてますわよ、ライアス』

「え? そ、そんなことないでしょ?」

『女は豊胸、なのでしたっけ?』

「……かみさま?」


 ライアスがいわれのないことで責められていると、ベガがイナバを呼びつけた。


「イナバぁ、新しいの一本持ってきて。一番濃いやつ(・・・・)を」

「はい、ベガ先生。……どうぞ」


 たたたっとベガに駆け寄ってきた少年は、背中の背負子からタバコを取り出す。

 そのとたん、ウルスラがぎょっとした。


「ありがとう」


 ベガはタバコに火をつけると、大きく煙を吸い込む。

 一口で半分ほどを灰にすると、ふうぅ、と煙を吐き出した。


「アナタ知ってる? 退魔師はね、体内の瘴気がなくなっても戦えるように色々準備をしてるものなのよ?」


 ウルスラが怒りとも驚きともつかぬ声をあげた。


『あれ、瘴気を取り込んでますわ……!』

「……なんと」


 ベガがタバコを吸うたびに、ベガの身体に瘴気が溜まっていく。

 ほとんど吸い切ったところで、ベガの体内の瘴気は五割程度にまで増えていた。


「そしてこんなふうに補給をするの。どう?」

「……そのタバコ、めちゃくちゃ体に悪そうだね」

「タバコなんて元から体に悪いものなんだから、当たり前でしょ?」


 最後の一口、旨そうに煙を吸い込む。

 それを吸い終わると、ベガは火のついたままのタバコを、


「――ふっ!」

「っ!」


 ライアスめがけて投げつけた。

 虚を付かれたライアスは反応が遅れる。


『――えいっ!』


 当たる直前、ウルスラが御守袋を引っ張って守ってくれた。

 がくんと首ごと引かれ、タバコが耳元を掠めていく。避けていなかったら、おそらく目に当たっていただろう。


「っ……!」


 ライアスは、掠めていくタバコを無視してベガを見据えていた。

 ベガから目を離したら何をされるか分からないので、必死だ。


「それを躱すなら……、」


 ベガがさらに何かしようとしたのを見て、ライアスは一か八か行動に出た。


「やっ!」


 ライアスは箒を思いっきり振り上げて、ベガに飛びかかった。

 守りを考えない捨て身の一撃にも見えるが、はたして。


 ひとまずベガは、箒に触れないようにライアスの動きを見て躱そうとする。


「神様!」

『やぁっ!』


 しっかりと自分を見ているのを確かめたうえで、ライアスは目をつむって叫んだ。

 御守袋がふわりと動き、ベガに向けて強く発光する。ウルスラフラッシュ(仮)だ。


「っ!」


 ベガはとっさに手で光を遮った。

 ライアスが叫んだのを聞いて、何か来ると考えたのだ。


 結果としてベガは、不意打ちのフラッシュを防いだ。

 それでもかなりの明るさで目がくらみそうになったが、見えないことはない。


 ここからどうくる、とベガは考える。

 ライアスは、


「清風――っ!」


 ベガの少し手前の地面に箒の穂先を叩き付け、地面に向けて清風を吹かせた。

 大量の砂ぼこりがぶわっと舞い上がり、ライアスの姿が砂ぼこりの中に消える。


 煙幕代わりか。

 どこから仕掛けてくるつもりだ。

 と思ってベガは待ち構えるのだが、ライアスはなかなか仕掛けてこない。


 そうしていると、ベガはある可能性に気が付いた。


「……まさか」


 やがて砂ぼこりが晴れた。

 ライアスは、どこにもいなかった。


 目くらましを使って、逃げたらしい。

 おそらくあの妖魔たちを追ったのだろう、とベガは理解した。


「大したことない、って思ったけど、逃げ足の早さはなかなかね」


 ベガは若干呆れたようにしながらも、どこか楽しそうだ。


「そう。そうなの。そういうことをしちゃうのねぇ……」


 そして、フラッシュで目がくらんでおろおろしているイナバに近寄ると、背負子の中からタバコを取り出して、火をつける。大きく煙を吸い込んで、吐き出した。


「逃げられたら、追い掛けて余計なイジワルしたくなっちゃうわ。……ねぇ、イナバ?」

「は、はい、先生」


 声だけしか聞こえないイナバが、「あ、これはダメなやつだ」と恐怖で背筋を凍らせた。

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