7話:追跡、村外れの猫と悪ガキ・2
少年は誰に声を掛けることもなく、すたすたと店の奥へ進んでいく。
途中で一度、ちらりとライアスのほうを見てきた。目が合ったが、ライアスが何も言わずにいるとまた前に向き直って店の奥へ。
そのままするりと、厨房のほうに入っていった。
ライアスは「んー?」と首を傾げる。
「……このお店の人の知り合いなのかな?」
それとも店員さんの子供とか? と、ライアスが考えていると、ウルスラが話しかけてきた。
『どうしました? 悩んだような顔をしていますが』
「いや、ちょっとね。それより神様、俺が食べてる途中に気配がしなくなってたけどどこ行ってたの? お花でも摘んでた?」
『食器を返しに行ってました。あと、私は神様なのでそーゆーことはしません。ええ、しませんとも』
「……へー」
ライアスはまったく信じなかったが、まぁそんなことはどうでもいい。
「実はさっき、外から子供が入ってきてね。何も言わずに慣れた様子で店の奥に入っていったから、ここの人の子供なのかなぁって考えてた」
『なるほど』
「あ、今ちょうど出てきたよ、ほら」
ライアスの視線の先、先ほどの少年が厨房から出てきた。
手には大きなを包みを持っている。少年の両手に余るほどだ。包みに使っているのは竹の皮で、ご飯粒が付いていた。
おにぎりでも握って誰かに持っていってるのかな、と思ったライアスは、少年に声を掛けた。
「こんにちは、お使いでもしてるの? 偉いね」
すると少年は、ひどく驚いた顔でライアスのほうに振り返った。信じられないものを見るような目で、ライアスの顔を凝視する。
「っ……!?」
「あれ……?」
ライアスが「なにか変だぞ?」と思うと同時に少年は、脱兎の如く駆け出した。
手に持った包みを抱え込んで店から飛び出し、あっという間に遠くへ行ってしまう。
「ひょっとして、逃げた……?」
『ライアス、今の少年ですけれども』
ウルスラは、少年を見て気付いたことを伝えた。
『妖術を使ってましたよ。たぶん、姿隠しとかそのあたりのものを』
「……え?」
『おそらく、等級が上がってきたライアスには効かなかったのでしょうが、普通の者ならあの少年が何かしても気付かないと思います』
「……あー、ちょっと確認してみようか」
ライアスが厨房に向かって声を掛け、店員に確認してもらうと、炊いたご飯が一合分ほど、漬け物が少々と魚の干物が一枚なくなっているらしい。
店員さんが「またやられた!」と憤っているので、ライアスは詳しい事情を聞いてみることにした。
「いやー、まさか飯泥棒だったとは」
ライアスは、少年が逃げた方向に向かって歩きながら、そんなことをぼやいた。
「あまりにも普通に入っていったから、知り合いとかだと思ったんだけどなぁ」
『気付かれてないと思ったら、悪いことでも堂々とするものですからね』
「入ってきたときに声掛けとけばよかったかなー。持っていかれたのが食べ物だけだったから、まだマシなんだろうけど」
あの少年は今年の春先ぐらいから村外れの山の中に住み着いているらしく、数日に一回の頻度で村に下りてきて、食べ物のある家から食料を持っていくらしい。
よその村の浮浪児がこの村に流れ着いてきて悪さをしているのだろう、と話してくれた店員はそのように言っていた。
『しかし、そのお金をライアスが払わなくてもよかったのでは?』
今回持っていかれた分のご飯については、ライアスがお金を払った。目の前で持っていくのを見ていたのに止めなかったので、お店に対して罪悪感を覚えたらしい。
店員は恐縮していたが、ライアスはむりやりお金を押し付けて店を出てきた。
「まぁ、どうせこれはあぶく銭みたいなもんだし。ご飯もう一杯お代わりして焼き魚もう一尾追加で食べたと思えばいいかなって」
『そんなふうにしてるから、いつもお金がないのではないですか?』
「それを言われると返す言葉がないね。ごもっとも、ごもっとも」
『とにかく、店の者の話では、あの少年はこの先の山中にいるらしいですので探してみましょう』
「うん、お話ぐらいはしてみないとね」
それからライアスは、山の中に分け入り、少年を追って奥へ奥へと進んだ。今はお腹一杯なので元気もりもりだ。精力的に探し回る。
そのうちウルスラが、山中で瘴気の溜まっているところを感じ取った。
『ライアス、あの少年は妖術を使っていました。ということは、妖術を使うための瘴気を補給できるところにいるのではないでしょうか?』
「可能性はあるね、行ってみよう」
『はい。しかし、あんな少年でも妖術を使えるものなのですね』
「んー、妖術自体は訓練すれば使えるようになるって聞いたよ。退魔師とかは妖魔退治に妖術を使ったりするもの」
『なんと』
「妖魔が使う技を人間が真似たのが妖術だから、本来の意味はそっちなんだ。分かりやすくするために妖魔が使ってるものも同じ名前で呼んでるけど」
まぁでも、とライアスは続ける。
「使うために瘴気を取り込むわけだから、もちろん身体には悪いって聞くね。妖術を使いすぎたり瘴気を取り込みすぎた退魔師が、倒れたり鬼に変じて退治されたりもするらしいし」
『やはり瘴気は良くないものなのですね。それを、泥棒のために使うなんて……』
「お腹が空くのはみんな嫌いだからね。多少身体に悪くても使うんじゃない?」
『今を生き延びるために将来を犠牲にするのもどうかと思いますが、……今それを論じても益はないですね』
「うん。考え方は人それぞれだよ」
がさがさと、生い茂った藪をかき分ける。ライアスの視線の先に、古ぼけた納屋の屋根が見えてきた。
「あれがそうかな?」
『はい。あの納屋の周囲にうっすらと瘴気を感じます』
「煙も立ってるね。誰かいるのは間違いないや」
あの少年が持ち帰った干物でも焼いているのだろう、ライアスはそう当たりを付け、そっと納屋に近付いた。
はたして、少年はそこにいた。
大きな丸おにぎりを頬張りながら、たき火で魚の干物をあぶっている。
隣には、でっぷりと太った三毛猫が丸くなっていて、魚の焼ける音に合わせて尻尾をゆらゆらとさせていた。
「いたね」
『いますね。どうしますか』
「ケンカしにきたわけじゃないし、普通に近寄ってみようか。友好的にいこう」
『逃げ出したらどうします?』
「向こうが疲れるまで追いかける」
『襲ってきたら?』
「取っ捕まえて拳骨する」
『分かりました。では、そのように』
「うん。そんな感じでいこう」
ライアスは雑草をかき分けて、少年の前に姿を現した。




