6話:渡川、大町自慢の大水流・3
流れの緩やかな大河を、ゆっくりゆっくりと進んでいく。
この辺りは下流域であるため、水量は多いが流れは緩やかなようだ。
船には他の客は乗っていない。
船頭のおっちゃんも操船に集中しているらしく、船が出てからは話しかけてこなくなった。
ライアスは船の真ん中辺りに腰をおろしてぼんやりと対岸を眺めている。
対岸の船着き場にも同じように渡し船が並んでいて、こちらに向かって進んできている船もあった。そのうちすれ違うのだろう。
ウルスラは川の水面をのぞき込んだ。
流れる水は透き通るように澄んでいて、川の深いところまで見通すことができる。
群れをなして泳ぐ小さな魚たちが、船の下を通り抜けたあとするりと方向を変えていった。
少し遠くに目を向けると、岸の浅瀬になっているところで何かをしている人が見えた。
『ライアス、ライアス』
「なぁに?」
『あちらの者は何をしているのでしょうか?』
「んー? あれは、ウナギを取ってるんだと思うよ」
『ほほぅ、うなぎ』
「細長い筒を川の中に沈めておくと取れるんだってさ。たぶん今が一番おいしい時期だよ。脂も乗ってる」
ウルスラは想像して、思わず唾を飲み込んだ。
とても美味しそうだ。
『あちらの者は? 釣りですか?』
「アユでも釣ってるんじゃないかな? 今の時期なら子持ちアユ? 塩焼きにするとほんとに美味しいよ。泥臭くないからワタまで全部食べれるし」
『おぉ……! あ、あちらの者は!』
「……さぁ、なにしてんだろね? ノリでも取ってんじゃない? 佃煮も美味しいよ……」
『……なにやら、元気がなくなってきてません?』
「お腹空いた……。最後にちゃんと食べたの、ユイちゃんとこでご飯ごちそうになった時だし……」
『ああ……』
美味しいものの話をするとお腹が空くのである。
朝と昼を水だけで誤魔化した身としては、なおのことだ。
ちなみに、ウルスラは自分のいる世界で普通に三食きちんと食べている。
この世界を創ったのとはまた別の、料理の得意な友神がいるのだ。
そしてウルスラは、今日の晩ご飯はうな重をリクエストすることにした。ライアスの話を聞いてたら食べたくなったのだ。
ライアスが知ったらきっとメチャクチャ文句を言うので、ライアスには内緒だ。
ウルスラはしれっと話題を変えた。
『それにしても、静かですわね』
「そだねー」
ライアスは頷く。
風もなく穏やかな気候である。今日はお日様も薄雲の向こうから顔を出していた。
水面にキラキラと日光が反射している。
『あと、水がキレイですわ。思わず見とれてしまっていました』
「キレイでしょー。この川だけは、いつ見ても美しいままだよ」
『この国一番の清流だと町の者が言うのも納得です。全然穢れを感じませんわ』
ウルスラは水をすくってみる。
口をつけてみても、問題なく飲める綺麗さだ。
「俺がまだ小さい頃、お父とお母に何度か連れてきてもらったんだよ。ここだけは、その頃から全然変わらない」
『そうだったのですか』
「うん。だから、もしこの川まで瘴気のせいで穢れちゃったら、俺は悲しいかな」
『……』
ウルスラは、コホンと咳払いをした。
『心配いりませんわ、ライアス』
「神様?」
『この私がいるからには、そのようなことには決してなりません。この清流を脅かすあらゆる穢れは、私の力でちょちょいのちょい、と祓い飛ばしてみせましょう!』
「……」
『まぁもちろん、実際にそうするのは貴方の役目なのですが。貴方なら大丈夫です。この思い出の景色を必ず守ることができますわ。私が保証します』
「……相変わらず根拠のない自信がスゴいよね、神様って。けど、ありがと。ちょっとだけ元気出てきた」
そうしていると、今まで黙々と船を操っていた船頭のおっちゃんが、突然話しかけてきた。
「おぉ! 兄ちゃん兄ちゃん、右を見てみなよ!」
「へ? 右?」
「上流の川の中だよ! ほら!」
言われて川の中に目を向ける。
すると、なにやら大きな影が動いていた。魚のようだが、とにかく大きい。体長十尺(三メートル)以上はありそうだ。
「近付いてくるぞ!」
船頭のおっちゃんは興奮している。
大きな魚影はライアスたちの乗った船にどんどん近付いてきて、その姿がはっきりと見えた。
銀色の鱗に、真っ赤な目をしている。
『大きいですね。まさか、魚の妖魔……? でも、それにしては穢れを感じません』
「いや、あれは違うよ。むしろ逆」
「船の下をくぐった! やった!」
赤い目の大魚はライアスたちの下をするりとくぐり抜けた。
そのまま下流に向けて泳いでいくと、やがて見えなくなった。
「川守のアカメ様が船の下をくぐってくれたぞ! 兄ちゃんツイてるな! 今度絶対良いことあるぞ!」
船頭のおっちゃんは、興奮冷めやらぬ様子で騒いでいる。
ライアスは、そっとウルスラに事情を教えた。
「今の大魚、この町の人たちが川の守り神として讃えてる存在なんだよ。確か、船の下をくぐられたら幸運が訪れるって言い伝えもあったはず。俺も実際に見るのは初めてだけど」
『大きいにもほどがありますわ』
「うん。でも神様の励ましよりは元気出たよ」
『なぜですか!?』
船頭のおっちゃんと神様の両方からわいわい言われながらも船は進み、やがてライアスたちは、対岸に着いたのであった。