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ウルスライアス清掃紀行  作者: 龍々山 ロボとみ
第一章:誕生、浄神の使徒
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6話:渡川、大町自慢の大水流・2

 ベガと名乗る女は魔女に向かってニコリと微笑んだ。

 ヒモドリの魔女は、その姿と名乗りを聞いて地面に降り立つ。

 その特徴に聞き覚えがあったのだ。


「……薄墨みてーな灰色の髪に、黄金色の眼。八重歯とタバコ、牛並みにデカイ乳。そんで、退魔師だと?」

「ひどいわぁ、牛だなんて」

「オマエ、凶獣(・・)のベガか?」

「……あらあら」


 ベガは困ったような笑みを浮かべた。


「その名前を知ってるの? あいにくワタシは好きじゃないのよ、その呼ばれ方は」

「好きかどーかは知らねーが、有名だろ」

「困ったものよねぇ、凶獣だなんて。まるでワタシが怖い人みたいじゃない? 実際のワタシはこんなに穏やかだっていうのに」


 ヒモドリの魔女は、冷めた目でベガを見ている。


「わざわざアタシを呼び止めたのは、そんなどーでもいい話をするためなのか?」

「せっかちね、そんなに急いでどこにいくのかしら?」

「それがオマエの聞きたいことでいいんなら、答えてサヨナラするぞ」


 仕方がないわね、とでも言いたげな表情で肩をすくめてみせると、ベガはくわえたままのタバコに手をやり、深く煙を吸い込んだ。

 タバコを手に取って、ふぅぅと煙を吐き出す。

 ベガはニコリと微笑んでこのようなことを尋ねた。


「アナタ、ワタシの仕事にちょっかい出したりしなかった?」


 ヒモドリの魔女は「はぁ?」と問い返す。


「つい先日のことなんだけど。ワタシが退治した妖魔の中に手負いのものがいたの。そこそこ大きな個体だったから、素人とか野性動物が手出しできるものでもないはずなんだけど」

「……それで?」

「魔女のアナタなら、あの妖魔に手傷を負わせることができるかな、って。他にそれらしい者も見かけなかったからそうじゃないかと思って声をかけたんだけど、違うかしら?」

「何の妖魔なんだ、それは」

「シカよ。ワタシが始末する前に目潰しをされていたわ。心当たりはある?」


 しばらく考え込む素振りを見せてから、魔女は首を横に振った。


「ないな。シカの妖魔なんて最近会ってないし、アタシもここ数日は別の用事をしてたから、そんなことしてる暇はなかった」

「そう。じゃあ他にそんなことしてそうな者の心当たりは?」

「んなこと言われてもな……、ん?」


 目潰しをされていたという言葉に、魔女は引っ掛かりを覚えた。

 少し前にベガたちの来た方向から来て、妖魔に対して手傷を追わせることのできる人間。

 そんな人間に、ヒモドリの魔女は心当たりがあった。


「……あぁ」


 アイツか、と思い至ると同時に声が漏れた。


「心当たりがあるのかしら?」

「……いや、やっぱり心当たりはないな。気のせいだった」


 しかし魔女は、その心当たりを隠した。

 静かに首を横に振る。


「そう? それじゃあ仕方ないわね」


 ベガもそれ以上追及はしない。

 最後に一口吸うと、タバコを足元に捨てて火を踏み消す。吸殻は、後ろに控えていた少年がたたっと駆け寄ってきて回収した。


「時間を取らせたわ。聞きたいことは以上よ」

「そうかい。じゃあアタシはこれで失礼するよ」


 魔女は自分の目の前に紐を張ると、その上に乗って大きく跳ねる。木の上に戻るとさらに紐を張り渡して、あっという間に遠くに行ってしまった。

 ベガは、その姿を見送ってから呟く。


「そう。心当たりがある(・・・・・・・)のね。このまま進んでいればいずれ会えそうかしら? ……ところでイナバ」

「はい。ベガ先生」

「この紐、ちょっと邪魔だと思わない?」


 そう言いながらベガは、紐に触ってその強度と張りを確かめる。

 それから両手の指を曲げて指先に力を込めると、挟み込むようにして両手を紐に叩き付け、


「――大噛付(オオカミツキ)


 素手で、魔女の紐を切断した。


 太さは手の指ほど、鋼線と変わらない強度を持った魔女の紐。

 ベガはそれをたやすく切り裂いてみせた。

 切られた紐は風に吹かれた煙のように、その場から消えてなくなった。


「どう? これで通りやすくなったでしょう?」


 少年に向かってベガは問いかける。

 問われたイナバはコクリと頷いた。


「そうですね。……でも、わざわざ切らなくても少し回り込むだけでよかったのではないですか?」

「あら、そんなことを言うの? 生意気ね。お仕置きしてあげる」

「わわっ、ちょっと……!」


 慌てるイナバのほっぺたを、ベガは両手でむにゅっとつまむ。

 そのままぐにぐにこねこねと、楽しそうにもてあそび始めた。


「ひゃにゃ、せ、せんふぇい、うやぁーー……」

「今ちょっとね、弱いものイジメしたい気分なの。ほら、がまんがまん。痛くはしないから」

「ふぁい……」

「ふふふっ、相変わらずもちもちして柔らかいわね、イナバ」


 ニコニコ笑ったまま、ベガはしばらくの間イナバ百面相を楽しみ続ける。

 これで気が済むならいいか、と思うイナバは、最後までベガにされるがままであった。




「おっちゃん、これで川向こうに行きたいんだけど」


 なんやかんやでお金を集めたライアスは、船に乗せてもらうべく渡し場にいたおっちゃんに話しかける。

 渡し賃を差し出すと、おっちゃんは「あいよっ」と快活に答えて船の準備をはじめた。


「あれ? その箒、もしかして兄ちゃん、噂の凄腕掃除人てやつかい?」

「え……。なにそれ、俺そんなふうに言われてるの?」

「おうよ、古ぼけた家がピカピカになってるの見た町の奥方たちが、こぞって噂にしてたぜ。いいなぁウチにも来てくれないかしらー、ってな」

「あ、あはは……」


 午前中一杯そこらの家々を訪ねてまわって綺麗にしていたのだが、まさかそんな話になっているとは。

 ライアスは、しばらくこの町に戻ってくるのはやめようと思った。とても気恥ずかしい。


『行く先々で同じことをやっていればそのうち慣れてくるのでは?』

「それもなんだかなー……」


 箒の扱いに慣れたいとは思っていたが、こういう扱いをされることに慣れたいとは思っていなかった。

 なんというか、悪目立ちして噂になるというのはあまり好きではないのである。


「準備できたぜ、兄ちゃん」


 そんなことを考えていると、船頭のおっちゃんに声をかけられる。

 ライアスはさっさと川を渡ってしまおうと思い、船に乗り込んだ。


「それじゃあ行くぞ」

「うん。お願い」


 船はゆっくりと岸を離れ、対岸に向かってこぎ出した。

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