5話:翻弄、ヒモドリの魔女・6
なにかよく分からないが、ヒモドリの魔女はライアスのことを認めたらしい。
「おら、早く来いよ」
「あ、うん」
ライアスは魔女に言われるがままそのあとに続き、墓地を目指す。
軽やかな足取りの魔女に対して、魔女にボコボコにされたライアスはダメージの影響もあって足が重い。回復には少々時間がかかりそうだ。
「痛てて……」
ライアスは、最後に思いっきり地面に叩き付けられた後頭部をそっと触ってみる。
コブにはなってないが、頭から首から全部痛い。
首の骨が折れなくて本当に良かった。
「なんだ、やっぱり痛いのか? 殴っても殴っても倒れないから逆天地投で固めたんだが」
「最後のあれは本気で死ぬかと思ったよ。夢の中で神様がめちゃくちゃ狼狽えてて、泣きながらぎゅぅぅって抱き締められた」
「なんだそりゃ?」
『それはもう忘れてくださいな……』
耳まで真っ赤なウルスラが、恥ずかしそうに手で顔を覆っている。
何があったかは分からないが、とりあえずライアスは「良い匂いだった」と思っているらしい。
「というより、こうやって連れてってくれるんなら最初からそうしてくれればいいのに。俺、殴られ損じゃない?」
「バカ言うな。アタシの攻撃をここまで耐えたからこそ案内してるんだろーが。途中でオチてたら紐で縛って下の集落に捨ててたよ」
こんな風にな、とヒモドリの魔女は手近な木を指差す。
次の瞬間には木の幹が紐でぐるぐる巻きにされていた。
「それと先に言っとくけど、墓地の瘴気は今とんでもないことになってるからな。無縁仏の怨念がいつ飛び出して暴れ始めてもおかしくない」
「そんなになってるの?」
「ああ。アタシの紐で墓そのものを縛ってその周りに紐の結界を張ってるけど、これがなかなか手強い。そんなところに強いか弱いか分からん奴を近付けられるもんか。病気になったらどうするんだ」
「あー、うん」
基本的には良い人なんだろうな、とライアスは思う。
短気で乱暴なところに目をつぶれば、だが。
「アタシの紐には瘴気を吸着して回収する特性もあるんだが、量が多すぎてな。無縁仏の怨念の力を削ぎきれないんだ。オマエがほんとに瘴気を浄化できるっつーんなら、力を貸してくれ」
「うん、力を貸すというか、最初からそのつもりだし。やるよ」
『ここまで長かったですわね……』
時間にすればほんの十分二十分ぐらいのはずなのに、ウルスラは気疲れでくたくたに、ライアスは物理的にボロボロになっていた。
元気なのは魔女だけだ。あれだけ動いて戦って、息ひとつ乱れていない。
「……俺ももっと鍛えないとダメかなー」
今回の戦いで、ライアスはつくづくそう思った。
むちゃくちゃやっても強い者には勝てないのである。
「もうすぐ着くぞ。あれがそうだ」
しばらくして、魔女が前方を指差した。
大量の紐で囲われていてよく見えないが、確かに墓地のようだ。
『改めて見て、これはなかなかのものですね』
近付いてみると、なるほど濃い瘴気が漂っているのが分かる。
墓地の外周をぐるりと密に囲う紐がなければ、下の集落にも流れていくかもしれない。
「二、三日前にアタシがたまたま通りかかったらよー、見るからによろしくない状態だったから、こうしてここでせき止めてんだ。で、そのちょっと奥にある、紐でぐるぐる巻きにしてるのが無縁仏の墓だ」
「この瘴気の元凶だね」
ライアスも紐の隙間からのぞいて確認した。
さて、あれをどうやって綺麗にしようか。
「これ、中に入っていけるかな?」
「そんなに大きな隙間は作ってないし、入るのはさすがにやめといたほうがいいぞ」
「じゃあ、外からホウキだけ突っ込んでか……」
この量だと、だいぶ時間がかかりそうだ。
そう思っていると、ウルスラがこんなことを言った。
『ライアス、ここは特殊技能を使いましょう。貴方は今、煤祓の他にもうひとつ使える技があります』
「え? ……あ、そういえば」
特殊技能についての説明を受けたときに、現時点では二つ使えるようになっている、と言われていたはずであった。
『煤祓は単体を対象にする技ですが、もうひとつの技は広い範囲をまとめて浄化する技です。この状況を解決するのにぴったりだと思います』
「そりゃいいや。使おう使おう」
「なぁオマエ、さっきから誰と話してるんだ?」
ウルスラの声はライアス以外には聞こえないので、魔女が不思議そうに尋ねた。
ライアスはふわっと答えた。
「俺にこのホウキと浄化の力をくれた神様だよ」
「ああ……、アタシのママみたいなもんか」
「ママ?」
「言うなれば師匠みたいな人だ。アタシが魔女になるための、修行をつけてくれた」
なるほど? とライアスは思った。
「なんかここをいっぺんに綺麗にできる技があるみたいだから、ちょっと使うね。あ、そこにいると巻き添え喰らうらしいから少し下がって」
「分かった」
魔女が離れたのを見て、ライアスは箒を大きく真横に引き、構えた。
ウルスラが技名を教える。
『続けて唱えて振り抜いてください。りぴーとあふたーみー、ライアス。――清風』
「清風っ!!」
墓地に向けて思いっきり箒を振り抜いた。
そのとたん、ライアスの後方から風が吹いた。
「おおお……!」
離れて見ていた魔女もその煽りを少し受けて髪がなびいた。張っていた紐はもろに風を受けて揺れている。
なんだこの威力は、と魔女は驚きを隠せない。
そして、墓地を満たしていた瘴気は、綺麗さっぱりなくなっていた。
無縁仏の怨念さえも清風をまともに浴びて昇天してしまったようだ。
墓地の浄化、これにて終了である。
ライアスはなかば呆然と、その様を眺めていた。
「……あっという間だったんだけど」
「オマエ、こんなに凄いなら最初から言えよ!」
「痛っ!?」
なぜか、怒った魔女に叩かれた。
「なんだよオマエ、想像してたより全然凄いじゃないか! クッソ、こんなことなら最初から連れてきてれば良かった!」
「えぇっと……、ゴメンね?」
「謝るなよ! 余計にムカつくから!」
ヒモドリの魔女は「あー、もー!」と唸ると、指をパチンと鳴らした。張られている紐が全て消え去り、墓地は元の姿に戻る。
「オマエ、名前はライアスっつったな!」
「う、うん」
「覚えておくぞ! また会ったときは酒でも飲もう!」
「俺、バカみたいにザルだけどいい?」
「望むところだ! またな、ライアス!」
それだけ言い残すと、魔女は新たに紐を張りながら跳び去っていった。
あっという間に遠くに行って、姿が見えなくなる。
『……騒々しい魔女でしたわ』
「まぁ、悪い人ではないよ。きっと」
そしてライアスも、ユイたちの待つ集落に帰っていった。
翌日。
身支度を整えたライアスは、住人たちの見送りを受けて村をたった。
集落の危機を救ってくれた恩人、ということで集落の住人は皆ライアスに感謝しているらしい。
もっとも、ライアスはもうひとり頑張っていた魔女がいたことを知っているし、彼女の紐の結界がなければすでにこの集落が瘴気に呑まれていたかもしれないということも理解しているので、あまり素直に感謝を受け取れなかった。
シンタロウからのお礼というものも丁重にお断りし、かわりにご飯とお風呂と、布団を借りてぐっすり寝た。
なぜか、ご飯の時にはユイが食べさせようとしてくれたり、お風呂に入ったらユイが背中を流してくれたり、寝ようとしたらユイが一緒の布団で寝たいと言い出して仲良く一緒に寝たりしたが、ライアスは「まぁ、うん」とか思いながら過ごした。
そして見送りのときも、ユイは非常に何か言いたそうにしていたのだが。
「ユイちゃん、またね」
と言うと何も言わずにコクリと頷いたので、ライアスはそのまま出発した。今は二時間ほど西に進んだ、山道の中である。
ウルスラは、ふとライアスに尋ねた。
『ライアス、ひとつだけ聞きますけど』
「なにかな」
『ユイへのあれはわざとですか。それとも本当に気付いていないのですか?』
「さぁ、なんのことかな」
とぼけるライアスに、ウルスラもそれ以上の追及はしなかった。
「まぁ、でも」
しばらくして、ウルスラに聞こえないようにライアスは呟いた。
「まだまだ、神様との旅は続けなきゃならないもんね」
そうしてライアスは次の町、大河の流れる大町を目指した。