5話:翻弄、ヒモドリの魔女・5
「行くぞぉ! このオタンコナスが!」
魔女が鋭く踏み込む。ライアスはとっさに両腕で頭部を守った。
直後、魔女のパンチが飛んでくる。左のジャブから右ストレートへの華麗なワンツー。殴られた腕が衝撃でビリビリとしびれた。
「うおおっ……!」
早い。そして鋭い。
ライアスにはほとんどパンチが見えなかった。気が付いたら二回同時に殴られていたような印象だ。
痛みを堪えるライアスに、魔女の追撃が迫る。するりとライアスの真横に回り込むと、跳び上がって片足を大きく振り上げた。
「烈風脚!」
「……!?」
延髄斬り。
後頭部を蹴り抜かれたライアスは大きく前につんのめった。魔女は着地するとライアスの背中に怒声を浴びせた。
「まだまだ行くぞぉ!」
蹴り飛ばされたライアスは「もう来なくていいよ……!」と思いながら魔女に向き直る。
やられっぱなしは嫌だ。
ライアスはしゃにむに突っ込んで、魔女に殴りかかった。
「だりゃあっ!」
力一杯ぶん殴るが、ひらりと魔女に躱される。
気にせずもう一回殴るとまた躱されて、今度は魔女に殴り返された。
立て続けに三発。あご、鼻、眉間を打ち抜かれる。
振り払うように大振りで殴るが、軽々防がれてさらに一発あごに喰らう。その次のパンチをなんとか防ぎ、ライアスは慌てて跳び逃げた。
「っととと……!」
ライアスは頭がくらくらして足がもつれそうになる。
魔女の攻撃はことごとく頭部に打ち込まれ、ライアスの脳を揺らしてくる。
頭ばかり狙われていることはライアスも理解していて、頭部の守りを必死で固めるのだが、魔女はそれを嘲笑うかのように防御のスキマに拳を突き込んでくる。
「どしたぁ! フラついてんぞ!」
魔女はくるりと一回転して勢いをつけ、逆水平チョップを放った。正面からのそれをライアスは両腕で受け止める。
すると魔女はチョップした手を返しながら上方にはね上げ、ライアスの両腕をまとめて払いのけた。
「っ……!?」
その一瞬、胸から首にかけてライアスの防御がガラ空きになる。
魔女はその隙を逃さない。
狙いすましたアッパーカットでライアスのあごを下から打ち抜く。ライアスの頭が大きくはね上がった。
『ど、どうしましょう……!』
見ているウルスラは頭を抱えていた。
ヒモドリの魔法の正体を見抜いた時点で勝てると思っていたのに。こんな展開は予想外だ。
『むしろこっちのほうが強くないですか!? この魔女、人を殴るのが巧すぎますわ!!』
体術の練度がライアスとは段違いに高い。
ライアスはちょっとケンカができるぐらいの、素人に毛が生えた程度の技量しかないのだ。
対してこの魔女。
おそらく素手で人を殴り殺せる。
そのための訓練を積んでいる動きをしている。
今のところはライアスも人並外れた頑丈さで耐えているが、それもいつまでもつか分からない。
『こ、このままではライアスが……!』
殺されてしまう。
ウルスラはその状況を想像して、さぁっと青ざめた。まずいまずい、それだけはダメだ。なんとかしなくちゃ……!
『そうだ、ホウキを!』
慌ててウルスラは木々の間に飛んでいった箒を探した。
ライアスが動き回るので分かりにくいが、少し離れた木の根本に落ちている。
ウルスラは、ライアスから荷物を受け取るときの要領で腕を伸ばし、意識を集中させると。
『うぅぅーー…………、よし、取れましたわ!』
むりやり箒を回収した。
伸ばしすぎて腕がつりそうだった。
『ライアス、これを!』
「!」
ライアスはウルスラから箒を受け取ると、すぐさまそれを大きく薙いだ。
「おりゃああああっ!」
「っ!」
いきなり現れた箒に、魔女は反応が遅れた。
跳び下がって回避するが間に合わず、腕で防御する。
「ぐっ……!?」
そのまま、力ずくで押しきられた。
ヒモドリの魔女は吹き飛ばされて背中から木にぶつかる。ごほっと少しせき込んだ。
「はぁっ! はぁっ! あぁーっ、……はぁっ!」
どうやら火事場の馬鹿力のようなものが出ているらしい。
殴られ過ぎたせいで限界が近いのだ。
ライアスは箒をできるだけ長く持ち、穂先を魔女に向けて構える。
近寄らせないようにして回復を図るつもりか。
そうはさせまいと魔女が踏み込んでいく。
「往生際が悪いぞ! このバカ!」
懐に潜り込めば長物のリーチはむしろ邪魔になる。
むちゃくちゃに振り回すライアスの箒をかいくぐり、魔女は拳の間合いまで近付いた。ライアスのあご先を殴り意識を刈り取ろうとする、が。
『ウルスラフラーッシュ!』
「っ!?」
突然強烈に発光した御守袋に目をやられた。
ヒモドリの魔女は視界が白くとんで何も見えない。
ライアスは少し下がって、全力で箒を振り抜いた。
「くあっ……!」
穂先が魔女の側頭部を打ち抜く。
たまらず魔女がよろめいた。
「うおりゃああああああっ!!」
好機と見るや、ライアスは箒で魔女をめった打ちにする。
頭といわず腹といわず、手当たり次第にぶん殴る。
倒れろ! 倒れろ! 倒れろ!
祈るような気持ちでタコ殴りにし、最後には、ひときわ強く薙ぎ払う。
魔女は力なく吹き飛ばされていき、
「…………行くぞ」
即座に、自分の身体に紐を掛けた。
吹き飛ばされた距離の分だけ紐は伸びていて、魔女の身体を弾き返す。
びゅん、と加速してライアスに迫り、そしてライアスの視界から消えた。
「消えっ!?」
『下っ――!』
いや、消えたのではない。ウルスラは見ていた。
ぶつかる直前、地面すれすれまで沈み込んでライアスの視界の外にすり抜けたのだ。そして、流れるように背後を取ると。
『いや後ろ――!?』
「つかまえた、ぞ!」
背後からライアスの腹回りに両手を回し、ライアスを真上に持ち上げた。
「っ――――!」
高い。
普段の目線より遥かに高い位置まで持ち上げられた。
ライアスは自分の視界が空に向いていくのを感じ、後方に向かって投げられているのを察した。
「これは……、」
絶対無理だね。
ライアスは直感的に理解し、そのまま景色が高速で流れていくのを見送って、意識を失った。
「……やっとオチたか」
ジャーマンスープレックスでライアスを投げた魔女は、ライアスが動かなくなったのを確認してからホールドを解いた。
ふぅ、と一息ついて髪をかき上げると、魔女はライアスの上に馬乗りになる。ライアスの呼吸と脈が正常であることを確認してから。
「おら。起きろ、起きろ」
ビンタを張った。
起きるまで何度も何度も。容赦なくビンタする。
やがてライアスは目を覚ました。
「…………はっ!」
魔女は、ライアスの顔に自分の顔をぐいっと近付けて瞳孔を確認すると、ひらりとライアスから降りた。
「起きたな」
「……うん」
「いい夢は見れたか?」
「神様に慰めてもらう夢だったよ」
「そうか。じゃあ行くぞ」
「……? どこに?」
決まってんだろ、と魔女は言う。
「この先の共同墓地だよ。ぼけっとしてないでさっさと立てよ」
ライアスはぽかんとした。
「アタシの攻撃をここまで耐えれるんなら墓地行っても死にゃしねーだろ。ついてこいよ。案内してやっから」