4話:活用、箒の特殊技能・1
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ウルスラから箒をもらったライアスは、それからしばらくの間、なるべく箒を手放さないようにして過ごしてみた。
歩くときは箒を肩に担ぎ、ときに手遊びで箒を振り回してみたり。
寝るときはそばに置いて、あるいは枕代わりにできないか確かめてみたり。
柄や穂の強度はどうかとか、浄化の力がどのくらい作用するものなのかとか、妖魔と遭遇したときに戦うことができるのかなどなど。
ここ数日のライアスは、箒に馴れるために手当たり次第にいろんな事を試していた。
それで、分かったことがいくつかある。
まず、箒の強度について。
ぶんぶん振り回してみたり、ばしばし叩き付けてみたり、重いものを乗せてみたりしたが、柄がしなることはあっても折れることはなかった。
よほど強い力を加えたとしても折れることはないだろう。ウルスラ曰く「恐竜が踏んでも大丈夫」らしい。恐竜ってなにさ、とはライアスは聞かなかった。
次に、浄化の力について。
道すがら、ちょっと瘴気が溜まりはじめているところを見つけるたび、箒で祓ってきたのだが、これがもう抜群にすごい。
一振り、一払いするだけで空気の淀みが消し飛び、清々しい風が吹く。
それに、一日中歩き通して汚れてしまった服や身体なども、目の前でさっと一振りするだけで綺麗になる。
もうわざわざ川や池に飛び込む必要はなくなった。これから少しずつ寒くなるが、震えながら洗わなくてもいいのだ。
そして、戦いのための武器として使えるか、だが――。
「……いるよ、神様」
『いますわね、ライアス』
ライアスは今、山道脇の草むらに身を隠している。
枝葉の隙間からこっそりとのぞき見る姿は怪しさ満点だが、見ている相手は、そのようなことを気にするものでもない。
「妖魔だ。あれは、……ハクビシンかな」
体長は猫ぐらい。鼻から額にかけて白い線が入っていて、尾がヒョロリと長い。
普通に生活していれば普通によく見かける生き物だ。雑食で、飼ってる鶏なんかがよくコイツらに襲われたりもするが、一般人でも普通に退治できる。
ライアスの目の前にいるやつは妖魔化しているので、そうもいかないだろうが。捕まえた獲物に一心不乱に貪りつき、口元を血で汚している。
同族でも平気で食べてしまうあたり、瘴気にやられた妖魔は、元になった生き物とは別の存在になっていると考えるべきなのだろう。
そういえば、人も鬼になると人を喰うようになるので、決して出逢ってはならないと言われている。ライアスも、鬼にはまだ会ったことがない。
「いち、にの、さんで行くよ」
『はい。いち、にの――、』
しばらく妖魔の動きを見ていたライアスは、手にした箒を握り締めると、やにわに草むらから飛び出した。
『さん!』
「おりゃああああ!」
まるで素人のケンカのように、箒を振りかぶって妖魔に殴りかかる。
ライアスが飛び出したことで妖魔も食べるのをやめ、ライアスに向き直った。勢いはあるが隙だらけの構えで突っ込んでくるライアスに、タイミングを合わせて妖魔は跳ねた。
「このっ!」
叩き付けた箒の下には妖魔はいない。簡単に見切られて、躱された。横っ飛びした妖魔が着地と同時に身体をたわませ、ライアスに襲いかかる。
『そこから――、』
ハクビシンが飛びかかってくるのを確認したライアスは、叩き付けた箒を勢いよく掃き上げた。
『左に!』
「よいしょ!」
足元の砂ぼこりをまとめて掃き上げ、妖魔にぶつける。
本来なら砂ぼこりなどなんてことのないものだが、これは違う。神様特製の箒で掃き清められたことで、妖魔に対する攻撃力を持つようになっていた。
砂ぼこりの中に飛び込んだ妖魔は、全身の肌に刺さるような痛みでバランスを崩した。そのまま地面に落ちて、鳴きながらもがく。
「キューッ! キューッ!!」
「どりゃ!」
そこに、ライアスがもう一度箒を叩き付けると、今度は避けられなかった。
箒の穂は妖魔を捉え、浄化の力を発揮する。
「キュゥゥ……!」
浄化された妖魔はあっという間に消失していき、あとには僅かばかりの骨と皮が残った。
ライアスの勝利である。
「ふぅ、倒せた倒せた」
ライアスは残った骨と皮を草むらに向けて掃き飛ばすと、道歩きに戻る。
ウルスラは感心して、ライアスに話しかけた。
『だいぶ手慣れてきましたね、ライアス。ホウキ使いがさまになってますわ』
肩に担いだ箒を軽く揺すって、ライアスが応える。
「そう? ありがと」
『戦い方は、まだ危なっかしいですけどね』
ライアスが温泉の町をたってからここまでで、妖魔と遭遇したのはこれが四回目だ。
今までのライアスなら、妖魔に出逢ったらむりやり追っ払うかひたすら逃げるかしかなかった。まともに戦う手段がなかったからだ。
「それはしょうがないでしょ。今までまともに戦ったことなかったんだし」
しかし今は、箒を使って戦うことができる。
戦って、退治することができる。
箒の効力を確認するためにここ数日で遭遇した妖魔とは積極的に戦ってみたのだが、先程のハクビシン程度の妖魔ならほとんど労なく倒すことができた。
妖魔と戦うための武器として使えるかと問われれば、ライアスは自信を持って「うん」と答えるだろう。それだけ、この箒の効力は絶大だった。
今のライアスは、犬猫程度までの大きさの妖魔なら箒を一発当てれば倒すことができる。
これがどのくらいすごいのかというと、六桁同士のかけ算を暗算でぱっと答えられるよりすごいことなのだ。
『でも、この調子ならあのシカにまた会っても大丈夫ですわね』
ウルスラの言葉に、ライアスは思わず身震いする。
「いやー、それはまだちょっと早いかな……」
あのときは、一瞬とはいえ死を覚悟したのだ。
そのときの恐怖はいまだに覚えているし、そんなほいほい出てこられても困る。
『大丈夫、だいじょうぶですわ。ほら、カモンカモン!』
「神様ホントやめて、そういうの」
本当にあのシカが出てきたら、また神様のほっぺた引っ張ってやる。
ライアスは本気でそう思った。
『でも、真面目な話をしますと、ああいうものは倒せるなら倒しておいたほうが良いですよ。放っておけば他の者が襲われる可能性だってありますし、さらに瘴気を取り込んでより強力になる可能性だってあります』
「それは、そうだけど」
『それに、経験点も稼げますから』
「……経験点?」
なにそれ、とライアスは問う。
『そのホウキ、というよりは、貴方にお貸しした私の力になんですが、実はいくつかの決め事が設定してありまして。私の力を扱うにあたっては、その決め事に従ってもらうようになっているんです』
ウルスラは、手元のメモを見ながら話を続ける。
『経験点というのもその決め事のうちのひとつで、貴方がその力で穢れを祓うたび、それに応じた点数が累積されるようになっています。強い妖魔を倒したり、大量の瘴気を祓ったりすれば、それだけ多く経験点が増えますわ』
「その経験点が貯まるとどうなるの?」
『一定の点数に達するたび、等級が上がっていきます。等級が上がると、一度に出せる力が多くなったり、特殊技能が使えるようになったりしますわ』
「等級が上がったらって、もしかしてこれ、まだ強くなるの?」
「今でも十分すごいのに?」とライアスは思うのだが。
『はい。今は安全のための制限が掛かっていますので、お渡しした力の一割も使えていませんわ』
「うそでしょ」
『もし私の力がこの世界で十全に発揮できるなら、三日もあればこの世界にはびこる瘴気の霧を全て祓えます。そういうことはできないみたいなので、貴方に力をお貸ししているわけですが』
「……はぁー」
思っていたより、とんでもない力を秘めているらしい。
というか、自分の体の中にそんな強大な力を入れ込まれていると知ると、ライアスはなんとなくお腹が痛くなった。
「ねぇ、神様。さっき安全のためとか言ってたけど、これ制限が外れていくのは大丈夫なことなの?」
『私もこういうことするのは初めてなので、なんとも言えません。私の気にしすぎかもしれませんし、なにかしら不測の事態が起こるかも』
「不測の事態とか言われると、ものすごく不安になるんだけど。え、ほんとにこれ大丈夫? 俺の体、ぼんってなったりしないよね?」
『それと特殊技能についてですが、』
「あれ、まさかの無視?」
『基本的に、使える等級に到達していれば自動的に使えるようたなりますわ。使うときは、使うぞと念じながらホウキを振るか、技名を叫べば使えます。現時点では二つ使えるようになっていますね』
「いや、それよりも俺の話をさ」
『あと、善行をしたときに貯まる徳点というのもありまして。それは――』
不安がるライアスに取り合わず、説明を続けようとするウルスラ。しかしそれは、
「きゃああああああああっ――!!」
突然聞こえてきた悲鳴にかき消された。
ライアスは思わず立ち止まり、あたりを見回す。
「今の聞こえた?」
『はい。若い女性のものでした。わりと近いですよ』
そう言うとウルスラは、御守袋を持ち上げて方角を示した。
『聞こえてきたのは、あちらからですね』
「だいぶ切羽詰まってた声だったと思うけど、どう?」
箒を両手で握り直すライアスに、ウルスラは言わんとすることを察する。
『行くんですか?』
「お節介かな?」
『いえ。行かないと言ったら御守袋を引っ張ろうかと思っていました』
「それは勘弁。じゃあ、行くよ」
『はい、急ぎましょう』
ライアスは、声のしたほうへ全力で駆け出した。