風紀員室にて
新入生歓迎会が終わって数日、僕と飛鳥は風紀委員室でまったりとしていた。
というか、僕は今飛鳥の膝の上に乗っている。
飛鳥は結構僕を膝に乗せるのが好きだ。
そうやって、のんびりしていたら、廊下からあわただしい足音が聞こえてきた。
そうして、風紀委員室の扉が開かれる。
入ってきたのは、息を切らした冬だった。
「冬、どうしたの?」
「…海。あいつ、ウザイ。追いかけてくんだけど。ストーカーっぽいんだけど」
冬はうんざりした様子で口を開いた。
「あー、偽物に追いかけられたの?」
「そうなんだよ。本当アイツ何!? つか、本当うぜぇ」
わー、僕らのわんこが凄く荒れてる。
フユは荒れてる時より、嬉しそうに笑ってる方が可愛いのに。
「フユ、おいで」
飛鳥の膝の上からフユを呼べば、フユは不機嫌そうな顔をすぐに嬉しそうな顔へと変えて寄ってくる。
僕はフユにかがんでと指示を出して、そうしてフユの頭をなでまわした。
「苛立っちゃめーだよ? 僕ね、フユは怒ってるより嬉しそうにしてる方が可愛いと思うんだもん」
何かなでまわしてたら、フユが気持ちよさそうに目を細めていて、何か可愛い。
しばらくなでまわしてたら、
「もう、いいだろ」
と、飛鳥に止められた。
上を向けば、不機嫌そうに顔を歪めた飛鳥が居る。
「…俺がいんのに、フユにばっか構うな」
「ふふ、飛鳥嫉妬?
僕がお嫁さんで、飛鳥が旦那様で、そうしてフユが僕らのペット何だし、そんな不機嫌にならないでー、飛鳥」
「まぁ、フユは確かに俺らの犬で、ペットみたいなもんだけど。
それでもな、俺は俺の海が他の奴に絡んでんのは、ちょっと嫌」
「ふふ、独占欲半端ないね。安心して、飛鳥。僕が大好きなのは飛鳥だけ。僕が一番大切なのは飛鳥。僕が身も心もささげちゃうのはね、飛鳥だけなんだよー?」
飛鳥の独占欲は、心地よい。
大好きな飛鳥が、僕を独占したいって思っててくれてる。
その気持ちが、純粋に嬉しい。
僕は、飛鳥が大好き。
僕の事大好きだって、行動と言葉で示してくれる飛鳥が可愛くて、そしてかっこよくて仕方がない。
「俺も、海が一番大切」
そんな風に飛鳥は嬉しそうに笑って、後ろから僕の体をぎゅっと抱きしめた。
「飛鳥さんと海は本当仲良いですよね。
俺、二人が仲良いのみるの好きなんですよね」
フユはニコニコと笑いながらこっちを見ている。
フユは本当、犬みたい。
僕らが幸せだと嬉しいんだって、昔フユはいってた。
”俺は銀さんと黒さんにあこがれてるんです! お二人のためなら、何だってします。役に立てる事が嬉しいんです。
お二人が幸せそうにしてるのが、凄く、嬉しいんです”
って、言ってたんだよね。
本当、いい子だよね、フユって。
「フユさ、他の人の前でももっとニコニコしてればいいのに」
「……他の奴なんてどうでもいいし」
相変わらずだなぁ、フユは。
他人にあんまり興味ないって言うところは。
フユの中で、人って大事な人とそうじゃない人で分けられる。
大事な人間にはとことん喋って、優しい顔をして笑う。
だけどそれ以外には喋らないし、笑わない。
だからフユってクールっておもわれてるらしい。
「でも友達ぐらいは作れよ、フユ」
飛鳥もそう言ってフユを見る。
飛鳥もなんだかんだいって、フユの事『犬』として認めてるからね、友人ぐらい作った方がいいと思っていってるんだろう。
フユはこの学校で誰ともつるんでなかったらしいからね。
心境的に言えば、飼い犬に友達が出来た方が飼い主として安心するって所かな。
「…まぁ、気にいった奴がいたらダチになります」
フユはそれだけ答えた。
そうして、僕らが会話を交わしている中で、
「此処に居たのか冬!」
って、いきなり偽物が入ってきた。
ちなみに後ろには副会長、双子書記、会計を引き連れている。
んー、会長さんは追いかけてないっぽいんだよね。
……約束の件を聞いてきたのも会長さんみたいだし、会長さんに接触してみようかな?
何て、おもったり。
だって、僕お兄ちゃんの幸せ願ってるし。
「冬、何で俺から逃げるんだよっ」
いや、偽物さ、察しなさいって言いたくなる。
あんだけ逃げられてて理由がわからないの?
「空也っ!」
「「こんなのに構わなくていいって~」」
「寧ろライバル減って俺らは嬉しい的な~?」
会長以外は本当、気付かずに偽物追いかけてるから滑稽で、馬鹿らしくて仕方ない。
というか、偽物って親衛隊に嫌がらせとかされてるらしい。
あ、それらの対処は僕ら風紀が色々やろうとはしてるんだけどね?
偽物って周りから反感買いすぎててどっから手つけていいかわかんないんだね。
見周り増やしたにしても限界があるわけだし。
ちなみに偽物が壊したものとかは、全部偽物の両親が払ってるらしいよ。
凄いよね、甘やかしてて。
ついでに、偽物って理事長の親戚らしいよ?
ゆっきーが言ってた王道って奴だよね、これ。
「何で避けるって…、お前バカ?」
フユは呆れたように、冷めたように偽物を見つめる。
フユも喧嘩強いからなぁ。僕らを追いかけまわしてたフユに舎弟っぽい人達結構居たし。
僕らが『犬』って認めたのはフユだけだけど、フユの舎弟的な人達も僕らの周りに居たからなぁ。
「なっ、空也にバカって言うなんて…」
「「そうだよー、空也は馬鹿じゃないよ!!」」
「俺らの『金姫』をバカにする気~?」
なんつーか、下半身な会計さんさ、偽物の事下心満載っていうか、獲物を狙う獣みたいな目で見てるんだよね。
…お兄ちゃんもこの会計にそんな目で見られてたんだろうか?
お兄ちゃん……、見る目ないのか、馬鹿な子ほどかわいいとでもおもってたのか…。
何で会計を仲間と認めてたんだろう?
お兄ちゃんは鈍感でもないし、そういう目には気付くはずなんだけど。
それか、会計が偽物が偽物だって気付いてる、とか…?
んー、わからないなぁ、色々と。
「……こんだけ避けてんのに好かれてるって思ってる根性がわかんねぇんだよ。
お前バカじゃねぇの? この学園に編入出来たって事で成績はいいかもしれないけど、脳みそないだろ」
フユはそう言って、呆れたように偽物を見る。
ちなみに僕と飛鳥はただ傍観してるだけ。
飛鳥は飽きないのかなってぐらい、僕の髪触って、生徒会と偽物なんて見ずに僕だけを見ているしね。
「あなたっ!
『金姫』である空也にそんな態度をするなんてっ。
『金姫』は天使なんですよ!」
「ぶっ……!!」
思わず副会長の発言に僕は噴き出した。
しょうがないよね。
僕の吹き出しに対し、偽物も含めた面々がこちらを凝視する。
「あなたは、新井海に、小長井、何でここに…」
「副会長さん、此処風紀員室ですからね。というか、空也とフユ以外見てなかったんですか? 気付いてないとは流石におもいませんでした」
…だって僕と飛鳥堂々と見える位置に座ってるし。
それなのに、気付いてないとか、どんだけ偽物しか見てないんだろうね。
「ところで、副会長、天使ってギャグですか?」
だってねぇ?
天使なんですよなんて真面目に言う奴なんて普通居ないじゃん?
というかはずかしくないのかな。
僕、大真面目に『君は僕の天使だ』みたいに言われたら絶対引くんだけど。
「ギャグなわけないでしょう! 『金姫』は、天使何です。私たちの癒しとも言うべく、世界で最も可愛くて可憐で愛らしい存在なんです」
…世界で最も可愛くて可憐で愛らしい。
お兄ちゃん…、男としてその評価って悲しくないか。
と、思わずそんな事をおもってしまう。
僕は女だし、可愛いって言われて嬉しい。てか、飛鳥に可愛いって言ってもらえるの好き。
だからまぁ、今は男装してるから化粧とかもしないし、髪も短くしてるけど、男装する前はデートとかで可愛い恰好しようとか心がけてたりしてた。
でも、お兄ちゃんは男。
男って可愛いって言われたらどんな気持ちなんだろうか?
「…ふーん。副会長にとって、『金姫』って唯一無二の存在?」
「当たり前でしょう!!」
「……………ふーん」
唯一無二なら、どうして間違えるんだろう?
二年会わなかった。
それでも、どうしてわからないんだろう。
お兄ちゃんの良さを知っているなら、お兄ちゃんの性格に触れているなら、……気付かないはず、ないのに。
「志紀ってば、そんな事言われるとはずかしいだろ!」
顔を真っ赤にしながらも、でも嬉しそうに偽物が笑う。
「可愛いですね、空也」
「「可愛いー」」
「可愛いねぇ」
偽物、唯一無二と言われてるのは、お前自身じゃないんだよ。
いわれてるのは、お兄ちゃんだ。
偽物はちゃんと、わかってるんだろうかね。
偽物が今、生徒会に好かれているのは、偽物が『金姫』って肩書を持っているからだっていう事を。
愛されてるのは、お兄ちゃん出会って、偽物ではない。
だから、副会長も、双子も、会計も『金姫』の名を口にする。
”田中空也”じゃなくて、”『金姫』”という名前を彼らが口にするのが、何より証な気がした。
「…とりあえず、出ていけ」
フユがため息交じりに言葉を零す。
目の前の茶番劇に心底呆れたような態度だった。
フユって人のいちゃいちゃとかあんまり見ているの好きじゃないらしい。
唯一例外で僕と飛鳥のいちゃいちゃは笑顔で見てるけど。
まぁ要するにいえば、大事な人達が仲良くして笑ってるのは好きだけど、後のはどうでもいいしそんなもん見せんなって感じなのが、フユなんだよね。
「何でそんな事言うんだよっ。冬も一緒に遊ぼうぜ」
「つかさ、空也って、学力の特待生で授業免除あるにしろさ、授業でなさすぎ」
僕と飛鳥は風紀で免除だけど、結構出てるしね。
僕の飛鳥って根は真面目だから授業とかちゃんと出てるし。
「だって、教室いっても、皆俺の悪口ばっか…、言うしっ!」
泣きそうな顔されても何だか不愉快になるだけなんだけどなぁ。
別にお兄ちゃんの名を空也が語ってないなら慰めようとか、そういう気に少しはなるかもしれないけど。
「空也の悪口言うなんて、本当最低です」
「僕たちに」
「近づくからって」
「「そんなするってひどいよねー」」
「空也は泣き顔も可愛い」
何て言うか、結局空也って逃げてるだけだ。
甘やかされたいとか色々おもってるのか、愛されたいって思ってるのか知らないけど。
親衛隊からの嫌がらせから逃げて向き合おうとしない。
自分は悪くないって、泣いて、なんていうの、そういう子僕あんまり好きじゃない。
ああ、何か苛立ってきたなぁ、なんておもって僕は思わず悪戯に口元を上げた。
いいよね、少しぐらい。偽物を、苛めてもさ。
「ね、空也って『金姫』って事はさー。『白銀』と『黒帝』にもあった事あるのー?」
あ、ちなみに『白銀』と『黒帝』ってのは僕と飛鳥がやんちゃして暴れてた頃についてた通り名。
インパクトあった方がいいって事で、僕の髪銀色にしてたんだよね。
何て言うの、お兄ちゃんと対になる銀にしてみたい出来ごころで、銀にしたんだよね。
「あ、会った事ある!! 当たり前だろ。奴らとは親友だからな」
偽物って、よくわかんない。
僕と飛鳥がお兄ちゃんと仲良しって情報は一応持ってるらしく、どもりながらも答えてくれた。
それにしても、親友ってねぇ?
飛鳥とお兄ちゃんは親友でも、僕とお兄ちゃんは立派な兄妹なのにね。
「そっかー、どんな人なの?」
僕と飛鳥は夜の街で偽物に会った事はないはずだ。
何て答えるんだろうと、実際に会った事がないのを知っているくせに意地悪で聞く僕は少し苛立ってるんだと思う。
「えっとな、『白銀』はな、綺麗で喧嘩強くて、で、『黒帝』はかっこよくて喧嘩強くて、すっごくいい奴なんだ」
……うわー、本当誰でも答えられる事言ったよ、こいつ、と呆れる。
こんな返答にどうして会長除く生徒会は気付かないんだろう。
恋は盲目という奴か。
「綺麗っていうより、可愛かった…」
飛鳥が僕にだけ聞こえるような声でボソッといった。
そういえば銀髪にした時、飛鳥が凄い可愛い可愛いって連呼して、誰にも見せたくないだの、もう今すぐ襲いたいだの言ってたんだよね。
その後おもいっきり襲われて幸せだった。飛鳥から愛されてるって実感もらえるのが幸せだからね!
「ふーん、そっかぁ。
ね、副会長さん達ってどれくらい『金姫』と親しかったんですか?」
「どれくらいって、私たちは『金姫』と一緒に泊まりとかもした事あるんですよ!」
あー。そういえばと副会長の言葉におもいだす。
お兄ちゃんが何かキャンプ行くだの言ってはしゃいでたんだよな、昔。
それの事を言っているのかもしれないと思った。
「もうね、『金姫』とはね」
「ずっとね」
「「一緒に居たいの」」
「『金姫』と俺の親しさねぇ? とっても親しいよぉー、俺『金姫』だーぃすき」
『金姫』、『金姫』―――、ささやかれるのはその名ばかり。
やっぱり、空也という人間よりも彼らは『金姫』という肩書をきっと求めてる。
…偽物だって気付いた時、どうおもうんだろう。ふと、そうおもった。
「そうですか。
あ、空也」
「何だ?」
「フユはね、風紀の仕事あるから、出てってくれると助かるんだけど」
僕の言葉にフユは嬉しそうに口元をゆるめた。
フユは僕らの可愛い犬だからね。
「じゃあ俺も手伝ってやるよ。冬と一緒がいい」
アホだなと思う。フユは偽物が本物だと最初優しくしていた。
だからフユが自分を嫌いなはずないとでも思っているのかななんて思う。
フユは顔をしかめて偽物をみた。
「いらねえ」
「俺が手伝うって言ってんのに、何で!」
「部外者は邪魔だから、さっさと出て行け」
「でも……」
「いいから出て行け」
フユがそこまで言って偽物は渋々と言った様子に風紀員室から出て行った。
そして生徒会はそれを追いかけていく。
「あーまじうぜえっ」
偽物が出て行って、フユはいらだったようにそういいながら向かいのソファーに腰掛ける。
まあ、あんだけ追いかけられたらうざい以外なんともいえないのも無理はないと思う。
「飛鳥、僕お兄ちゃんに聞きたい事出来たからちょっと電話かけるね」
そうして僕はスマホを取り出して、お兄ちゃんへとある事を聞くために電話をかけるのであった。
その後は偽物の被害にも合わずに僕らはのんびりと過ごす事が出来た。