体育祭にて 5
ふざけるんじゃない。
僕は、そうおもって、いら立ちを隠せない。
見敗れたら、見わけられたら『金姫』?
誰でもいいって事じゃないか。お兄ちゃんじゃなくても。
こいつらにとって、見敗れて、見わけられたら誰でもいいって事なんだ。
そんな奴らのために何でお兄ちゃんが悲しまなきゃいけないの?
どんどん、どんどん、心が冷たくなっていくのがわかる。
お兄ちゃんは周りから愛されている人だ。
僕もお兄ちゃんが大好きだし、親戚だって、友人たちだって、お兄ちゃんを嫌う人はあんまり居ない。
お兄ちゃんを大好きだって人は沢山居るんだ、男女問わずに。
そんな中で、こいつらはお兄ちゃんに仲間だって認められてる癖に、こんなバカな事を言っているんだ。
「それだけじゃないです。『金姫』は凄く優しいんですよ」
「「一緒に居て楽しいしねぇ」」
「…優しい? その偽物が?」
「そうです。『金姫』は凄く優しいんです」
「それにー、空也は『wild』とやった時の抗戦とかちゃんと知ってたし!」
「うん、その時の事ちゃんと知ってるもん。あそこには僕らとかしかいなかったのに」
『wild』ねぇ…?
それの時の戦いにお兄ちゃんはどうやら関わってたらしい。
まぁ、それはいいんだけど、それを知ってたつか、起こった事を偽物が知ってた?
ってことは、偽物って、『wild』関係者…?
「その子は優しくないでしょう? ただの我儘姫だよ、愛されたいだけの。
私の大事な『金姫』はこんな子じゃないもの。
それに、抗戦を知ってたってあなたたちは言うけど、それだけじゃ証拠になんないわよ。ね、フユ」
僕を見たまま、何だか感激してるフユに同意を促す。
(多分久しぶりに『白銀』の恰好してるから感激してるんだと思う)
「はい。それに、こいつ俺にさっきぶん殴られてよけもとめも出来なかったんですよ?」
キラキラした目でこっちを見てくるフユは本当に可愛いと思う。
「ふーん。偽物の頬が腫れてんのって、フユが手ぇ出したんだね。
まぁ、フユの言うとおりだよ。私の知る『金姫』は決して弱くない。
寧ろ私より強いよ、『金姫』は」
僕も色々習ってるし、結構喧嘩の腕はある方だと思うけれども。
僕よりお兄ちゃんの方が強いんだ。
まぁ、僕の飛鳥はお兄ちゃんより強いけど。
「あなたたちは、『金姫』の強さを知っているはずでしょ?」
仲間だったんでしょ。それなら、お兄ちゃんの強さを知らないとは言わせない。
『金姫』はまぎれもない強者だ。
一緒に戦ってきた、こいつらはお兄ちゃんの強さをちゃんと知ってるはずなのだ。
「『金姫』は強いよ。フユよりも。『金姫』は簡単に敵の攻撃なんて食らわない。
私の知る『金姫』はそこまで弱くはないもの」
お兄ちゃんは、綺麗な喧嘩をする人だった。
喧嘩に綺麗も何もないと思うかもしれないけれど。
お兄ちゃんとか僕の喧嘩は、結構格闘技とかも使うから。
それで、お兄ちゃんの喧嘩は、綺麗なんだ。本当に。
荒々しい強さじゃなくて、洗練された強さって言ったら正しいのかもしれない。
「私を偽物だと思うなら思えばいい。だけど、そいつは『金姫』ではない。
私から見れば、ただのまがい物」
そういって続ける。
「まがいものは所詮まがいものでしかない。
『金姫』がどういう存在なのか、あなたたちはしっているはず。
それと比べて、この子はただの、劣化版――いや、似てもいない」
本当に、全然似ていない。
おにいちゃんと、偽物はお兄ちゃんをよく知る僕からすれば、本当に似てなんていない。
どうして、似ているなんて言えるのか。
どうして、間違えるのか。
僕にはそれさえもわからないぐらいなんだ。
「『金姫』はあんたたちの言うように、優しい。他人の事が考えられる人。
でも、そいつは違うでしょう? 自分の事しか考えられない。気に食わないものを全否定。そんなもの、私の知る『金姫』じゃない。
寧ろ、その子が本当に『金姫』だったとしたら私はその子と縁を切る」
人の気持ちを考えられない『金姫』は『金姫』ではない。
「何で俺にそんな事言うんだよ!! それに俺が優しくないってなんだよ!」
「優しい人は、自分を優しいとはいわない。それもわからないの?」
「空也が、『金姫』じゃないはず、ないでしょう…!」
「空也が、『金姫』じゃないって証拠は何処にあるのー?」
「それに、君が本当に『白銀』であるって証拠は?」
証拠、証拠煩いくせに、肝心の偽物が本物である証拠もないんだよな、この人達。
お兄ちゃんがこの人たちを切り捨てるって言えば、僕は喜んでこの人たちをボコボコにしたのに。
本当、お兄ちゃんは仲間を見捨てられない人。
きっと、何処までも仲間が落ちぶれても、それでも見捨てない。
そんなお兄ちゃんだから愛されるんだ。けど、やっぱり、こいつらは嫌いだ。
「…『金姫』が、好きな食べ物とか、あんたたち知ってる?」
「甘い物でしょう?」
「そうだね。一番好きなのはチョコレート。チョコケーキとか、そういうの渡すと凄くうれしそうに笑う」
お兄ちゃんは甘い物が好き。
「じゃあ、『金姫』の好きな事は?」
「そんなの、人と一緒に楽しい事する事、じゃないですか?」
「「『金姫』は皆で騒ぐの大好きだもんね」」
「じゃあ、嫌いな事は?」
お兄ちゃんは確かに皆で騒ぐ事が大好きだ。
その事がわかってるだけでも、偽物が偽物だってわかりそうなものなのに。
「嫌いな事…?」
「「…人の嫌がる事をすることじゃないの?」」
バカだ、バカだ、本当に。
どうしてそこまでわかってて、偽物をお兄ちゃんだと思えるの。
「そこまでわかってるんなら、よく考えたら?
それが、『金姫』かどうかについてね」
*川端志紀side
『白銀』と自らを名乗ったその人はよく考えてと私たちに言った。
『金姫』の嫌いなこと、それは人の嫌がる事――。
『白銀』は空也が『金姫』ではないと否定した。
過去に『金姫』は『白銀』と『黒帝』が大切だと確かに口にしていた。
”大切な奴らだよ”って笑って。
私たちはそれに嫉妬してしまって…。
「何なんだ、あいつ!! 俺は本物の『金姫』なのに。何で違うなんてっ」
そういって泣き出す空也。
それを見ながら、いまさらながら私の中に本当に空也が『金姫』なのかという疑問がわいてくる。
『白銀』は言った。
私たちが、惚れているのは見破ってくれたからなのかと。
……違う、私は『金姫』が優しくて、見ていて凄く幸せな気分になれて、真っすぐで。
だから、そんな『金姫』にだから惚れて。
空也と出会って、二年ぶりに『金姫』に会えたんだって凄くうれしくて。
だから、全てを投げ出して『金姫』を誰かにとられたくなくて、生徒会の仕事さえも放棄して、空也のそばにいた。
告白した時の約束を覚えてないのはショックだったけれども、それでも『金姫』が居るなら満足だって、そうおもって…。
「志紀…。まさかあいつを信じるあんて事ないよな? あんな奴が言ってる事は嘘だ! それに『白銀』は優しいんだ。あんな奴じゃない」
そういって、泣きだす空也に疑問を感じ始めてしまう。
盲目的に空也が『金姫』だって私は思ってる。
……でも、それは、本当に?
『金姫』はどんな子だった?
『金姫』は、私の知る、『金姫』は―――。
「どうしたんだよ、志紀! あいつを信じるのか? 俺より…?」
不安そうな顔をする空也。
「あいつまた副会長様達と…」
周りの生徒達の声が聞こえる。
「てか、さっきの『白銀』様だよね。否定してたよね。アイツの事」
「やっぱり、偽物なんじゃない?」
あざ笑うような、周りの声。
「なっ、最低だ! 俺が本物なのに!!」
―――『金姫』はこんな風に、誰かを最低だと、簡単に言えるような人間だった?
―――”俺は色んな奴らと仲良くしたいんだ”。
そういって笑っていた『金姫』。
――”俺はさ、周りの人間を笑わせてやりたいんだ。
なくとかそういうのより、笑ってる方が皆幸せだろ?”
今の『金姫』と、過去の『金姫』。
少しぐらい違っても二年も会わなかったから仕方ないってそうおもってた
―――でも、本当に?
空也は優しい。
だけど、『白銀』は空也の優しさは我儘だっていった。
………『金姫』は誰からも好かれて、愛されるようなそんな温かさを持っていた。
「本当、あいつは――っ」
「ウザイ」
でも、周りの生徒は今、『金姫』である空也を愛さない。
寧ろ空也を認めないとでも言う風に制裁が続いている。
親衛隊が悪いんだから、守らなきゃって思った。
―――でも、昔の『金姫』は守らなければいけない、そういう存在だった?
「志紀さん、どうしたのー?」
「志紀さんー?」
秋と幹が不安そうに私の方を見てくる。
「…空也。あなたはもし、私たちが、あなたを嫌いだという人を潰したら、喜びますか…?」
『金姫』だったなら、どういうだろうか。
それを思って、そういった。
それをよく考えてその質問をした。
思えば、私は空也が『金姫』だって思いこんで疑う事をしていなかった。
「――当たり前だろ! 何いってるんだ?」
―――”どんなに嫌われてても仲良くできる可能性あるだろうが。潰す潰すって物騒すぎ、お前ら”
……ああ、過去の映像が頭に浮かぶ。
「―――……違う」
思わず口にしてしまったのは、そんな言葉。
「違うって何だよ!!
何でそんな事言うんだよ! まさかさっきの奴の事信じたのか!?」
違う、違う、違う―――。
これは、『金姫』なんかじゃ…、ない!!
私はそれに気付いた瞬間、先ほど『白銀』と崎岡冬が去っていた方へとかけだす。
『白銀』は『金姫』への手がかりだ。
「志紀、何処行くんだよ!!」
そんな空也の声を聞きながらも私は駆けだす事をやめない。