二話 朝にクローンが
大変お待たせいたしました。
気が付くと真っ白な場所に立っている。
真っ白でどこまでも終わりが見えない。
なぜ、こんな場所にいるのだろう。
その時、私を呼ぶ声がした。
「お姉ちゃん」
声のした方へと振り向くと私が笑っていた。
いや、これは私じゃない、美奈だ。
美奈ならば何か知っているかもしれない、そう思い近づこうとするが一向に近づけない。
今度は話し掛けようとするが美奈に話しかけたいのに声が出ない。それなのに美奈はこちらへと近づいてこれた。
そんな不自由な中、違う方向から同じ声で私を呼ぶ声がした。
「「「お姉ちゃん」」」
どこからともなく美奈と同じ顔をした人間が沸いてくる。最初は4人ほどだったのも次第に数を増し、気が付けばその数は両手で数えるのも困難なほどになっている。
その増える勢いは衰えることを知らず、際限なく増え続けている。そのどれもがみな揃って「お姉ちゃん」と私のことを呼ぶ。
増え続ける同じ顔を見ていてなんとなくわかった気がした。これは私のクローン達なのだろう。
よく見ると皆同じように見えてそれぞれに個性が見えた。
眠そうな顔をしている私やジト目の私も居た。ほかにもリボンをつけた私やツインテールの私も居た。それを見ているとそこに居るのが私なのになんだと可笑しくなってきた。
しかし不意に囲まれている視線のほかにもう一つの視線があることに気が付く。
ほかのクローン達のように私を囲むわけでもない、遠くからこちらを見ているだけ。それにほかのクローン達とは雰囲気が違うような気がした。
さっきのジト目の子とは違う鋭いというか、殺気のようなものがある。ほかにも自分のクローンであるから分かるのかも知れないが彼女は一人であって一人でない感じがするのである。
そんな事を考えているとその遠くで見ていた私が近づいてきた。それも段々と足を速めている。鋭い目つきも今では、はっきりと殺気を放つほどになっていた。
私を囲んでいるクローン達の手前までやってくるとどこに持っていたのかナイフを手にクローン達を次々と刺し、切り裂いていく。
刺され、切り裂かれたクローン達は倒れて動かなくなっていく。果たして、死んでしまったのだろうか。
しかし、周りで同じクローンが傷ついているのにそんなことは見えていないかのように変わらず私の周りに集まり続ける。
殺気を放つクローンも進行をやめることなく進んでくる。
気が付くと殺気を放つクローンの後ろには倒れたクローンが山を成していた。確か私を囲んでいたクローンは山を成せるほど多くはなかったはずである。
だが、殺気を放つクローンは私が考えている間も待ってはくれない。気が付くと私と殺気を放つクローンとの間が三人分ほどになってしまった。
その間はすぐに縮まった。
私との間にいるのはあと二人、一人。もう誰も居なくなった。
私は必死に逃げようともがこうとする。しかしここでも体はピクリとも動くことが出来ない。
あともう一歩で私にナイフが届くという時に視界が揺らぐ、その揺らぎは次第に大きくなり、真っ白な世界自体も揺れ始めた。真っ白だった世界にはヒビが入り世界自体が崩れ始めた。その間もナイフは近づいてくる。
そのナイフが届く前に夢だと認識が追いつき、意識が覚醒する。
ベッドから飛び起きる。
まずあたりを見回した。起きてもあの真っ白の世界であの殺気を放つクローンが居たらと思うとゾッとする。
だが、そんなことはなくいつもの寝室が広がっていて、寝室には壁があり、クローンで溢れかえっても居ない。
改めて夢であったことを認識した。
「まさか、あんなに居るはずもないよね。それに私を殺す理由もわからないし」
胸を撫で下ろす。あんな事が本当なはずもない。
安心して時計を見るとまだ五時だった。部屋も薄暗く窓の外を見ても西の空がようやく白んできたほどだ。
いつもより早く起きてしまった。あんな夢を見たからだ。だがもう一度寝る気にもなれない。どこかでまたあの夢だったらどうしようと思うと寝るに寝られなかった学校のある日でもあと二時間は寝ているだろう。
そう思いながらやることもなく、キッチンへ入る。四月といっても朝の空気はまだ寒い。ココアでも作って温まろう。
ココアを作り部屋へと戻る。ベッドのとなりにはサイドテーブルが置いてある。朝起きてベッドに腰掛けながら飲むココアはゆったりとした朝を感じられてとても好きだ。
そんなココアを楽しもうとサイドテーブルに置いてベッドに腰掛けた。
しかしそのベッドはいつもと違った。
座った時の感触も違うし、小動物のような悲鳴も聞こえた。
慌ててベッドから立ち上がる。ベッドを見てみるとのベッドの半分がちょうど人ほどの大きさに膨らんでいた。
恐る恐る毛布を剥してその下にいた人物を見た瞬間、驚きと呆れが同居した感情が湧き上がった。
そこには昨日、正確に言えば今日の今から三時間ほど前に隣に帰ったはずの美奈が居た。しかも全裸で寝ている。
座られた拍子に起きたのかモゾモゾと動き始める。薄目を開け眠たげにあくびを一つ付く。
「おはよう。昨夜は楽しかったね。今日は何して遊ぼうか」そう言いながら舌なめずりをした。
「やめて!! その言い方と格好だと誤解を招くから!」
慌てて訂正をする。決してベッドの中で楽しんだわけではない。昨日の色んなゲームをして遊んだことを言っているのだろう。
「まず、なんで私のベッドで寝てるの。あのあとちゃんと自分の部屋に帰ったんじゃないの」
「まぁ、そうなんだけどね。改めて部屋に行ってみると昨日来たばかりで荷物何にも届いてなかったの。だから寝具もまともになかったわけで、仕方ないからお姉ちゃんのベッドに潜り込んじゃった」舌をちろっと出して見せた。
「可愛い子ぶってもダメだから。なんで鍵もかけてたのに入ってこれたの」
全裸で寝ていたことも言いたいがきっと適当なことを言うだろうからこの際、どうでもいい。それよりもこのマンションはエントランス前とエレベーター前と玄関前に呼び出し口があるが、玄関前は特に厳しく生体認証を使用しており指紋認証と静脈認証のW認証を採用している。
しかしそれをどうやって入ったのだろう。
「簡単よ。スペアのキーは研究所の人に貰ったし、二つの生体認証だって寸分違わないクローンなんだから意味ないけどね。それに最初に部屋に入ったんだから二度目だって入れるよ」
確かに、最初から部屋の中にいたのだからもう一回入れるはずだろ。それにクローンなのだから生体情報も同一だろう。なぜそんな事を失念していたのだろう。
「まぁまぁ、そんなところに立ってないで座ろうよ。ココア冷めちゃうよ?」
「はぁ~、もう色々と言いたいことはあるけどもういいよ。とりあえず何か着てくれない。春って言っても風邪引くよ」
それを聞いた美奈は立ち上がり寝室を出ると玄関の扉に手を掛けようとしていた。
「ちょっと待って! どこに行くの、私の服貸すからその格好で外には出ないで」
それを聞いた美奈は素早く部屋へと戻ってくるとイタズラが成功した子供のように笑い、早速洋服ダンスの中を物色し始めた。思考はおよそ一緒なのだから気に入ったものは見つかるだろう。
「私、人の服って好きなんだよね。まぁ、服に限らず持ち物なら何でも好きなのかもしれないけど。なんだか他人の匂いっていつもの自分の匂いとは違って好きだな」
「私、そんな趣味ないからね。それに他人というより私じゃ、ほとんど自分の匂いと同じだと思うんだけど」
やっぱり美奈は変わっている子なのだろうか。もしもほかにもいるかもしれないクローン達が美奈みたいに変わった子達でそんなのが次々に現れたらどうしよう。
「ううん、お姉ちゃんは私とは違う匂いがするよ。だって私たちと違って自然な匂いがするもん」
最初はなにを言っているのか理解できなかったが次第に理解が追いつく。
頭のどこかではクローンであるということを認識はしていたがはっきりとした認識はなかった。しかし今、彼女が人工的に創り出された存在なのだと理解した気がした。
「でもね。好きなのは匂いだけじゃなくてお姉ちゃん全てなの!」
「ごめん。意味わかんないや、そんなことより朝ご飯にしよ」
「お姉ちゃんの作るものなら何でも好きだよ。だからフレンチトーストがいいな」
さっきまでのどこか重かった空気は一瞬でなくなってしまった。先ほどの全裸で飛び出そうとしていた事も考えて美奈はわざとやって、わざわざ空気を和ませたのだろうか。相変わらず訳が分からない。
「朝からフレンチトースト作るのは面倒だから嫌よ。それに今、家にパンないし」
「パンがなければ作ればいいじゃない!」
「パン屋さんじゃないんだから作るなんて事しないから。適当に美味しいもの作ってあげるから大人しく待ってて」
「はーい」
ようやく、ちゃんと服を着た美奈が私の後についてくる。
やたらとじゃれついて、素直な時は素直でなんだか猫みたいで笑ってしまった。
昨日の残り物をアレンジして作った朝食を食べ今はリビングで二人のんびりとしている。ゆっくりと顔を上げるともう九時過ぎだった。
休日なのだからこのままゆっくりしていよう。美奈が自分の部屋に戻らないことも今は気にしないでおこう。やはり休日の午前はごろごろと過ごすのが一番である。
きっと同じ私である美奈だってこの調和を崩すまい、そう思っていた。
「ご飯も食べたことだし、お出かけしよ。お姉ちゃん」
この数時間でも何回も聞いた。この甘ったるい声で発する「お姉ちゃん」私は決してこんな媚びるような甘ったるい声は出ないはずだ。
そしてこの声で強請られると大抵断ることは出来ない。しかし私は私のごろごろ過ごすという午前のために反抗をしようと思う。
「嫌よ。私はごろごろするの。一人で行ってきたらいいじゃない。同じ私なら分かるでしょ。休日の午前はごろごろして、午後からはお菓子でも作りたいの」
「そうなんだ。でも私は休日だからこそあっちこっちに行って遊んだり、動いたりしたいな」
どうやら根は一緒でも私はインドア派で片や美奈はアウトドア派らしい。これでは何を言っても聞きそうにない。ならば策を練らねば成るまい。
「じゃあ、こうしない。午前はごろごろして、午後から出かけるってことで。それなら文句はないでしょ」
「え~、でも今日は色々とショッピングしたいし、だから行こうよ」
「それならなおさら一人でもいいと思うんだよね」
これでは平行線を辿るだけである。どうにかしなければ、そう考えていると向こうから提案をしてきた。それはなんだか嫌な予感がした。
「そんな事言うなら、今日も潜り込んじゃおうかな。昨日は我慢したけど、お姉ちゃんの寝顔見てると理性がはちきれそうになるんだよね」
案の定、ろくでもない提案だった。むしろ提案というより脅迫だ。これでは断りようがない。ごろごろの代償に貞操を失うわけには行かない。
「分かった。出かけましょうか」しかたなく、しぶしぶである。
こうして、いつもとは違う忙しい休日が始まった。