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一話 部屋でクローンと

真っ白になった脳みそに色が戻り始めた頃、私と私の奇妙な対話が始まった。

「どうしてクローンが居るの? ってか、その前にクローンなんて存在するの! 倫理的にダメだよね! これはドッキリ? ドッキリ看板はどこ?」

 真っ白の次は赤へと黄色へと混乱を呼び起こした。ドッキリ番組ならどんなにいいだろう。番組だったら泣き笑いながら「あるわけないですよね」と言いながら番組スタッフと歓談が出来るのに。


 でもクローンの私はそれを許してはくれないらしい。

「ドッキリじゃないよ。列記とした事実で現実だよ。私はクローンでクローンなんて作れる時代になっただけの話だよ」

 私は再び凍りついた。どうして私なのだろうと。

「どうしてこんなことに……」

もし誰かに聞かれていたら痛い独り言だと思われるだろう。だが不幸中の幸いにもこのマンションの壁は防音仕様になっている。

高校デビューしたら音楽系の部活に入ろうと思っていたのが甲を奏した。しかし結局音楽系には入らず家庭科部に入ってしまった。

だがこんな形で防音は役に立つとは、念のため防音も万全なマンションを選んだ私に感謝と激怒を送りたいほどだ。


いっそ誰かに聞かれてこのクローンを連れて行ってもらえたら楽かもしれない。

「でもお得も多いと思うよ。単純計算二倍だよ。これって効率的でいいと思わない?」

「確かにね。でもそういう問題じゃないと思うんだよね。やっぱり私が二人いるのはだめな気がするの。倫理的に」

「別にいいんじゃない? ぶっちゃけるともう一人どころか七万人ぐらい私達居たし、でも今残ってるのって七千人、いや三五〇〇人ぐらいだったっけ?」

「私に聞かれても…………ってなんでそんなに私がいるの! そんなに居ても困るよ!」

 このクローンが来てから頭は信号よりも忙しく色を変えているかもしれない。しかもとんでもない事をさらりと言ったような気がする。


「そんなこと無いよ。例えば私が学校に行ってる間に私は家でゴロゴロ出来る。とか、私は買い物に行って、その間に私は家で勉強が出来る。とか、」

 そういうとクローンの私は隠微に舌なめずりをすると徐々に手を下半身に這わせていった。

「私が寂しい時は一人じゃ出来ないような慰め方も出来るよ。一人二役する必要もないし」

 私は顔をりんごのように赤くした。同じ顔の人間に自分では出来ないような発言をされた。自分であって自分でないのにものすごく恥ずかしい。

「と、とにかく! 居る者はしょうがないから今後について話し合おうよ!」

 誤魔化すために強引に話題を変えてしまった。出来ることなら目の前に居る私が居なかった。会わなかった。で押し通したいがもう忘れることの出来ないほどのインパクトがあるのでそれは叶わないようだ。

 ならいっそ開き直って私達の今後について考えた方がいいのではないだろうか。苦肉の策ではあるが。


「まずは二人居る私をどう有効活用するかよりも、二人居ることをどうバレないようにするかが先だと思う」

「それは大丈夫だと思うよ。研究所が全力で隠してくれるよ。例え、私がクローンだって演説したって、私を千人連れて街に行ったって何とかしてくれるよ。それに私達はいわゆる、研究対象だから援助もしてくれるよ」

 どうやら私は研究対象に指定されているらしい。そう思うととても怖いのと同時に悲しくなってきた。きっと研究所の猿やモルモットも同じ気持ちなのだろう。

「そうなんだ。じゃあ、これからどうしようか」

もう諦めるほかなさそうだ。いっその事双子の姉妹だと思えばいいかもしれない。ただし双子どころか三五〇〇人もいるらしいが


「じゃねぇ、今日はカレーにしようよ。カレーは一人よりも二人で食べた方が美味しいよ」

「そうたね。もう一人が私じゃなかったらもっと美味しいと思うよ」

 いつの間にか夕飯の献立の話になっていた。確かに昨日特売で買ったカレー粉がある。何にでも使えるようなジャガイモ、ニンジン、タマネギ、それからお肉もある。

「私ね、隠し味にチョコ入れたいな。でも牛乳もいいよね。それからそれから――」

 隠し味を言ってしまったらそれは隠し味なのだろうか。そんなことを逃避的に考えながらカレーの準備を始める事にした。

 

 そしてもう私と私で食卓を囲んでいる頃には夜の7時になっていた。

 カレーの準備、カレー作りには差ほど時間はかからずに素早く出来た。さすが私なだけあって次にどう動くかがすぐに分かるらしい。私も特に指示が無くとも素早く出来た。なんとも不思議な感覚だ。

 夫婦というのもこんな感じなのだろうか。しかしやはり同じ人間が夫婦しかも同姓で、想像するだけで頭が痛くなってきた。


「「いただきます」」


 タイミングも同じだ。スプーンに載せるカレーとライスの比率も、食べる速度も、まるで鏡だ。しかしそこには鏡は無く手を伸ばせば触れられる。確かに私と私でも不思議な感覚はあっても誰かと食べるのは美味しい。

 なにより、私の美味しそうな、楽しそうな顔を見ていると悪くないとすら思えてしまった。


「どうしの? ニヤニヤして、もしかしてカレーよりも私を食べたいとか」

 私が目を細めニヤニヤしながら頬を突っついてきた。前言撤回。見た目は同じでも性格は、どこかずれている。どうにかしてクーリングオフはできないだろうか。

 しかし嗜好は同じらしく夕食の間、話に花を咲かせていた。


 カレーを食べ終え、二人で食器を洗い始めた。夕食を作っている時もそうだったが、阿吽の呼吸で食器洗いも効率良く作業をすることが出来る。確かに二人いるとお得かもしれない。

 もう来てしまったものは仕方ない。どうせ帰すことも出来そうに無いだろ。ならばいっそ二人で暮らしながら協力しあっていけばいいだろう。


 ……そういえばもう一人の私はどこで生活をするのだろう。炊事洗濯などの家事は一人増えた程度ならいいが、むしろ増えるのは私なのだから二倍どころか二乗だろう。

 しかしいきなり現れた私はどこに住むのだろう。どこか別の所に住居を持っているのだろうか。それとも一緒に住むなどと言いはしないだろうか。そうなると困る。一人で住むには十分だが、二人となるととたんに狭くなってしまう。そう思うと私のクローンが着てから何回目か分からない心配をし始めた。


「ねぇ、どこに住んでるの? まさか、私と一緒に住むなんて言わないでよね」

「ああ、そんなこと。さっきも言ったけど研究所が用意してくれてるから大丈夫だよ。さすがに私同士でもプライベートはあるよ」

「そうよね。さすがにそれぐらいするよね。」

 私はほっと胸をなでおろした。やはり家が手狭になるのはいやである。だが胸をなでおろしたのも束の間、新たな心配が沸いてきた。

「じゃあ、どこに住むの?」

「もちろん、同じマンションにだよ。ほかのところに住むといくら研究所が誤魔化してくれるって言っても近隣住人に違和感を持たれるといけないからね」

「そうなんだ。でも同じ顔で同じ名前じゃ、いくら誤魔化してくれても怪しまれるんじゃない?」

 そういうともう一人の私は待ってましたとばかりにほくそ笑んだ。


「そこは抜かりないよ、お姉ちゃん!」

 満面の笑みでお姉ちゃんと呼ばれた。私の笑顔って意外と可愛いのかもしれない。――いやいや、今はそんなことではなくお姉ちゃんって何? なんだか薄ら寒いものを感じた気が

「私は二階堂香奈の双子の妹で、二階堂美奈ってことになったから。よろしくおねえちゃん」

「確かに呼び名に困ってた所だけど、双子の妹って何? 私、契約の時に母と父と弟しか書いてないよ。近隣住民の前にもっと近い人に違和感もたれちゃうじゃん!」

 再び、自称妹はほくそ笑んだ。

「抜かりはないって言ったよね。実はこのマンションと周辺はもう研究所によって買収済みなのです。よってこのマンション内にいくら私が来ようとも問題はありません!」

 どこかがもう違っている気がする。しかもマンションとその周辺は研究所が買収済みということはすでにこのマンション一帯は関係者しか住んでいないのだろうか。

それからいくら来ても大丈夫といってもいくらも来ては困る。こんな私のクローンが周囲に沢山集まると考えると倒れそうだ。

 もういい。諦めよう。このクローンと研究所は勝手に事を進めてしまうのだから抗いようがない。

諦めることにする。だが妹が出来たことには。

「もう諦める。でもどうするの周りに私は妹が居るなんて言った事ないよ。いきなり双子なんて」

「でも妹欲しかったんでしょ。別に話してないだけの留学していた妹でも、生き別れでもすればいいよ」

 カレーの準備をしている時や片付けの時もあまりに私の部屋を知りすぎだ。まさか研究所とやらは日々の私を盗撮でもしていたのだろうか。

 そう思うと身震いする。

「それでそれで、お姉ちゃん。何する」

「? 何するとは? あとお姉ちゃん呼びは決まりなの?」

 話が読めない。留学していた妹にするか、生き別れの妹にするかという話だろうか。

「なら私はまだ自然な留学していた妹の方がいいと思うけど」


「え、何それ。そんなんじゃなくてまだ時間もあるし、何かして遊ぼうよ」

「私は私の、つまり美奈について話てたつもりなんだけどどうしてそっちに飛べるの?」

 同じ私でも考えが読めない。さっきもそうだが、中身は違うようだ。


「もういいや、そうだね。何する。オセロとかボードゲームとかアナログゲームもあるけど、デジタルゲームもあるよ」

 部活も家庭科部でインドア趣味なせいかつい家で篭っているため、家の中にはゲームがそこそこある。


 その後私達はオセロから始まり、すごろくになぜかカルタ。デジタルゲームはレトロゲームも最新ゲームもやった。

ジャンルはパーティーにアクションの回しプレイ、格闘、対戦のパズル、育成ゲームを交互にやるなど色々やった。育成ゲームに至っては二人で一つを育てているので方針がバラバラでとても中途半端なキャラが出来てしまった。


「さてそろそろいい時間だし寝ようか」

「ええ、明日は日曜日なんだしいいじゃん」

「いくら明日が休日でも早く寝たいの。分かるでしょ」

 いくら中身に差があるといってもわかってくれるだろう。だから察してくれるはず。

「わかった。じゃあ、あと一つだけ。なにやろうか」

 やっぱり美奈は話を聞いてくれない。なんとなく予想はついていたがそうなのだろう。

「じゃあ、これが最後ね。でも何やるって言っても家にあるゲームはほとんどやっちゃったから残ってないよ?」


「じゃあねじゃあね。水平思考ゲームやろうよ」

「水平思考ゲーム?」

 どこかで聞いたことがあるかもしれないが知らないゲームだ。

「ある出来事の結末だけ言うからそこから過程を推測して当てるゲームだよ」

「なんだか、難しいそうだね」

「そんなことないよ。お姉ちゃんは出てきた問題文に対して質問できるんだよ。そしたら私が『はい』か『いいえ』と『関係ないよ』で応えてあげるから。まずはかんかんな問題で練習しようか。習うより慣れろだよ」

 にたりとした得意げな顔でそういい、ゲームの開始を促してきた。少し難しそうに聞こえたがやっている内に慣れるだろう。

しかし、あの得意げな顔だけはムカつく。同じ私でも私は絶対にあんな顔は持っていない。

「分かった。はじめよう」


「じゃあ、はじまり。あるところに小さな女の子がいました。女の子は学校へ行きました。女の子の手には傘がありました。しかし雨は降っていません。一体なぜ? さぁ、質問どうぞ」


「ふふん。こんなの簡単だよ『傘は日傘だった』んだよ。きっとそうだよ。女の子だもん」

「『いいえ』」

「じゃあ、『雨が降る予定だった』」

「『いいえ』今日は一日中、晴れでした」

「『傘がファッションとして流行っていた』」

「『いいえ』女の子は小学生なのでまだファッションに興味はありませんでした」

「そうかな? 最近の子はおしゃれだよ」

「この子は興味がないっていったらそうなの」

「それだとかわいそうだから傘はまだ流行が来てなかったってことにしよ」

「はいはい。それでいいそれでいい」

 質問以外で疑問を投げかけると美奈が「ゲームに戻ろうね」と飽きれながら促してきた。


「じゃあ、ほかに何に使うのさ」

「『はい』か『いいえ』で答えられる質問にしてよ」

 簡単とは言ったが初めてな分かってが分からない。ここはチュートリアルということでヒントでも聞いていいだろう。

「ヒントないの?」

「ええ、簡単なのに」

「初めてなの。教えてよ」

 美奈が少し渋るから上目遣いで見てみた。そしたら何かに負けたのか顔を赤くして教えてくれた。

「し、仕方ないな。ヒント、女の子は傘を何に使ったんだろうね」

 そう言われてもさっきそう質問をしたら質問形式を満たしていないと言われたではないか。しかしさっきの質問には答えてもらっていない。答えてもらうためには質問形式を変えればいいのかな?

「もちろん『傘は使ったんでしょ?』」

「『いいえ』傘は使われませんでした。ここちょっと重要よ」

「? なんで傘があるのに使わないの? いや、使う状況がないのか」

 ヒントを貰ったがよく分からない。ではなぜ使わない傘を持っていたのだろう。

「なにか『勘違いをして持っていった』とか」

「『いいえ』」

「使わないのに持っていって、ちゃんと目的があった。ってことは『通学途中で傘を捨てた』とかかな」

「『いいえ』それなら直接捨てないで親に頼まない?」

 質問も適当になってきた気がする。

「きっとあれだよ。『途中でだめになった』んだよ」

「『いいえ』傘は無事です」

「いよいよもってわからないよ。それとも『学校に置き傘をするために持って行った』のかな。残るはそれぐらいしかないと思う」

「残念だけど『いいえ』でもおしいな。もう初めてだし、ヒントあげちゃうよ」

 そういうと仕方なさそうに告げる。

「前日は雨でした」

 傘は日傘でもなく置き傘でもない。傘は使わなかった。しかしちゃんと目的があった。そして最後に前日は雨だった。

「ねぇ。確認のために聞くけど、『昨日は休日だった?』」

 私がそう質問すると美奈は解き方が分かった生徒を見つめるようにやさしく微笑んだ。私も釣られて微笑んでしまった。

「『いいえ』昨日は平日で、もちろん女の子は学校へ行きました」

 なるほど、そういうことだったのか。確かに簡単な話だ。つまり……

「つまり、『女の子は昨日借りた傘を返すために傘を持っていった』……でしょ?」


「『はい』、正解が出たようなので改めて物語の全貌をお話しましょう」

 美奈はそうかっこうつけて言うとさっきまでとは違う落ち着いたしゃべり方で全貌を語り始めた。


「女の子が帰ろうとすると急に雨が降り始めた。困っていた女の子に傘を二本持っていた友達が傘を貸してくれた。その次の日、女の子は雨も降っていないのに傘を持っていた。その傘は友達に返すためにだった。」


「ふふ、私ってそんな変な語り方しないよ」

「そうかな。クローンだから根の性格は同じはずなんだけどな。まぁでも楽しんでもらえたみたいだから良かったよ。どう、まだやる?」

 またあの顔だ。あの得意げな顔だけは私の顔ではない。

 しかし、ゲーム自体は面白かった。コツはなんだか見えた気がした。ようは色んな方面に質問を飛ばし、一点だけではなくいろいろなものを見れば自然と見えてくるのだろう。

「そうだね。じゃあ、もう少しだけやろうか」


 あと二問ほどやったら寝る予定だったが、結局水平思考ゲームに嵌り夜中の一時半になってしまった。

 あれからそこそこの問題数はやっただろう。最初は美奈が問題を出して私は回答をしていたが、美奈の問題が尽きたあたりで私が即興で問題を作ったりして長く遊んでしまった。おかげでかなり打ち解けあった。

「じゃあ、今度こそ寝るよ。もうラストワンはないからね」

「わかったわかった。もうこんな時間だしね。夜更かしはお肌の天敵ってね」


 美奈はこんな時間になってもまだ元気で靴を履いて外へ出たら夜の街に遊びを求めて飛び出してしまいそうだった。

「ああ、そういえば。美奈ちゃんの部屋ってどこなの、このマンション内なのでしょ?」

「もちろん、マンション内だよ。すぐお隣の〈525〉だよ」


 そういうとすぐに飛び出して行った。すぐにドアの閉まる音が聞こえたから本当に隣のようだ。


 これから騒がしくなりそうな予感を胸に寝室に引き返しベッドの中へと潜った。


「おやすみ」

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