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パソコンの最期の願い

 まず異変が起こったのは、『今日のお薦めサイト』だった。そこに“森に捨てられたパソコン”というあまり良いとは思えない曲名の動画が紹介されてあったのだ。

 僕はあるネットナビゲーションシステムを活用している。これは、僕が普段、ネットで何を見ているかを記録し、そこから僕の趣味嗜好を分析、同じ趣味嗜好を持った他の人間達が何を見ているのかその傾向を掴んで、僕が好みそうなサイトを紹介をするというものだ。

 ま、よく、ネットのショッピングサイトなんかでやっている“お薦め商品の紹介”みたいなのを、もっと広い範囲でやっているのだな。因みに、無料で利用できるクラウドコンピューティングだ。もちろん、ユーザは自由に設定をオフにできる。

 ネットによる宣伝事業が既に飽和状態になっている中で、これはそれなりに当たっていて、顧客識別マーケティングへの応用も考えられているらしい… とか、ま、そんな事はこの話ではどうでもいい。

 とにかく、そのサービスが僕に紹介してきた『今日のお薦めサイト』の中に、まったく人気のないおかしな曲の動画があった訳だ。それは曲名の通り、パソコンが森の中に捨てられているという設定の変な曲で、コンセプトも分からなければクオリティも高くなかった。どうして、こんなものがお薦めなのか、理解に苦しむ。

 それに、僕の利用しているネットナビゲーションシステムは、ある程度人気がなくてはそのサイトを拾って来ないはずだった。そして、その曲ははっきり言って人気がなかった。だから、もしかしたらバグかもしれないと僕は考えたのだが、どうしてこんな動画をナビシステムが拾って来たのか、少なからず思い当たる点もあるにはあったのだった。

 僕はよく森に散歩をしに行くのだ。仕事でも家でもパソコンに繋がれた電子信号の世界に居続けると、堪らなく自然の中に身を置きたくなるからだ。その延長線上で、自宅のパソコンでも森の映像や写真を見るようになってしまった。珍しい動植物の画像とか。森の中の泉だとか。だから、ナビは僕を“森好き”と判断して、そんな動画を紹介して来た可能性はある。極まれに、こんな事もあるのかもしれない。

 僕はそう思ってそれを気にしなかったのだけど、今にして思えば、あれは“彼”のメッセージだったのかもしれない。

 

 僕は物持ちが良い方だ。何でも長く使う。パソコンなんか、さっさと新しいのに買い直してしまうという人も多いが、愛着が沸くとそういう気にもなれず、性能的に劣ると分かっていながら、僕はもう十年以上も、そのパソコンを使い続けていた。

 しかし、流石にそろそろパソコンの寿命は尽きようとしていた。色々とガタが来ていたのだ。そしてそんな頃に、その異変は起こり始めたのだ。『今日のお薦めサイト』に変な曲が載った後、しばらくして友人から電話があった。

 「お前、大丈夫か?」

 僕が不思議に思って、「何の事だよ?」と返すと、「いや、だって、変なメールをたくさん送って来るからさ」とそう答える。ところが僕には、ここ最近そいつにメールを送った記憶がまるでなかったのだった。

 驚いてメールの送信履歴を確認してみると、『森に行きたい』だとか、『森に埋まって、最期を迎えたい』だとかいった変なメールが、確かにたくさん送信されていた。

 それでまず僕が疑ったのが、自分の頭だ。頭がおかしくなって、無意識の内にそんなメールを送ってしまったと思ったのだ。しかし、そのメールが送信された時間帯を見てそれも違うと判断する。

 僕はその時間帯、仕事場にいた。どう頭がおかしくなっていようが、これでは物理的にメールを送るのは不可能だ。

 次に疑ったのはウィルスだった。どっかで変なコンピューター・ウィルスに感染して、こんな珍現象が起こったのではないかと考えたのだ。

 しかし、パソコンには一応、ウィルス対策ソフトを入れている。それに、こんなウィルスは聞いた事がない。しかも、僕が出かけている時は、パソコンの電源をオフにしている。ならば、誰かが忍び込んで、パソコンを勝手に立ち上げ、イタズラをしたのか? 考え難い。謎は解けなかった。

 僕は不可解に思いつつも、それを放っておいた。すると、更に異変が次々と起こり始めたのだ。まるで何かの準備をしているみたいに、いつの間にかフォルダが作成されていて、その中に重要なファイルのコピーが整理されて置かれてあったり、デスクトップに『樹木葬』と書かれた空のファイルが置かれてあったり。

 そこまでくれば、流石に僕も奇妙な想像をしない訳にはいかなかった。

 

 「このメッセージを発しているのは、このパソコン自身じゃないのか?」

 

 休日。僕はパソコンを立ち上げると、空のテキストファイルをオープンした状態で、パソコン…… 僕が長年使い続けて来た“相棒”に向かって話しかけた。

 「もし、何か願いがあるのなら、遠慮せずにここに文字を書いてくれ」

 すると、しばらく時間が過ぎた後で、弱々しくパソコンが勝手に動き始めた。そして、テキストファイルにこんな文字が。

 『ボクはもう長くない』

 僕はその現象に驚いていた。だが、不思議と怖くはなかった。これがハッカーか何かのイタズラじゃなければ、僕のパソコンにいつの間にか魂が宿ったという事になる。付喪神。動揺しながらも、僕はそれにこう応える。

 「ああ、分かっている。しかし、僕はできる限り君を使い続けるよ」

 すると、今度はこんな文字が。

 『それは、いけない。突然、動かなくなったら君に迷惑をかけるよ。まだ動くうちに、ファイルを移動させておくんだ』

 「しかし、」と僕が言いかけると、そこで文字が打たれた。

 『その代わり、お願いがある。ボクは君がいつも見ている森の画像が好きだった。醜い掲示板の喧嘩や、不快なニュースや、荒れている動画を見るのは本当に嫌だったけど、森の画像は本当に綺麗で素晴らしかった。

 だから、最期は森の中で迎えたいんだ。どうか、ボクを森の中に埋めてくれないだろうか?』

 僕はまた何かを言おうとしたが、『お願いだ』とそのタイミングで文字が打たれた。僕はその彼の強い願いを受けて、「分かった」とそう応えた。

 

 それから僕は、近くの森に穴を掘ると、そこに彼の事を埋めた。彼はもう何も反応をしなかったけど、満足しているように見えないでもなかった。良い夢を見てくれているといい。

 ネットでの醜い書き込みを見ていると、彼の気持ちも分からないではない気分になる。人間の僕でさえ、しょっちゅううんざりするのだもの。

 ……しかし、それにしても、もしあの埋められたパソコンが見つかったらどうしよう? 間違いなくあれは不法投棄になる訳だし、まさかパソコンが付喪神化して、森に埋葬してくれと訴えたとは言えないし。

 それから、もしそんな事を言ったら、ネット上でネタにされて笑いものになるかな、と想像して、なにか、皮肉っぽい気分になった。

作中曲は実際にあります。

てか、僕が作ったのですが。


http://www.nicovideo.jp/watch/sm23985440

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