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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

灰色の空

作者: 茶宮 月姫

多少の残酷描写と、近親愛表現があります。苦手な方はブラウザバッグを押してお戻りください。

 これは一人の少年の悲しいお話。


 少年は今日もいつもと同じ、灰色の空を見た。

 動くことも、変わることもない灰色の空。

 否、空ではない。事実、空は無機質なコンクリートで遮られていた。

 だけど少年は、それが天井であることを知らない。

 昔、見回りに来た兵の『見上げたら、無数の矢が飛んでいてさ。もう一面、灰色の空だったよ。』と自慢気に話す言葉から、"空"という言葉を覚えたのだ。

 それと同時に、灰色の空がどんなに素晴らしいものかを知った。

 無数の矢は少年の姉が放ったものだったからだ。

 それ以来、少年は毎日、彼の灰色の空を見つめていた。

 少年には姉と妹がいた。

 姉は誰からも怖がられる暴君。妹は誰からも相手にされない小娘。

 少年は2人を平等に愛した。姉にとってそれは気に食わないことだったのかもしれない。

 少年は地下にある監獄に閉じこめられていた。それは2歳の頃からだった。


 ある日、少年は吸い込まれるような青く高い空のことを思い出した。

 それは心を捉えて離さず、空を見たいと強く強く思わせた。

 いつもながら此方をちらりとも見ずに通り過ぎようとする、見回り兵を呼び止める。

「あ…っ……の………!」

 数年ぶりに出した声は、上手く出てくれなくて。

 蟻の小声にも満たないその声に、兵は気付くはずもなかった。

 少年は奥歯を噛み締めた。鉄格子を握って、目を強くつむって声を張り上げた。

「あの……!!」

 見回り兵は驚いたように目を丸くして振り返る。

 それから、少年が自分を呼び止めたのだと悟ると

「うわあああっ」

 よろけたように、一歩二歩下がって尻もちをついた。

 当たり前の反応だった。数年間、毎日見回りをしていたのにも関わらず、

 少年はいつも牢屋の真ん中で何かに取り憑かれたかのように、

 灰色の天井を見上げるだけだったのだから。

 固まる見回り兵に、少年は尚も声を出す。

「空を。空を、見たいんです。」

 でもその声は誰もいない空間に響いただけだった。

 やっぱり、だめか…。

 少年は力尽きたように、鉄格子を握ったまましゃがみこんだ。

 ほどなくして、荒い足音と共に数人が少年の前に現れた。

 ゆっくりと頭をあげて、自分を見つめる瞳を見た。

 その中に自分の知っている瞳を見つけると、少年は弾かれたように立ち上がった。

 どうして、あの人がここに?

 それは少年を閉じ込めた張本人でもあり、姉でもあった。

 どうして。一度も会いに来たことなんてなかったじゃないか。

「…ちっとも喋らないが。」

 久しぶりに聞く姉の声は、少し低くなっていた。

「申し訳ございません。しかし先ほどは、ひぃ……っ!」

 見回り兵だ。言い訳を連ねようとするも、姉に睨まれて口を閉ざしてしまう。

 しばらく、無言の空間が続いた。

 少年は顔を上げることさえもできなかった。視線を足元に向けたまま、押し黙っていた。

 沈黙を壊したのは姉の苛立ったような声。

「おい、そこの見回り兵を処分しろ。」

「「了。」」

 暴君と言われる姉の処分といえば、それはすなわち死刑を表していて。

 見回り兵は短く息を吸った。縋るような瞳で姉を見つめるが、それも虚しく終わり濃い緑色の服を着た兵士に連れ出される。

 姉も溜め息を一つ吐いて背を向けた。そこでやっと重圧から解放された少年は視線をあげることが出来た。視界に入ったその背中は何故か少し寂しそうで。その背中が幼かった頃の姉と重なって。

 少年はか細い声を発した。

「姉さん…空が見たいんだ…。」

 言い切ってから、自分がしてしまったことを知った。

「申し訳ありません…っ!!」

 少年はその場に土下座した。姉は振り返らなかった。だけど、怒ってもいなかった。

 ただ、静かにこう告げた。

「いいだろう。」

 少年は驚いて、それから慌てたようにもう一度床に額をつけた。

「ありがとうございます!」

 驚いたのは少年だけではなかったようで、姉の後ろにいた兵も声を上げた。

「いや、しかし…!彼が逃げ出す可能性も…っ」

 姉はそれを手で制した。少年も条件がついてくるだろうことは予測していたので、頭だけを上げて姉の次の言葉を待った。

「だがその場合、お前は足を失うことになる。」

 姉は淡々と告げた。余りにも惨い条件に兵士達は息を飲む。

 少年の答えは即答だった。

「従います。」

 一生、監獄される身だ。自由に動くための足など全くもって必要がない。

 逃げ出そうとは思ったこともなかった。後の仕打ちが怖いからじゃない。

 こんなことをされてでも、少年は姉のことを愛していたからだ。


 まもなくしてそれは決行された。

 監獄の片隅でただ一人、姉が少年に向き合っていた。

「今なら、まだ間に合うが。」

 斧を手にしながら、そう言う。

「いいえ。」

 少年はしっかりと目を開いて、姉のことを見ていた。

 斧はとても重く、いくら日頃から戦場へ出向いている姉でも相当辛そうだった。

 姉は斧を振りかぶって、弟に向かって落とした。少年は微動だにしなかった。

 血飛沫が上がる。一瞬引っかかったような手応えがあったあと、斧は地面に落ちた。

 切る場所が悪かったのだろうか。どす黒い血が鼓動に合わせて、地面の血溜りを広げていく。

 目蓋を閉じた安らかな表情を愛おしそうに眺め、そっと口付けた。

 まるでそれがあの童話のキスであったかのように、ふっと目を開けた少年は冷たい表情に戻った姉を見た。少年は空を見ることが出来ないとわかっていても、責めることをしなかった。立場上ではなく、心の底からそう思っていた。

「大好き、です…。」

 掠れた声でそれだけを告げると、もう一度目を閉じる。永遠に、閉じた。

 姉は弟をそっと運んだ。そして広い広い庭の中央に寝かせると、一度も振り返らずに王宮へ戻った。その頬に生まれて初めての涙が一筋流れていたことなど、本人でさえも知らない。

 姉はそれ以来、庭には立ち入らなかったという。だがもうそこに少年の姿はない。

 代わりに妹が泣きながら、死んだ兄の肉を食べたからだ。

 ただ、目玉だけが、そこにある。


 これは少年にとっての幸せなお話。

 少年は今日もいつもと同じ青い空を見た。


まずは、このお話を読んでくださり本当にありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。

苦情など、覚悟はしております。でも書いてて楽しかったからいいの!()

ぶつける場合は少しだけオブラートに包んでくださると、有難い、です…っ

この作品は、花咲璃優ちゃん主催の色恋企画参加作品第二弾です。

なのに、第一弾がまだ完結していないなんて、言えない言えない…。

色をモチーフにした色恋企画。とても素敵な参加作品が沢山あります。

興味を持たれた方は是非、遊びに行ってみてください。

それでは、このへんで。ありがとうございました!!

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