第四話 ~希望の潰える絶望の中で…編
ナリア王国物語 アナザーエピソード2 第四話
~希望の潰える絶望の中で…編
ついに世界は、運命の日を迎えてしまった…。
世界中を覆う紫掛かった厚い雲には、稲光が走り続ける。
あの儀式の行われた廃墟の上空には、直径十数メートルの、先の見えない漆黒の穴が空き、そこから体長10メートル、背中に翼を持つ黒い異形のモノが次々と地上へと降り続く。
それを迎え討つために集結した王宮騎士が数百人、それを束ねるカイン、キース。
世界を救う。希望を胸にした一同は、このあと本当の絶望を目の当たりにすることとなる…。
木霊する断末魔の叫び、逃げ惑い、事切れてゆく王宮騎士たち…。
異形のモノが腕を振るうたびに数名の騎士が宙を舞い、その鋭い爪を振り下ろすたびに真っ二つに切り裂かれる騎士たち…。
その槍が、剣が、異形のモノの強靭な体に傷をつけることもなく、一方的な惨劇が続いていく。
やがて騎士たちは全滅…異形のモノたちに捕食され…辺りは血の海と化し、その地獄絵図がカインたちの希望を奪い去っていく。
「でりゃーーーっ!!」
カインの雷を帯びた強烈な振り下ろしにより真っ二つになり消滅する異形のモノ。カインは、大きく肩で息をすると、互いに寄りかかるようにキースと背中を合わせる。
「はぁ…はぁ…カイン…何かいい策はないのかよ…」
「残念ながら…もう逃げるしか…と言っても、それも無理なようですが…」
数十体の異形のモノに取り囲まれたカインたち…
「逃げられっこないさ。それに俺たちが逃げれば、世界中のみんなが喰われちまうんだぜ?」
決意を胸に一歩前に出たカインが、そう言うと異形のモノへ向けて走り出す。
「お前が救ってくれた世界を…すまないリリス………こうなりゃ、一匹でも多く道連れにしてやるさ! うおおおおおおーーーっっ!!」
朝方、外から窓を小突く音で目を覚ましたジン。
窓を開け、右の手の甲を差し出すと、外で待っていた白い鳩が、ピョンとその手に乗り、ピョンピョンと腕に移動する。
鳩に左手にのせたエサをついばませながら、その足についた筒から紙を取り出し、目を通すジン。
「あの廃墟上空に異常な気流の乱れあり…か。やはり、あそこで間違いないようだな」
鳩を窓から放ち、ベッド脇に立て掛けられた鞘に納められた剣に手をのばすが、震える手が剣の前で止まる。
「情けないヤツだな…俺は…プロフィアなら、迷わず駆け出すんだろうな。ヘタレだと…俺を笑ってくれ、プロフィア…」
頭を左右に振り、雑念を振り払ったジンは、剣を手に取り、部屋を出て、階段を降りる。
「すまない…ロイド、リオ、ヴァル…リエッセ。この世界はプロフィアが守った世界なんだ。俺が逃げるワケにはいかないよな…」
名残惜しそうに階段からギルド社屋内を見渡したジンは、そう呟くと外へ出ようとドアを開ける。
「ようジン。こんな時間に何処行こうってんだ?」
「ロイド! なぜここに…リオ、ヴァル、リエッセも…」
ドアを開けると、そこには、待ち構えたようにアクアリンクの面々が立っていた。
「リエッセちゃんから聞いてたからね、ジンジンが一人で無茶やろうとしてるってね」
「この空の様子…ガルバデスの時と似てるから。きっとジンさんならって思ったんだよね」
「リオ…ヴァル…だがっ!」
「ごめんなさい、ジンさん…でもっ!」
「リエッセ…絶対にダメだ。俺が手も足も出なかった相手なんだ。死ぬのは俺だけで…」
「おいジン。お前も学習能力が無いやつだな。どーせ世界をどうにかしちまうような相手なんだろ? 最強の氷魔術師の俺が燃えないワケないだろ?」
「ジンジン。私たちはアクアリンクなのよ? 仲間の為なら戦えるわ。たとえ死ぬことになってもね」
「何度言わせるの? ジンさんは私が死なせないよ」
「ロイド、リオ、ヴァル…だがっ! 俺は、お前たちを死なせたくない! 始めから勝ち目の見えない戦いに、お前たちを巻き込みたくないんだ!」
「ジンさん! 私、絶対に一緒に行きます! 私なんて足手まといかもしれないけど、それでもっ! 私だってアクアリンクの一員なんです。だからっ!!」
「そういうことだジン。あの時みたいに素直に言えよ」
「お前たち………あの時アイツは言ったんだ。一ヶ月後、世界は終わるって。間違いなく今日、世界は終わるだろう。俺は、守りたいんだ。プロフィアが守ったこの世界を、この命にかえても! みんなの命…俺に預けてくれ!!」
そう言ったジンに力強く頷いて見せたロイド、リオ、ヴァル、リエッセ。
「リエッセ。キミに渡したいものがある。少し待っていてくれ」
そう言って社屋内へ戻っていったジンは、持ってきた杖とブレスレットをリエッセへ差し出す。
「これって…まさか、プロフィアさんのものですか?」
頷くジン。
「そんな…こんな大切なもの貰えませんっ!」
「もらってくれ。情けないが、俺はキミを守ってやれそうもないからな…きっとプロフィアが守ってくれるんじゃないかって」
「そうそう、ジンさんヘタレだからさ、プロさんに守ってもらったほうが安心だよ♪」
「頑張ってる弟子が使ってくれるんだもの。プロちゃんだって喜んでくれるわよ」
「ヴァルさん…リオさん…ありがとうございます! ではっ!」
ジンから杖とブレスレットを受け取り、ブレスレットを左腕にはめ、杖を眺め、プロフィアを想い、胸に抱きしめるリエッセ。
すでに体力もマナも底をついているカイン。異形のモノが振り下ろした爪を剣で受け止めるが、堪えきれず膝が崩れる。身動きが取れないカインの無防備な背中目掛け、もう一体の異形のモノの鋭い爪が振り下ろされる。
「くそ…ここまで…か」
その時、真っ赤な闘気がカインの背後の異形のモノの腹部を貫き消滅させる。
「遅れてすまない」
右拳を突き出したジンがそう言う。
「アンタは! きてくれると思ってたぜ!!」
涙目でそう言うカイン。
魔法『テレポテーション』で瞬間移動し、両脇にリオとヴァルを抱えてカインたちの所へ現れたロイド。
「たのんだぜ! リオさん、ヴァル」
頷くリオとヴァル。
「いくよ! ヴァルちゃん!!」
頷くヴァル。手を取り合った二人は、宙へと舞い上がると、同時に僧侶の究極魔法を放つ。
激しく降り注ぐ流星が轟音とともに舞った砂煙が辺りを覆う。
視界が晴れると…異形のモノの姿は消えていた。
ハイタッチするリオとヴァル。
「あなたたちは?」
「アクアリンクというギルドのものだ。ともに戦おう。世界のために」
尋ねたキースに、そう返したジン。
「あなたが、カインが言っていた方ですね。ありがとうございます。これで我々は、まだ希望を捨てなくてすみます」
そう言ったキース。その時、空から声が響く。
『おそろいのようだな。希望? お前たちには絶望しか残されていないのだよ! もうすぐだ。もうすぐ儀式は完了する。そうすれば魔界の王たちが降臨することになるだろう。もう誰にも止められはしない。世界は一瞬のうちに地獄と化すだろう』
徐々に広がっていく空の穴。それとともに現れる異形のモノも増えていく…。
増え続ける敵、終わりのない戦いを続ける面々…やがて力尽き、そして…。
「メテオインパクトーーー!!」
マナを帯び、うっすらと光る杖先。一回転し、遠心力の加えられた杖の一撃が異形のモノの腹部に炸裂。まるで爆発音のような打撃音を響かせ、その威力で体がくの字に曲がり消滅する異形のモノ。
だか、その一撃ですべてを使い果たしたリエッセに、次から次へと沸いてくる異形のモノの攻撃をかわすことも受け止める力も無く…。
異形のモノが放った尾に弾かれたリエッセは、数メートル先の地面に叩きつけられる。
「あ…ああ………ご…めんな…さい…わたし…やくたたず…で……」
事切れるように、そっと目を閉じ、動かなくなるリエッセ…。
「リ…リエッセーーーっ!!」
こだまするジンの叫び声…。
つづく…