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三人目の勇者

 「今、ここに新たな勇者の誕生を祝福しよう!」


 王都ユグドラシル。その中央にそびえる城の玉座の間で、十七代目国王ガイウス・ユグドラシルが宣言した。そして手に持つ長剣を目の前で膝をついて頭を垂れている、まだ少女のあどけなさが残る女性へと差し出す。

 後ろで束ねている金色の髪は黄金を絹として仕立てたかのように美しく、女性をより際立たせている。今は胸元と篭手、すね宛の部分に防具を装備していて分かりづらいが、一般の男性並みの身長と女性としての美を削ることなく鍛え上げられた肉体は男女問わず魅了する。

 女性は両手で長剣を受け取り、ガイウス王へと礼をする。その動作一つ一つに洗練さが現れており、それを見守る者達は高揚する感情を無理やり抑えていた。


 「お主も既に知っているだろうが、アレクシアは今、未曾有の危機に瀕している。古来より我々と魔物の争いは絶えず続いていたが、我々が魔法を開発・会得してからは魔物達を押し返し、絶滅は出来なくとも北の僻地へと追いやることが出来た。

 しかし! 魔物の中で魔王と名乗る者が現れてからは戦況が変わった。ただ暴れるだけだった魔物が知恵を持ち、学習し始めた。戦い方を学んだのだ。希少ではあるが、中には魔法を操る魔物が現れる始末! 少しずつ蝕まれるユグドラシルの領土。そんな最中に現れたのが第一の勇者レイス・ヴォルドラ、第二の勇者ノト・キース、そしてお主よ」


 ガイウス王は愛娘を慈しむ様な目で女性を見た。面を上げよ、と彼は言う。ゆっくりと下がった頭が上がり、二人の視線が交差する。

彼の目に映る女性の目が真っ直ぐに突き刺さる。それは揺るぎの無い意思がそこに現れているようだった。


 「第三の勇者アニス・タスニアよ。ユグドラシルの為、アレクシアの為にその力、存分に振るいなさい」


 「この剣とユグドラシルに誓い、必ずや私達で魔物との争いを終わらせてみせます」


 ガイウス王に呼ばれた女性、アニス・タスニアは本心でガイウス王に伝え、彼も頷いて答えた。

 ガイウス王は首だけを隣に向け、微動だにせず直立して待機していた初老の男性を確認し頷く。すると男性はアニスへ発言した。


 「アニスよ、勇者として聞け! ここ王都ユグドラシルより北東の地にユミルという村がある。そこから更に北にある未開の森に意思を持つ魔物が住み着いたという情報が入った!」


 ガイウス王の側近である男性、ジーン・バルドロイが力強く叫ぶ。その声はアニスだけではない、現在玉座の間にいる全ての者に向けて放っていた。


 「カフカ・デカンダ、前へ!」


 「ハッ!」


 ジーンの言葉に反応し、騎士が一名その場から一歩前に出た。カフカ・デカンダと呼ばれた青年は敬礼の意を込め胸に手を当てている。その堂々とした様は、数々の戦場を生き抜いた事で裏づけされた自信なのだろうと強く感じとれる。


 「この者、カフカ・デカンダは対魔物戦の経験を豊富に積んだ部隊の隊長である。アニスはこれより部隊に配属し、ユミルの北の森へ向かい、魔物の討伐へ向かうのだ」


 「来るべき時、魔王討伐の部隊が整えられよう。その時までに多くの経験を積み重ね、より高みへと上ってほしい。魔王を討ち、かつ生還する為に」


 ジーンの言葉にガイウス王が続く。それを聞くアニスが姿勢を正し、胸に手を当てる。その姿は一本の樹を連想させるかのように揺ぎ無い。


 「では行け、アニスよ! アレクシアに平和をもたらす為に!」





 ガイウス王との謁見が終わると、アニスは部隊長のカフカと共に城を出る。城門を越えると荷馬車を引き連れた二人の騎士が迎え出た。


 「アニス。彼らは部隊の隊員で、これから共に遠征に向かう仲間になる。左からモーディ・グレン、シグ・アーノルドだ」


 カフカに紹介された騎士が一歩前に出て胸に手を当てる。全員既に武装も整えており、既に出発する準備が出来ていることがわかる。

 モーディ・グレンと呼ばれた青年は赤く染まった頭髪と鷹のように鋭い目をしている。真顔で敬礼する様は騎士らしいのだが、その表情は作っているのか素で真顔なのかはわからない、攻撃的な印象を受ける。耳には貴族の証として簡素なイヤリングをしている。

 シグ・アーノルドはアニス、カルカを含めた全員と比べても頭一つ分高い長身だ。それに反比例するかのように童顔で、柔和な雰囲気を出している。彼の体格を考えるとそれも天性のものなのだろう。清流を思わせる青い髪をしており、彼もモーディと同じくイヤリングを着けている。

 アニスは隣に立つカフカを見る。日に焼けた肌とそれ合わせるかのような茶髪。巨体かつ屈強な体格をしていて、腰に下げている騎士にのみ使用を許されている剣は他三人が持つそれよりも一回り大きい。彼もまたイヤリングをしている。この部隊は貴族のみで構成されているのかとアニスは考えた。


 「他に二人が先行してエミルの村に向かって調査をしている。計五人の部隊だ。しばらくの間、よろしく頼む」


 「こちらこそ、よろしくお願いします」


 アニスはカフカ、モーディ、シグと握手を交わす。


 「既に準備は整っています。すぐに出立しますか?」


 モーディがカフカに尋ねる。カウカは頷くが、そこにアニスは手を上げる。


 「済まない、出発の前に教会へ寄ってもいいだろうか。祈るだけなので時間はかけないつもりだ」


 「わかった。我々は先に北門へ向かうから、用が済んだら北門に来るように」


 モーディがじろりとアニスを睨むが、カフカが許可する言葉を聞いて視線を外して目を伏せる。アニスはカフカに一礼して教会に向かって歩き出した。





 教会は城に隣接して建てられている。素朴ではあるが精巧な作りの装飾が彫られた扉をくぐると、白を基調とした空間がアニスを迎えた。木製の長椅子が並べられ、奥に備えられている祭壇の前に立っている神父が柔和な笑みを浮かべている。アニスも笑みを浮かべて一礼すると、神父の前まで歩み寄った。


 「おはようございます、アニス。早朝から王との謁見があったそうですね」


 「おはようございます、神父様。謁見は終わりましたが、これから遠征に向かうので出発前に寄らせて頂きました」


 「それは良い心がけです。神も世界樹を通して貴方を見守っておいででしょう」


 神父が半身を引いて祭壇の前を空ける。アニスはそこを通り祭壇の前に立つと、腰に帯びていた剣を祭壇に向けないよう細心の注意を払いながら外し、足元に置く。そして膝を着き、両手を合わせて胸元で握り締め、祈りを捧げる。

 数分の後、アニスは顔を上げて立ち上がると祭壇へ向けて手を伸ばす。そこにあるのは巨大な木の根だった。それは世界樹の根であり、祭壇はそれに飾られているだけのような物である。アニスは伸ばした手を世界樹の根に添えると、再び祈るように目を閉じた。

 アニスは、世界樹の根がアニスに反応したかのように脈打つのを感じている。それに喜びと感謝を捧げているアニスにも呼応するかのように変化があった。金色の髪がさらに輝いているのだ。目が眩むような光でありながら、まるで包まれているかのような温もりに、それを横で見ている神父には優しい太陽のようだと感じられた。

 この現象はすぐに収まり、世界樹の根に添えた手を離しながらアニスは目を開ける。そのまま一歩下がり一礼すると、横に立つ神父にも頭を下げた。


 「もうご出立になるのですか?」


 「はい。次に帰ってくるのは約半月後になります」


 「そうですか。それでは私はここから遠征に赴く皆様の無事をお祈りしております」


 「ありがとうございます。皆も喜ぶでしょう」


 アニスはもう一度神父へ一礼を行い、置いた剣を持って教会の出入り口から外へと出る。その後姿を、神父が頭を下げたまま見送った。





 「お待たせした。申し訳ない」


 「何、そんなに時間は経っていないから問題ない」


 アニスは北門で待つ部隊員達と合流した。それなりに駆け足で北門へと急いだが、息を乱すことも無く堂々としている。アニスに答えたのはカフカのみで、他の隊員はアニスの姿を確認してすぐに出発の準備に取り掛かっていた。


 「よし。それでは出発だ!」


 準備万端であることの再確認が終わり、カフカが旅立ちを告げる。カフカが荷馬車の馬のたずなを引き、それを囲むように部隊が陣形を組む。

 北門をくぐった時、アニスに何ともいえない緊張が走る。それを落ち着ける為にアニスは胸に手を当て、一つ深呼吸を行う。緊張がある程度ほぐれたところで、彼女はふと振り返る。アニスが見るのは門から民間の建物が立ち並ぶ商店街を抜けたさらに先、見上げるようにそびえ立つ城のさらに先。

 それはこの国、ユグドラシルの中央に位置している。王城はそれを囲むように建設されているのだ。

 その中央にあるものは、王城よりも遥かに巨大な樹。世界樹と呼ばれる、この国名の由来にもなった樹。

 ユグドラシル。神がこの世界を創造した際に植えたと言われている樹。

 アニスはそれを見つめながら心中で問う。


 ――ユグドラシルよ。神よ。何故、魔物という存在を産み落としたのですか。


第一話のくせに登場人物が多すぎた気がします。

今のところは後半に登場した騎士を意識するだけで大丈夫です。

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