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先輩と私  作者: 柊さん
ロシアンたこ焼きの怪
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ロシアンたこ焼きの怪(2)

 国道沿いにあるカラオケ店は近隣の高校生たちの溜まり場になっていて、今日もカウンターには制服姿の集団が携帯をいじったり、お喋りをしたりしながら順番を待っていました。

 私たちが頼んだのは、二時間パックの飲み放題付き。二階にある五人ではちょっと持て余すくらいの広さの部屋をあてがわれました。

「ほーい、飲み物おまたせー」

 器用に五人分のグラスをトレーに載せて、まりちゃんが部屋に戻ってきました。まりちゃんはみんなのお姉さん的なポジションで、大抵こういう役目を買って出てくれます。

「順番に渡すからねー」

 まりちゃんはグラスの一つを手に取りました。

「紅茶の炭酸割りの人ー?」

「はい、はい」と私はグラスを受け取ります。

「あんた、相変わらずおかしな飲み方するね」

 カラオケの端末から顔を上げて、ゆりぽんがひょいと肩を竦めました。

「いいでしょ、炭酸飲みたいけど、シュワシュワがきついのは苦手なんだから」

「お子様ね」

 むうっと頬を膨らませてみせますが、ゆりぽんはまりちゃんからコーヒーのカップを受け取っていて私の方をもう見ていませんでした。

「じゃあ次、カルピスの人ー?」

「あ、それ、あたし」

 手を挙げたのはみなみんです。ふんわりウェーブのかかった髪とどこか浮き世離れした緩やかな雰囲気をもった子で、カルピスというチョイスは彼女のイメージぴったりです。

「最後のコーラはあゆっちね」

 あゆっちはいじっていた携帯をポケットにしまうと、まりちゃんからグラスを受け取りました。

「ん、あんがとー」

 トレーに残ったウーロン茶をまりちゃんが取って席に着いたところで、早くも一曲目のイントロが流れ始めました。ちょうど一年前くらいに流行ったアイドルグループの歌です。私もはまって、よく真似をしていました。懐かしい思い出です。にしても、はて誰が歌うのだろうと思っていると、私の目の前にマイクが回ってきました。

「トップバッターはやっぱり主役でしょ」

 ゆりぽんがにやけ顔で言います。

「へ、ちょ、え、私?」

 さらにあゆっちが乗っかってきます。

「ここは主賓がびしっと決めないと」

 いやいや、主賓っていうのはもっと歓待される側ではないでしょうか。確かに普段は自ら盛り上げ役になったりもしますけど、こういう時くらいどっかりソファに座ってみんなの歌を聴きながら紅茶の炭酸割りを飲んだりしていたいです。

 しかし、ここで予想外の一撃が。

「知ってるよー、振り付け完璧に覚えてるでしょ? 練習してたもんねー」

「んな、なぜそれをっ!?」

 誰も来ない屋上貯水棟の影に隠れて踊っていたのに、みなみんにばれてたなんて。思わぬ伏兵です。

 こうなるともう流れは決まったようなものです。やんややんやの喝采に迎えられて、くるくる回るミラーボールの下に誘導させられます。

 色とりどりの光に照らされたセンターステージ。そこに立つ私。

 ……まあ、気分は悪くありません。歌が始まります。こうなったら私が磨きに磨いてきたダンステクをお披露目しちゃおうではありませんか。



 ……もうこれで何曲目でしょうか。最後の歌詞を歌い終えると、ソファに腰を下ろして紅茶の炭酸割りで喉を潤しました。

 その間にゆりぽんが曲のアウトロを中断して、次の曲を入れようとしています。

 目を移すと、あゆっちがソファ一つを占領して寝転んだままファッション雑誌を読んでいました。足をぶらぶら、頼んだポテトチップスをぽりぽり。もう完全にくつろいじゃってます。

「暗いのによく読めるね」

「わたし、夜目が利くんだー」

「ていうか、スカートの中、見えちゃってるよ?」

 足が動く度にスカートの裾がめくれて、ちらちらと……。花も恥じらう女子高生だというのに。しかしあゆっちは雑誌を見入ったまま、ひらひらと手を振りました。

「へいき、へいき。どうせ女しかいないんだからさ」

 あゆっちは中学が女子校だったのもあって、なんというか仕草が大胆です。夏ともなれば教室で「あついあつい」と言いながら平気でスカートをばたばたさせますし。むしろ男子の方がどう反応していいのか、困っているくらいです。

「あ、その服、かわいー」

 チーズケーキ片手にみなみんがひょいっと割り込んできました。

「じゃあ、今度一緒に買い物行く?」

 あゆっちの提案に、みなみんが嬉しそうに頷きました。

「うん、いくいくー」

 そうこうしている間に、ゆりぽんの入れた曲が始まりました。手近に転がっていたタンバリンを掴んで合いの手を入れます。まりちゃんもグラスに残った氷をガリガリ噛み砕きながら、手拍子してくれます。

 実は私、カラオケで誰かが歌っている時が一番苦手です。人が一生懸命歌っている横で、次なににしようかなー、と冊子を広げているのは悪いような気がして、一緒に盛り上げなきゃと思ってしまうのです。そんな感じだから、私以外の人達が思い思いの事をしていると、なんだかそわそわしてしまいます。

 曲が終わり、さてお次ぎは誰かな、と何の気なしに辺りを見回していると、不意に部屋のドアが開き、無愛想な感じの男の店員さんが入ってきました。

「ご注文のロシアンたこ焼きをお持ちしました」

 船形のお皿に載ったたこ焼きが五つ、テーブルに置かれます。

「まってました!」

 勢いよく、あゆっちが飛び起きました。

「いつの間に頼んだの?」

 私が訊いたのに、あゆっちは割り箸を割りながら答えました。

「さっき飲み物を取りに行ったとき、ついでに」

「で、当然『ロシアン』とつくわけだから、何か入ってるんでしょ?」

「一個だけ激苦センブリ茶入り」

「そこは激辛じゃないの!?」

「それじゃあ普通過ぎて面白くないじゃん」

 辛すぎても食べられるから、まだましなのに。苦いたこ焼きって、それほどの苦さじゃなくっても、あまり食べたくないよ?

「ほらほら、さっさと選ぶ」

「待って待って、もっとじっくり選ばせてよ」

 とは言うものの、ソースにかつお節、青のり、さらにはマヨネーズまでかかっていて、外見や匂いからでは全く判別がつきそうにありません。私は慎重に選ぶ振りをして、その実適当に真ん中の一つをお皿に取りました。

「ところでさ、こういうのって、主賓には当たらないように配慮するものじゃないの?」

「なに言ってんの」

 あゆっちがあっけらかんした調子で続けます。

「それは当たりなんだから、めでたいってことでしょ」

「じゃあ、普通の味だったら?」

「それはそれで、苦くなくってよかったね、ってことでいいじゃない」

「全然お祝いする気がないよね!?」

 たこ焼きが全員の元に行き渡ったのを見てとって、あゆっちが音頭をとります。

「みんな、一口で食べてよ。ちょっとずつ確認しながらとか、無しだからね」

 はーい、と全員が目の前のたこ焼きを見つめながら返事をしました。

「じゃあ、いくよー。せーの……」

 ぱくっ、とたこ焼きを口に放り込みます。熱っ! はふはふ言いながら口の中で冷ましていき、何とか食べられるくらいになったところで、一息に噛み付きます。外側のかりっとした食感に続いて、内側からは出汁の味の利いた中身がクリームのように流れ出してきます。これがまたソースやマヨネーズ、かつお節、青のりなどと絡まって、思わず唸ってしまうくらいにおいしいです。

 そこでようやく自分のたこ焼きが外れ―――この場合、外れと呼んでいいものか分からないけど―――なのに気が付きました。ああ、よかった。安心して味わえます。にしても、激苦センブリ茶入りたこ焼きなんて、一体誰が考えたんでしょう。狂気の沙汰としか思えません。そして、私以外の誰かにその狂気の産物が行き渡ったかと思うと……。

「?」

 私は口をもぐもぐ動かしながら、首を傾げました。激苦たこ焼きなんて、食べた瞬間にそれと分かるだろうに、誰一人として叫ぶとか悶絶するとか転げ回るとか、そういった反応をしていないのです。

 ごくんとたこ焼きを飲み下してゆりぽんが私たちを見渡しました。

「当たった人は?」

「私じゃないよ」とあゆっち。

 これにみなみんも続いて、首を振りました。

「あたしも違うー」

「じゃあ、まりちゃん?」

「いや、別に普通な感じだったけど?」

「ということは……」

 全員の視線が私に集まりました。

 しかし私の食べたたこ焼きはごく普通のおいしいたこ焼きでしたから、当然頭を振ります。

「ちがうちがう。私のは苦くなかったって」

「変に隠さなくてもいいのに」

「ほんとだってば」

 カラオケの筐体から流れるにぎやかなコマーシャルソング。私たちは互いに視線を合わせて、それからほとんど同時に同じことを口にしました。

「一体、どういうことなの?」

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