狼投猛謝。
初めての魔法で火炎ライターを放ってから三日、シャルと二人街に向けて足を進めた。
この三日間はこれといったこともなく、無事に進んだ。
俺の魔法は、先に器を作ってから発現させる方法でなら上手く制御できるようになった。
魔力を込めてから発現させるほうは危険すぎるので、相変わらず街に着いてからという方針のまま封印中だ。
属性はシャルに教えてもらった火と水、風を使って練習している。
そんな感じで歩いていた三日目の昼過ぎ。
「あ、あれ!ミナギ、森の出口が見えてきましたよ!」
「お、本当だ。思ったより早く出られそうだな」
シャルが指差したほうを見ると、森が途切れて日が差しているのがチラチラ見えている。
隣にいたはずのシャルはいつの間にか駆け出し、先のほうで『早く早く!』と手を振っている。
シャルに促され、駆け足で追いついて隣を並走する。
そのまま二人で森を抜け切ると、日差しの眩しさに思わず目を細めながら辺りを見る。
そこには森に沿うように北と南に街道が続いていて、さらにその向こう側には何もない草原が果てしなく広がっていた。
この街道を北に進めば目的の街オスミュートに辿り着くはずである。
「やっと森を抜けましたね!」
「本当、やっと抜けられたね。しかし何もないところに出たな」
「そうですね。でも綺麗な景色だと思います」
たしかに、元の世界でもなかなか見られる景色ではないな。
地平線まで草原しか見えないし、天気も雲ひとつない快晴と、ピクニックするなら最高の状況だろう。
魔物さえ出なければ!。
そう、この草原、魔物が出るそうです。
シャル曰く、『街で冒険者に依頼をだして定期的に討伐されていますが、街道まで出てくることがあるそうなので気を付けて進みましょう。』だそうです。
ということで、のんびりピクニックなんて出来ないので、先を急ぐことにする。
「ま、景色は歩きながら楽しむとして、街を目指そうか」
「はい。昨日説明しましたが、魔物には気をつけて進みましょう」
シャルから二度目の注意を受けながら、俺たちは街道を北に歩き始めた。
30分後。
今にして思えば、あれはフラグだったのだろう。
なんというか、こう「押すなよ、絶対押すなよ!」的な感じの。
そう、今俺とシャルの前には、馬鹿でかいイノシシに似た魔物が、鼻息荒く立ちはだかっていた。
事の発端は、街道の真ん中で南向き(オスミュートとは反対方向)に停車する馬車を発見したところからだった。
「なんか様子が変だな」
「何かあったのでしょうか?」
御者は暴れる馬車馬を制御しようと必死になっており、その様子を不安そうに見守る馬車の乗客、そして馬車の周囲を警戒する人が一人いた。
「行ってみようか」
「・・・はい」
フードを被り直したシャルの返事を聞き、馬車に向かって走りだした。
そこまで離れていなかった距離を駆け抜けて、馬車まで到達する。
とりあえず、誰かに話を聞かなきゃな。
でも、みんな混乱してるみたいだし・・・、あの人が一番冷静そうかな?。
馬車の周囲を警戒していた男に当たりを付けて、事情を聞きに歩み寄った。
「あの、何かあったんですか?」
「む、旅のものか?」
一瞬だけ海凪に視線を移して、警戒したまま男は答えた。
「えぇ、まぁ」
「そうか。すぐにここから離れたほうがいい。どうやら近くに魔物がいるみたいだからな」
シャルの立てたフラグを見事に回収!。
「魔物がいるのが分かるんですか?」
「あぁ、これでも冒険者だからな。馬が走ってる途中に暴れだしたんだ、ほかに理由が見当たらねぇ」
なるほど、それで暴れてるのか。
しかし、どうしたものか。
このまま逃げるのは後味が悪いし、かといってこっちにはシャルがいるから人前での戦闘は避けたいところだしなぁ。
それに、この世界の魔物についても森で出会った兎程度しか知らない訳だし、ドラゴンなんて出たときには目も当てられない・・・、いるのかは知らんが。
「ちなみに、魔物ってどれくらいの魔物か分かりますか?」
「さぁな。見たわけではないからなんとも言えんが、馬が暴れるくらいだからな、それなりだろうよ」
それなりって・・・。
逃げたほうがよさそうだな・・・。
「おい!いけそうだぞ!あんたらも早く乗りな!!」
そんなことを考えていたときだった、御者の男から声がかかった。
馬車馬を制御できたようだ。
「あぁ、俺はここで降りる。あんたらはどうするんだ?」
冒険者の男が聞いてきた。
「俺たちもいい・・・よねシャル?」
「・・・うん」
一応シャルにも聞いておく。
「・・・そうか。俺たちは残る、出してくれ!」
シャルの返事を聞いた冒険者の男が、御者の男に声を掛けた。
すると馬車は直ぐにでも離れようと、どんどんと加速して小さくなっていく。
「さて・・・、あんたらも逃げたほうが良い」
「うーん・・・、どうしようかシャル?」
「えっ、あ、私は大丈夫です!」
何が大丈夫なんだろう・・・、まぁ残っても良いということで受け取っておこう。
「そういうことなので、残ります」
「なっ、正気か!?」
「えぇ、至って正気ですよ」
「どうなっても知らんぞ?」
「構いませんよ。それにもう遅いみたいですし」
「・・・だな」
ここから30mほど離れた草原に、こちらを見据えて今にも突進してきそうな雰囲気の、巨大な身体に巨大な牙を持つイノシシが立っていた。
「これまた厄介なのが出てきたな」
「強いんですか?」
冒険者の男の呟きに俺が問いかける。
「あぁ。見た目通りの破壊力に、かなりの防御力だ。皮が厚すぎて、俺の剣じゃ傷一つ付けるのもやっとかもな」
「弱点とかないんですか?」
「魔法や魔術ならダメージは通るが、それでも大人数で討伐するような魔物だ、さすがに厳しいかもしれん」
この魔物に対して三人じゃ火力不足らしい。
正直なところ魔法の火力に関してはどうにかなりそうな気はするが、現状ではあまり人前で使いたくないところだ。
「来るぞ!」
そうこうしている間に、イノシシの魔物はこちらに向かって来ようとしていた。
「シャルはなるべく距離を取って魔法で攻撃して」
「分かりました」
「前衛は俺が引き受ける、二人とも無理はするなよ」
「はい。お願いします」
シャルは後衛、冒険者の男は前衛、俺が中衛と割り振り、突進してくる魔物に駆け出していく。
魔物との距離が一気に縮まり、ファーストコンタクトを冒険者の男が往なす。
そこで魔物を横から、俺が脇差で切りつける。
「思ったより硬いな・・・」
たしかに傷一つ付いていなかった。
冒険者の男が引き付けている間に俺が脇差で、シャルが魔法で攻撃を加えていく。
しかし、ほとんどダメージを与えられることなく、時間だけが過ぎていく。
「これじゃあジリ貧だな・・・」
「たしかに、ヤべー、なっ!」
俺の呟きに、冒険者の男が魔物を切りつけながら器用に返してきた。
この人、結構余裕ありそうだな・・・。
魔物の攻撃を避けながら反撃もしているし、それでも疲れた様子もないし。
意外と強いのか?。
それでも魔物に決定的なダメージを負わせられることなく、お互いに体力だけを消耗していった。
そんな中、最初に脱落したのはシャルだった。
「はぁ・・はぁ、ミナギ・・・魔力が、限界、かも・・・です」
「分かった、少し離れて休んでて」
視界の端でシャルを確認しながら、魔物を切りつける。
とうとう厳しくなってきたなぁ、と俺が考え始めていた時だった。
冒険者の男が魔物から少し距離を取って停止した。
「さすがに、本気を出すかね」
え?、本気じゃなかったんですか・・・?。
たしかに余裕はありそうでしたが・・・、変身でもする気か?。
海凪が心の中で突っ込んでいる間に冒険者の男は、全身から放出するように魔力を纏っていく。
すると、くすんだ黄色だった髪の毛は、見る見るうちに輝くような金色になり肩の下まで伸びていった。
変化はそれだけではなく、全身にも髪と同じ金色の体毛がびっしりと伸びて顔までもを覆いつくし、手足の爪は鋭く尖り、頭の上には耳、尾てい骨の辺りにはふさふさの尻尾が生えてきた。
そして何よりも変化したのは、顔。
顔付きそのものが変化して、見た目・・・狼になったのだ。
うわー、本当に変身したよ・・・。
あれ狼だよな、つまり獣人ってことか?。
「あまり人前で使いたくはなかったんだけど、この際仕方ない。こい魔物!叩き潰してくれる!!」
言葉を理解したのか、魔物は冒険者の獣人に突進していく。
しかしその突進を獣人は片手で止めて、魔物の眉間目掛けて掌底を打ち放つ。
それを受けた魔物は、後退するように数歩よろめいて立ち止まった。
その隙を逃さずに獣人は魔物の側面に回りこみ、打撃を放つ。
「でりゃあぁぁぁ!」
重いものが衝突した様な音を残して、魔物が宙を舞う。
実際に見たことはないが、トラックが吹っ飛んだらあんな感じなのだろう。
離れたところに着弾した魔物は、その攻撃を受けても尚立ち上がった。
その攻撃は見事と言う他なかったが、しかし。
落ちた場所が最悪だった。
「なっ、不味い!」
「きゃっ・・・」
そう、休んでいたシャルのすぐ傍に飛んでいったのだ。
「くそっ、俺としたことが・・・」
そう呟いて冒険者の獣人は、ものすごい勢いで駆け出すが距離が離れすぎているため、まだ半分ほども到達できていない。
一方で魔物は体制を立て直して、シャルを見据えている。
「間に合えー!」
獣人が叫びながら加速していく。
しかし、魔物は攻撃態勢に入っていた。
「いやっ・・・こないで!」
シャルは腰が抜けてしまったのか、女の子座りのまま後退る。
そんな中俺は、シャルと魔物がいる方向とは違う方へ駆けていた。
一応言っておくけど、逃げてる訳じゃないですから!。
ただ、今からやる事は一直線上にシャルと獣人さんがいると出来ないので、移動していただけなんです。
そうです、『あれ』をやるんです!。
ギリギリか・・・!。
魔力を意識して指先に流す。
イメージを固めて・・・。
焦るな、冷静になれ。
よし、行ける!。
間に合うか・・・?。
いや、間に合え!!。
「っいっけえぇぇぇ!!」
流せるだけ魔力を流した火炎ライターは、直線上にあった草をも巻き込みながら、魔物に向かって真っ直ぐに突き進んだ。
対流に負けない勢いで進んだ炎は、シャルに魔物の牙が迫り、当たるかと思われた直前に到達し、そのままの勢いで魔物を貫いてさらにその先へと伸びていった。
五秒くらいだっただろうか。
炎が魔物を貫いていた間、シャルは何が起きたのか理解できずに魔物を見て放心していた。
冒険者の獣人はゆっくりと立ち止まり、ただただ目を見開いていた。
海凪が魔力の転換をやめたことで、炎は消散し魔物は音を立てて横様に倒れる。
まだ状況が飲み込めていないシャルを余所に、駆け寄る海凪。
「大丈夫っ?怪我してない?」
「・・・え、あっ、うん。だ、大丈夫です!」
「はぁ、間に合って良かった~」
間一髪のところでシャルを助けられた海凪は、安堵のため息をもらした。
「二人とも」
「へ?・・・あっ」
声を掛けられて後ろを振り向くと、安心したことでスッカリと存在を忘れていた冒険者の獣人さんが立っていた。
すると彼は突然。
「すまなかった!不注意とはいえ、こんな所に飛ばしてしまって危うく大事になるところだった。本当にすまんっ」
と、猛烈に謝られてしまった。
まぁ助けられたから良かったものの、たしかにあれは危なかった。
「い、いえ!こうして大丈夫だったわけですし・・・」
「本当にすまなかった」
平謝りな獣人さんにシャルは手を振って、大丈夫ですからとアピールをしている。
ふむ。
いいこと思いついた!。
「許しません」
「え?ミ、ミナギ?」
数瞬の沈黙の後、海凪は続ける。
「罰としてお願いが一つあります」
「あ、あぁ。俺に出来ることなら何でも言ってくれ」
一瞬だけ戸惑ったが、獣人さんは首を縦に振った。
「オスミュートの街を案内して下さい!」
「・・・え?そ、それだけでいいのか?」
「嫌なんですか?」
「そういうわけではないんだが・・・」
「じゃ、決まりですね!シャルいいよね?」
「は、はい!」
そうしてここに、人間、エルフ、狼?のパーティーが結成されたのであった。
かなり間が空いてしまって申し訳ありません。
うまく書けてるか自信ありません。
変なところありましたら、報告くださいませ。