エピローグ 自宅警備員やってます
エルザと雌雄が決してから一か月ほどが経過した、ある日曜日の昼下がり。その出来事は突然起きた。
自室でテレビを見ていたら、ドアがノックされたのだ。
「兄さん。夏葵さんがみえました」
「夏葵が?」
ドア越しに聞こえてくる有栖の言葉に首を傾げたのもつかの間。はて、約束でもしていたかと記憶を遡っていると、ドアが開けられ、夏葵が姿を現した。
「やった、やったよ衛!」
そして部屋に侵入してくるなり飛びついてきた。
「――お、おい! 何がどうしたんだよ」
「さっき連絡があって、正式に成立したの」
「成立って……あぁ」
そこで、ようやく夏葵がこれだけはしゃいでる原因を特定できた。あの翌日には、夏葵自身の口から報告を受けてたしな。
つまりはまぁ、枢木夏葵改め斉藤夏葵になったという事だろう。
「けど、思ったよりも早かったな。二か月はかかるかもって話だったのに」
「なんか、調査が普通よりも早く切り上げられて」
と、そんな時だった。
せっさくのおめでたい瞬間をぶち壊すかのように、世界が灰色へと“アイツ”の狩場へと変貌を遂げた。
「まったく。良くもまぁ毎日毎日」
「酷い言いぐさ。俺だけを見てろっていたのは、他でもないキミじゃない」
「だからって、毎日力を奪いに来ていいとは言ってねぇぞ」
深々と嘆息する俺をよそに、アイツ……エルザ・アーレンはドアから堂々と姿を現した。傍らにオオカミ型のグリードを携えて。
「早速だけど、今日こそ貰うね。キミの力」
「いい加減しつこいよ、エルザ」
グリードが俺達へと飛びかかる寸前。すくっと立ちあがった夏葵が、凍えるような視線をエルザに浴びせた。
「私から家族を奪おうっていうつもりなの?」
「そうだね。でも、安心していいよ。衛を食べたら、キミも食べてあげるから」
「やらせないよ。衛は私のだから、アンタには渡さない」
「キミ、それは間違いよ。衛は誰でもない、アタシの物よ」
バチバチと、二人の少女の間で火花が散る。
けれど、なぜだろう。二人の張り合い方に違和感を覚えるのは。
「あんまりしつこいと実力排除するよ?」
「こっちも予定変更。先に食べてあげる」
そして不意に幕の上がった夏葵とエルザの戦い。周りを気にしない、全力同士のぶつかり合い。そう、例えば夏葵の蹴りでドアが吹き飛んだり、グリードの攻撃で床に爪痕が出来たりしてもお構いなし。
広がる惨状。
うん。これは何というか文字通り自宅警備員として看過できない事態だな。
「お前ら、家を壊す気か!」
創剣を携え、二人を止めに入る。
俺、伊江衛。高校生……ときどき自宅警備員やってます。
<完>