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高校生ときどき自宅警備員  作者: 高町 湊
5/7

家族

「お前――もしかして」

 そう口にして顔をあげると、仮面の口元が苦虫を噛んだ。

 認めたくはない。けれど何よりも、仮面の反応が如実に物語っていた。俺の予想が外れていないことを。

「どうして、どうしてお前が」

 呼びかける。すると、仮面の手が自身の顔を覆っているそれに伸び――

「答えろよ、夏葵!」

 その素顔を、見慣れた幼馴染の素顔をあらわにした。

 けれどその表情を目にして、俺ははっと息を飲み込んだ。いつもは夏の日差しのように輝く笑みを浮かべているその顔に浮かんでいるのは、感情のない氷だ。

 まるで、俺を襲っていることを何とも思っていないと言いたげに。

 思わずたじろぎ、一歩下がろうとした時だ。

「呪言……捕縛」

 夏葵が呟いたのと同時、足がぴたりと止まってしまった。しかも足だけじゃない。手も首も、全てが全く動かねぇ!

 そうしている間に、一歩ずつ近づいてくる夏葵。そして間合いに入ったところで――

「……くっ。なつ、き」

 上段回し蹴りが、俺の首筋に叩き込まれた。

 さっきまでの木を粉砕するような威力はないにしても、一般女子のそれとはかけ離れた威力に視界がぶれる。しかし身動きが取れず棒立ち状態のまま。

 そこから先はまさしくサンドバックだった。

 繰り出される蹴り技の雨。それを受けながら、こんなことなら普段から蹴りを受けて態勢をつけておくべきだったか、なんてことを自嘲気味に考えた。

 果たしてどれだけの時間そうなっていただろうか。ついに俺はその場に膝をついた。

 両手をついて、どうにか意識をつなぎとめようとする。と、右足を高々と上げた夏葵の姿が俺の視界に映った。

「終わりよ、衛」

 思考よりも先に感覚が理解する。今から放たれようとしているものが、俺に対してのトドメの一撃になるものだと。

 逃げなきゃ!

 そう思うも、蓄積されたダメージによって体は自由に動かず。覚悟を決めて強く目をつぶる。

 けれど、異変はすぐに起きた。

「――あれ?」

 いつまで経っても、必殺の一撃による衝撃がやってこないのだ。

 不審に思い目をうっすらと開く。すると、眼前で予想外の事態が起きていた。

「どう……して。力の使い過ぎなの?」

 すぐ眼前まで迫っていたはずの夏葵が、後退し、苦しげに胸を押さえているのだ。

 事態を把握できずに数回瞬き。が、一つ確かなのは戦うにしろ逃げるにしろ、今が絶好のチャンスということだ。

 そう思い立ちあがろうとした時だ。上手く左足に力が入らず、ジャリッという砂音を立ててしまった。そのせいで夏葵の視線がこちらに。

「夏葵……」

 呼びかけるも、しかし反応はなし。

 ここで悲しげな顔でもしてくれれば、何か理由があるのかと、そう思うこともできるだろう。仕方なく戦っているのか、と。

 けれど俺に向けられたのは、まるで骨の芯から震えるような、絶対零度の視線。

「衛のせいだよ」

「――え?」

「衛だけが幸せになるから。だから不幸にしてあげる」

 それだけ口にし、くるっと反転。人間業とは思えない跳躍を披露し、近くにあった木に飛び移ると、そのまま木の上を移動してどこかへ行ってしまった。

 そして対する俺はというと。

「やべ、限界かも」

 ばたりとその場に倒れた。

 夏葵を追わなくちゃいけないのに、意識まで朦朧としてきた。それでもどうにかしようと、這ってでも動こうとする。けれど一歩動くたびに、体力が消耗されて。

 そして。

「――ミ。大丈――」

 どこかで人の声を聴きながら、俺は意識を手放した。



 両親が殺され、世界にたった独りぼっちになってしまってすぐのころ、俺は何に対しても心を閉ざしていた。

 そんなある日だ。宿木の近くにある公園で一人ブランコに乗っていた俺の前に、一人の女の子が現れたのは。

「ねぇ。どうしてこんなところにいるの? 戻ってみんなと遊ぼ」

「誰、お前」

「誰って……ひどいなぁ」

 女の子はそう口にし、ブランコをこぐのをやめた俺に、右手を差し伸べてきた。

「私は枢木夏葵。宿木に住む、あなたの新しい家族よ」

「家族――」

 その言葉に、向けられた夏の日差しのような笑みに、俺は女の子の手を取ろうとする。けれどその瞬間だった。小学生ぐらいだった女の子の小さな手が、急に大きくなったのは。

 何事かと顔を上げる。すると、俺も女の子――夏葵も、今の高校生の姿になっていた。

「そう、家族。でも」

 語気を強めた夏葵が、ぐいっと顔を寄せてきた。

「衛は私を裏切った。“また”私が捨てられるのに、自分だけ新しい家族と楽しそうに」

 きっと吊り上げられたその両目に浮かぶのは、強い怨嗟と羨望。

「許さない。絶対に――許さない」

 そんな。俺は裏切ってなんか。

 夏葵……夏葵ッ!


 

「夏葵ッ!」

「兄さん!?」

 パッと目を見開いた俺の眼前に飛び込んできたのは、心配げに俺の顔を覗き込んでいる有栖の姿だった。

 あれ……ここは。

 辺りを見渡し、俺はようやく自分の置かれている状況を徐々に理解し始めてきた。

 ここが俺の自室で、そしてベッドで横になっていると。 

 手をついて起き上がろうとする。すると、全身に鋭い痛み。思わず呻き声をあげてその場に倒れ込んだ。

「ちょと、兄さん。大丈夫ですか?」

「おー平気平気」

 無理に笑みを浮かべ、我が妹にそう返す。そうしている間に俺はほぼ完全に状況を思い出した。

 そうだ。学校で夏葵に襲われて、それで負けて気を失って。

「兄さん、いったい何があったんですか? あの泥棒猫が兄さんを担いで戻ってきたときはビックリしたんですから」

「泥棒猫て」

 意識を失う直前に聞いた声も踏まえてエルザのことだろうが、はてさてどう説明したものか。まさか包み隠さず話すわけにもいかないし。

「えっと、雨で滑って転んだ?」

「何で疑問形なんですか」

 とっさに自分の口をついて出た言い訳にデスヨネと苦笑い。

 しかし、これは本当に困った。ぐいっと身を乗り出して覗き込んでくる有栖の瞳を見る限り、中途半端な言い訳は通用しなさそうだし。

 もうこれは、ホントのことを言ったほうが……。

 そう思い、俺が口を開きかけた時だった。

「ハローマモル。ちゃんと生きてる? エッチなナースの回診ですよ」

 バンッとドアが開き、エルザが姿を現した。

 胸元のはだけたナース服を身に着けたエルザが、だ。

「「――は?」」

 思わず目が点になる俺達。しかしエルザはそんなことはお構いなし。ずかずかと部屋に入ってくると、呆気にとられている有栖の腕を掴んだ。

「はいはい。それでは治療するから部外者は出てってくださいね」

「え、ちょ、ちょと」

「それとも一緒に、三人でシタいのかな? 見かけによらず――」

「な、違います! ていうか何を」

「じゃあ大人しく出てようね~」

 バタン。

 無理やり有栖を部屋の外へ押しやり、ドアを閉める。

「さて。それじゃあマモル。ナツキのことだけれど」

 くるっと反転してこちらに向き直ったエルザが、真面目な顔でそう切り出す。素晴らしい切り替えの速さだな。

「まずは確認。キミをやったのは、ナツキ・クルルギで間違いない?」

 向けられる真摯な視線に胸が痛くなるのを感じながら、しかし俺はしっかりと頷き返す。

「認めたくは、ないけどな」

 って……ん? 何かおかしい気がするが。

 エルザはベッドの隣にある勉強机の椅子へ。

「でも大したものね。正直今のキミはディザイアとしてかなりのレベルまで成長しているのに、それをこうして下すなんて。どんな手を使ってきたのかしら」

「どんな手って……」

 言われ、俺は言葉に詰まった。そもそも夏葵のあの力は何だったんだろうか。

 夏葵が起こしたことは。

 ①ダメージの反射

 ②動けなくなる

 ③常人離れした蹴りの威力

 とてもではないが、性質がバラバラすぎて一つの能力とは思えないのだが。

「エルザ。一つ質問だけど、ディザイアの力って一人につき一つだけだよな?」

「基本はそうだけど。どうかした?」

「それが――」

 夏葵が使ったと思われる能力をエルザに伝える。するとエルザの顔がどんどん険しくなり。

「複数の特性を持った能力か」

 口元に手をやって呟く。恐らく、彼女にとっても今回のようなことは初めてなのだろう。

 やがて何かしら考えていたようだが、顔を上げ――

「一つ考えられるのが、その三つの能力が、何か一つの大本となっている能力を流用して発生させられたということね」

「って言うと?」

「例えば、対象に効果を付加させるとか、もしくは強制的に支配するとか」 

 エルザの説明になるほどと得心する。

 もし本当に「強制的に支配する」などの力だとすれば、相当厄介ではないか? 自害するように仕向けられでもしたら一発でアウトだ。そうでなくても、攻撃が当たらないようにされても厳しいだろう。

 そう俺が危惧していると、しかしエルザは全く反対のことを語りだした。

「キミ、必要以上に心配しない。予想通りだとすると確かに強大な力だけれど、話を聞く限り、穴も随分と多いみたいだから」

「穴?」

 少なくとも俺にはそんなもの感じられなかったが――

「まず第一に、能力の同時使用が出来ない点ね。例えば自分の攻撃力をあげている時は、相手の動きを封じることが出来ないとかね」

 言われ思い出す。

 夏葵からの最後の攻撃。トドメと思われた踵落しの寸前、それまで指一本動かなかったのに、膝から崩れ落ちてしまった。

 つまりはその瞬間、拘束から逃れていたってことになる。

 俺が納得したのを見届けると、エルザは二本目の指を立てた。

「第二に、能力の使用時間制限」

「最後に夏葵が苦しんだやつか?」

「イエス。通常、能力の使用は体に負担がかかるの。で、体への負荷が少ないキミとは正反対に、彼女はその強大さゆえに負担も相当ってことね」

 そう口にしたエルザは最後に「ま、キミほど体に負担の少ない能力も珍しいけどね」と、付け加えた。

 けど、なるほど。エルザの言葉通り攻略法はありそうだ。

 例えば体の動くうちはひたすら逃げ、能力で拘束されたら、後はひたすら耐える。そしてタイムリミットが来たところで、説得でも何でもすればいい。

 となると、問題は……。

「俺が耐えきれるかどうかか」

 そう思うと自然と右手を強く握りしめていた。

 どうして夏葵が俺の命を狙うかは分らない。でも、一つだけ確かなことがある。アイツは最後に言ったんだ。また、捨てられるって。

 実の親に捨てられたんだ、トラウマになっているのは分る。でも、愛子さんは違う。宿木がなくなっても、あの人は夏葵を見捨てたりしない。それどころか、世界中の誰よりも夏葵のことを思って。

 だから。

「エルザ」

「ん? どしたの」

「夏葵を止める。力を貸してくれ」

 絶対に夏葵を止める。そして、愛子さんの思いを伝える。

 もう、一人じゃないって。



「さて。実際問題だけど、どう耐えるかだな」

 場所は自室。ベッドに横になり、俺は一人で呟いた。ちなみにエルザは風呂へ行っている。

 エルザの前では絶対に止めるなんて言いきったけど、実際問題課題が一つある。

 それは、俺の体だ。

 ためしに起き上がろうとする。が――

「つッ。やっぱ無理か」

 手をついた際に激痛が走り、そのままベッドの上へ逆戻り。

 万全の状態でどうにか耐えきったってのが正直なところだ。折れてはいないだろうが、この腕の状態で果たして同様に耐えられるのか?

 下唇をかみ、眉を伏せる。

 と、枕元に置いてある携帯から着信音が。手に取るとディスプレイには愛子さんの名前が。

「衛!? アーレンさんから電話があったんだけど無事な」

 着信音を押してすぐに耳に飛び込んできた愛子さんの声のでかさに、思わず携帯を耳から遠ざけてしまう。

 数秒後。そろそろいいだろうと思い携帯を耳へ。

「あの、愛子さん落ち着きました?」

「いや、うん。ゴメン取り乱して」

「大丈夫っすよ。それよりどうしたんですか?」

「どうしたじゃないよ。アーレンさんから、衛が学校の校庭で倒れてたって連絡があったんだから」

 それを聞き、俺は思わず頭を抱えた。

 口を滑らせやがって。俺にどう言い訳しろって言うんだ。

「いや。えっと……実はダイエットしてて」

 うん。自分で言っといてなんだが、この言い訳はねぇな。愛子さんも何も反応を示さないし。

 それでも数秒。やがて、携帯越しに聞こえてきたのは大きなため息。

「分った。そう言うことにしといてあげる。で、ここからが本題だけど……その、夏葵は見つかった?」

「……ッ!」

 不意に出された名前に、俺は思わず言葉に詰まってしまった。

 どうする? 愛子さんのことを思えば、無事見つかったと伝えた方がいいだろう。けど、じゃあ今どこにいるってことにする。どうして帰らないってことにする?

 頭の中に浮かび上がる自問。

 しかし、俺が答えを出すよりも前。その沈黙に愛子さんが何かを感じ取ったようだ。

「その様子だと、無事ではあるのね?」

「……」

「お願い。ちゃんと答えて」

 沈黙を続けようとした俺に突き付けられた一言。それはまるで、真剣な眼差しの愛子さんが真正面にいるような錯覚さえ覚えさせ。

「……会った」

「そう。で、戻りたくないと。もしくは戻れないと」

 電話だということも忘れてコクリと頷き返す。

「そっか。はは、まいったな。ついに夏葵も反抗期かぁ」

 明るさのかけらもない翳りのある笑い声。それが俺の胸を締め付ける。

 バカか俺は。腕の一本や二本が痛いだけで何弱気になってんだ。俺よりも傷ついている人がいるじゃねぇか。

 だというのに!

「愛子さん」

「衛?」

「約束します。夏葵は連れて帰ります。絶対に。だから――」

「……ん。うちの娘をお願いね」

 どっかで見てるか夏葵。

 また捨てられるだって? 一人ぼっちだって? 

 ふざけんな! お前にはこんなにも心配してくれる人がいるじゃねぇか。だから絶対にお前を止める。んでもって、引きずってでも愛子さんの前に連れて行く。


 

 それは、少女がまだ赤ん坊の頃の記憶。心の奥底に閉じ込めた思い出。

 少女の両親は、まだ彼女が物心つく前からけんかを繰り返していた。言い争いが絶えない少女の居場所。

そんなある日のことだ。少女が目を覚ますと父親の姿はなかった。けれど、代わりに見知らぬ男が家に入り浸るようになった。

それから数日後。まだ立って歩くこともできない夏葵は、朝目を覚ますと、宿木の門の前に捨てられていた。



 衛たちが通う高校の屋上。夜の帳が下りているにもかかわらず、端のフェンス際から校庭を眺めている人影があった。

 ――枢木夏葵だ。

 数時間前まで降っていた雨はやみ、月の淡い光に照らされている。

 そうしていると、ポケットに入れていた携帯から着信音が流れ出した。取り出して相手を確認すると、夏葵はそのまま通話ボタンを押した。

「もしもし。何の用?」

「何の用って……酷いなぁ」

 携帯越しに聞こえてくる緊張感のかけらもない声に、夏葵のこめかみがひくひくと動く。

「酷いのはどっちよ。聞いていたのより早いじゃない、能力限界。衛をつぶし損ねた」

「キミの力が想像以上の代物だったからよ」

 互いの意見のぶつかり。お互い口を開くことはなかったが、しかし夏葵が大きくため息。それから顔を上げ。

「確認。アンタ、衛のことを狙ってたんじゃないの? 私が殺しちゃってもいいわけ?」

「もちろん。私がほしいのは、別に彼の命じゃない。私が望むのは、彼の力、願いの強さ。だからトドメはキミがさしちゃっても構わない」

「そう。それを聞いて安心した」

 それだけ告げ、通話を切った夏葵は携帯をポケットに戻した。

 視線を漆黒の虚空へ投げる。思い返すのは、ともに成長した幼馴染の――けれど今は最も憎い男の姿。

「どうしてッ!」

 衛は新しい家族は得て、自分はまた捨てられようとしているのだろ。

 零れた怨嗟に身を委ねるように、夏葵はフェンスを握りしめた。ギシリ、ギシリと。

「衛。アンタも私と同じにしてあげる。不幸にしてあげる」

 夏葵が呟いたのと同時、ひときわ大きな音を立ててフェンスが完全にひしゃげた。

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