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高校生ときどき自宅警備員  作者: 高町 湊
4/7

仮面

 降りしきる雨の中、俺は地元の駅から走って宿木へと向かっていた。その最中にも浮かび上がる、電話で聞いた愛子さんの言葉。

『寝ていた布団のそばに、家族だと思っていたのにって置手紙が置いてあって。もしかして宿木をたたむことが知られたのかも』

 取り乱し気味な、沈痛な叫び。

『どうしよう、私のせいだ! 私が怖がらずにあの子にちゃんと伝えていれば』

 その言葉をリフレインさせながら、俺は何度も心の中で悪態をついた。

 もし本当に俺が昨日相談された話が、宿木をたたむという話が夏葵の耳に入ったのだとすれば、俺にだって原因はある。

 今考えれば不自然だったじゃないか。あの夏葵が、急に体調が悪くなったからと無言で家に帰るなんて。それまで健康だったのに……だ。だというのに、俺は深く考えることもしないで。

「キミ。ずぶ濡れじゃない!」

 宿木が見えてきた時だ。門の前で傘をさしていた見知った顔が、俺のことを見つけて小走りでやって来た。

「エルザ。どうしてお前が」

「決まってるじゃない。夏葵を探すためよ」

「探すって……」

 そりゃ何度か会って話もしているが、雨の中探すほど、二人って仲が良かったか?

 そんなことを考えていると、宿木から傘も差さずに愛子さんが出てきた。

「愛子さん」

「ゴメン、衛。今日が大切な日だってわかってたのに」

「そんなことはいいんです。それよりも詳しい話を」

 俺の催促に愛子さんはいったん顔を伏せたかと思うと、真剣な面持ちで顔をあげた。

「アーレンさんが見舞いに来てくれていたんだけど、彼女が手洗いで席を外して、戻ったら書置きだけ残していなくなってたの」

「エルザが見舞いに?」

 あまりにも予想外すぎた言葉に、俺は思わず聞き返してしまった。

 すると、エルザはどこか不機嫌そうに頬をふくらませ。

「何よ。クラスメイトなんだし、それくらい当然じゃない」

「いや、うん。そうだな」

 でも、そうか。だったらエルザが今こうして夏葵を探していることにも納得できるな。

「それで愛子さん。夏葵が行きそうな場所は大体探したんですか?」

「えぇ。仲のいい子にも電話したけど、誰の家にも行ってないみたい」

 そう口にし、心配そうに眉を伏せる。

 そんな彼女を前にし、他に夏葵が行きそうな場所はないかと、俺は脳内をフルで回転させていた。

 けれど、残念ながら浮かび上がることもなく。

「仕方ねぇ。手当たり次第探すから、二人は宿木の中にいてくれ」

 それだけ告げ、俺は傘をエルザに預けて走り出そうとする。しかし、服の端を愛子さんにつかまれて止められてしまった。

「待って。もう一回私も探しに」

「探すって」

 振り返り、改めて愛子さんの姿を確認して俺は首を強く横に振った。

「そんなずぶ濡れの姿で何言ってんですか! 間違いなく風邪ひきますよ」

 その姿は頭からバケツをかぶったみたいで、雨を吸った服が体にぴったりとくっつき、まさに濡れ鼠状態。

 しかし、当の本人は俺の忠告には全く耳を貸さず。

「そんなの気にしてる場合じゃないじゃない! 家族が、この雨の中で迷子になってるのよ? お金も置きっぱなしになっていたから、傘を買うこともできないだろうし」

 言葉の端々から伝わってくる、本当に夏葵のことを心配しているという気持ち。その姿は、まさに母親そのもので。

 だったら俺に口を挟む権利なんてないじゃないか。

「分りました。じゃあ俺は学校方面を探すから、愛子さんは反対側を」

「ん。了解」

 それだけ告げ俺達は自分の持ち場へ駆け出した。

 水たまりができてきた道を走りながら、俺は声を張り上げる。

「夏葵。いないのか夏葵!?」

 喉がつぶれたっていい。それぐらいのつもりで呼びかけるが、何の反応もない。学校へ行く途中にある公園の中を探しても、人っ子一人いやしない。

 次第に不安が胸の中で肥大化していく。

 もしかしたら、何か事件に巻き込まれたんじゃないか――

 そうして探し回っているうちに、学校の校門前へと到着した。まだそこまで遅い時間じゃないこともあり、校門はあいている。

「一応、探してみるか」

 そうして、校内に一歩踏み込んだ時だった。


 ――世界が、灰色に染まった。


「な。隔離界!?」

 思わず足を止める。

 なぜ、どうして? 自宅じゃないこの場所で。

 頭の中に浮かび上がる疑問符。そもそも、隔離界はグリードが出現するときに発生する結界のはずだ。そしてグリードは幸せな家庭に出現するはず。

 やはり、現状が知識の範疇を超えてしまってる。

 となると。アイツを頼るべきか。

 なるべく周りに注意を払いながら、ポケットから携帯を取り出してある人物の携帯番号を呼び出して電話をかける。すぐに相手は出た。

「マモル? どうしたの、ナツキは見つかったの?」

 電話がつながるなり、通話相手であるエルザは開口一番そう口にしてきた。

「いや。まだ見つかってない」

「じゃあ、いったいどうして電話なんて」

「それが……」

 現状目の前で起きている事態を簡潔に説明する。

 すると。

「考えられる可能性は三つ。一つは、キミの直面している現象が隔離界とは全くの別物である場合。二つ目は、グリードにとって学校も一つの家として認識されている場合」

 そう言われ、俺はなるほどと得心した。

 学校に恋人がいたり無二の親友がいたりする奴にとって、ヘタしたら自宅よりも幸せな空間なのかもしれない。その幸せにグリードが反応したと考えれば。

「そして三つ目。もっともありえない……いえ、あってはほしくない可能性。それは、今その近くにグリードを操っている存在がいる場合ね」

 そう言われ、俺は眉をひそめた。

「ちょっと待て。グリードって、誰かが操っているのか?」

「分らないの。何も分らない。だからこそ、誰かが意図的に生み出して操っている可能性もあるという話」

 と、その時だ。どうやらエルザとの電話で俺の注意力は低下していたらしい。

 耳に届いたのはジャリッという足音。そして、普段グリードから感じている以上の、肌を刺すような圧倒的な殺気。

 慌てて視線をあげる。すると、前方十メートルほど前方に一人の人間がいた。

 口から上が隠れるようなマスクを被り、黒のシャツとパンツをはき、おまけにマントまで装着している。

 そして何よりも、この結界内で普通に動けている。

 一目見ただけで容易にわかる。コイツは――普通の人間じゃない。

「マモル? ねぇキミ。どうしたの?」

 黙り込んだ俺を不審に思ったのか、携帯から聞こえてくる心配げなエルザの声。

「悪い。どうやら当たったみたいだ」

 それだけ短く伝え、通話を切り携帯をしまう。そうして視線を前方の仮面にやり、もう一度その姿を観察する。

 背は百六十後半ぐらいか。髪は肩までかかるかかからないかくらい。体の線が出にくい服を着ていることもあり、性別の判別はしにくいか。

「おい。アンタ何も――」

 俺がそう口にした瞬間だった。仮面の姿がすっと消えた。

 いや、違う!

 消えたんじゃない。動いただけだ。

「いきなりだな、おい!」

 一瞬で懐に入り込んできた仮面の回し蹴りを、寸前のところで後ろとびで回避。そのまま後退して距離を取ろうとするが、関係なく仮面が距離を詰めてきた。

 話に応じる気はなしか。

 このままじゃ走って逃げるしかできないし。

「くっ、仕方ねぇ。創剣乱舞!」

 創剣を生成。ただし、鞘に入ったままの状態でだが。

 間髪なく降り注いでくる蹴りの暴風を、創剣を使いどうにかいなしていく。けれど、相手の蹴りも相当なもの。創剣乱舞発動状態でもいなすのでやっと。

 いや、それどころか。

「コイツ。なんつう重い蹴りを」

 蹴りの一つ一つがまるで鉄球で打ちつけられているかのようだ。こんなもの、いつまでも受け続けるわけには。

 なら、多少無茶でも。

 正眼で構えていた創剣を、わずかに下にずらす。それを好機と見たのか仮面が大きく足を振り上げた。

「かかった!」

 その瞬間、懐に飛び込み創剣を短剣に創り替える。

 瞬間、仮面が何かをボソッと口にしたような気がしたがお構いなし。腹部へと打突を見舞い……俺は、自分の腹部への鈍い衝撃を受けた。

「な――にが――」

 息ができず、創剣を落として蹲る。

 そんな俺の左肩に、仮面の強力無比な踵落しが叩き込まれ、衝撃でミシッと肩の骨が軋む。

 追撃を恐れてどうにか立ちあがると、なぜか仮面の方がすんなりと後退した。

 なぜ?

 そう訝しむと、仮面は口元に笑みを浮かべて人差し指でクイクイッと挑発してきた。

「この!」

 地面を蹴り、今度は俺から仕掛ける。

 武器を持っていないところを見ると、仮面はあくまで近接戦闘タイプ。なら戦い方はある。

 仮面の間合いよりも、いつも使っている創剣の間合いよりもさらに外。足を止めて創剣を振り上げた。

「創剣・蛇腹」

 一閃。それと同時、創剣の刃が鞭のように伸び仮面へ向かう。変幻自在のその攻撃。鞭と化した刃で仮面の自由を奪っていく。

 しかし。刃が仮面の左腕をかすめた時だ。

「つっ……」

 俺の左腕にかすり傷程度の裂傷ができた。

 奥歯を噛みしめて痛みに耐え、刃をより仮面の近くにまとわりつかせる。すると、今度は仮面の右太ももを――

「なっ、また!?」

 仮面の右太ももを裂いたのと同時、俺の右太ももに裂傷が出来た。

 さすがにたまらず攻撃の手を止める。が、何も痛みにひるんだからじゃない。

 仮面の腹部へと突きを放ったと同時、俺は腹部へダメージを受けた。そして、刃が左腕と右太ももをかすると同時に、俺の左腕と右太ももに裂傷が。 

 一度二度なら気にしなかった。けれどこうも続くと、もう間違いないだろう。

 仮面の負ったダメージが俺に反映されているのは。

「アンタいったい何者だよ。どういうマジック使ってんだ」

「――」

 声をかけるも反応なし。どうやら完全無視の構えのようだ。

 さて、どうしたものか。

 本当にダメージが俺にも反映されるのなら、出来るだけ攻撃を控えたいが。

「って、そんな余裕はねぇか!」

 地面を蹴り距離を詰めてきた仮面に背を向け、俺は走り出した。が、どうやら身体能力は相手さんが上のようで。

 走りながら振り返ると、肉薄した仮面が跳躍して回し蹴りを放とうとしていた。

 足を止めて反転。向かい合おうとして。

「っ、やべ」

 足がもつれ、ズゴンッと転倒してしまった。

 そんな俺の上空を仮面の蹴りが通過し、すぐ後方にあった木を文字通り粉砕。ばらばらと木屑が俺の頭の上に落ちる。

「んの。だったらコレで!」

 短く叫び、蹴りを放った直後の仮面懐へ姿勢を低くしてのタックル。予想していなかったのか、仮面は回避するそぶりも見せず、簡単にヒットした。

 しかし……。

 勢いのまま仮面ともつれるようにして倒れ込んだ。

 仮面に覆いかぶさった状態で、両手をついて起き上がろうとする。すると。

「何だ、この感じ」

 地面についたはずの両掌に違和感が。限りなく平面なのだが、妙なのだ。地面が柔らかいのだ。こう――むにゅって感じで。不審に思い両掌をさらに動かしてみる。するとやはりむにゅむにゅとした柔らかさが。

「っの、いい加減にしなさいド変態!」

「え、なつ――ぐふぉ!?」

 耳をつんざく聞きなれた怒声。と同時に仮面の蹴りが腹部へ叩き込まれた。

 まるで鉄球でも打ち付けられたかのような衝撃に顔がゆがみ、たまらず腹を押さえて顔をしかめる。

 まさか、とは思う

 でも聞き間違えるはずがない。それこそ本当の兄弟のように、もう何年も聞き続けている、聞きなれている声なのだから。

「お前――もしかして」

 そう口にして顔をあげると、仮面の口元が苦虫を噛んだ。


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