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生と死の象徴  作者: 楠楊つばき
危険と隣り合わせの芸術
8/41

最強伝説

利華には親しい友人は皆無だった。中等部からの持ち上がりのため、顔見知りは少なからず存在する。ただし、彼女と会話が成立した生徒は少数である。


「今日で三日目……か」


 これはあくまでも独り言だ。彼女の隣には誰もいない。せいぜい、脇道で子猫が日向ぼっこを楽しむ程度である。所々で顔を出している植物たちに話しかけるような性癖も彼女は持ち合わせていない。


太陽だけに見守られながら利華は往路を歩んだ。


 雲の白さと太陽に溶け込んだクリームイエローの髪が揺れ、天使が利華の周りを舞っているようだった。人間達は気付かなくても、森羅万象に祝福されながら生命を全うしている。いつどこで、平凡な日々にお別れを告げるのか推測できないというのに。


「あの写真、誰にも見られていないといいけど……。あー、暗くなったらダメっ。アタシは利華。捻くれている、あの利華なんだからっ」


と頬を勢い良く叩き、必死に作り笑顔をした。


「うわー、自分で言っておいて何だけど気持ち悪い。反吐がでる。これじゃあ、被害妄想じゃん」


 彼女は歯に衣を着せぬ物言いをする。そのためか気遣いや混沌とした人間関係が好きではない。浅く狭く。それが彼女の友人関係であった。


 ゆっくりと利華は顔を上げた。頭上には数多の雲が流れ行く青空が広がっている。雲達は太陽を覆い隠さないでいた。


「いつも誰かが見守っているって? お花畑が脳味噌の代わりに詰まっているんじゃないの? まっ、あんたらしいけど」


 左目を瞑ったまま、右手で太陽の光を遮る。瞼の裏からでも光を感じられた気がした。


「……未菜、待っていて。アタシがきっと、あんたを自由にさせてあげる」


 太陽の光を一身に浴びた右手を胸に当てると、何となく活力が体中に漲ってくる。

太陽からの贈り物を頂いた利華は、果てしない何かに向かって確実に歩み続けていた。


(アタシの痛みなんて、未菜と比べればちっぽけなものだから)


 利華からやや離れた位置に一台のリムジンが止まった。それはこの寂れた路地には似つかわしくない産物であった。狭い道に入れなかったのであろう、広めの丁字路から誰かを出迎えている。

 小走りで急いだ利華は迷わず乗車した。


        *


「リカーなのら」


 と英進科の廊下で利華は呼びかけられた。

 利華は平然を装って水月の横を素通りした。


「待ってほしいのだな」


 と水月は利華に向かって手を伸ばし、後を追う。だが、その手は虚空を切った。両者の間には見えない壁が立ちふさがっており、その壁を壊さなければ分かり合えないことを暗示しているようだ。


「アタシになんか用っ! アタシはあの日のことを忘れていないからっ」


 振り返った利華の、鋭い眼光に射抜かれて水月はたじろぐ。


「あの日のことって、ミーにはわからないのだな。ミーはただ、リカーに渡したいものが――」


 その声で周辺がざわめく。


「あれって、遠藤先輩じゃね? 確か心理学科の生徒」

「結構評判だよな、成功率九割だって聞いたぜ」

「可愛いよね~水月って」

「それ言えている。なんか守りたくなるよねぇ。こう……愛くるしいハムスターみたいで」

「うんうん、抱きしめたくなるよね」


 いきなり利華の体が震え出し、両手で二の腕を掴むようにして縮こまる。


「っ! ま……た……」

「リカー、どうしたのだっ」


 水月が利華に歩み寄ろうとする。


「来ないでっ……さん」


 利華には聞こえていた。水月への賞賛でなく、自身へ罵声(ばせい)を浴びせている声が。蚊の鳴くようなささやきで、根も葉もない噂話をしている声が校舎全体の壁を隔てて伝わってきた。


(誰もがアタシに軽蔑の眼差しを向ける。……あいつと同じように。そして結局、腫れ物に触るような扱いをする。アタシは〝もの〟じゃないのに。血がかよった人間なのに!)


 恐怖に駆られた利華は水月を睨みつけてから一目散に走り出した。教師に注意されたが、それ

ぐらいでは彼女を止めることは不可能だった。

  

 優等生と称される利華の行動に、誰もが驚きを隠せなかったようだ。そんな中、水月だけが平常心を保っていた。一方、姿勢を低くし、隠れている凪人は階段の影から事件現場を見守る。


「さっき走っていたのって、渡瀬利華だろ。あいつって中等部から大人しい奴だったよな」

「右に同じ。掴みにくくて、わかりにくくもあった。肩が凝って気苦労が絶えねーよ」

「そうそう。ああいう真面目な奴ほどなんか抱え込んでいたりするかもな」

「あり得るーっ。みんな死んじゃえーとか、心の中で言っていたりして」


 腹を抱えて笑いこける生徒達を水月は黙ったまま一瞥した。

 生徒達は水月に気付かず、グループの中で一人違う雰囲気をもつ少年に話を振る。


「……おまえも、そう思わないか?」

「えっ! ぼくはそうだなー、渡瀬さんは素晴らしい人だと思うよ。よく、一人で図書館にいるのを見かけるから」

「もしかして滝波は、あいつに気でもあるのか? 変わった趣味してんなー」

「そっそんな……ただ、級友だから」


 少年は俯いた。気の弱い性格なのだろう、周りの考えに流されていた。


「……同調行動に、悪口……か。お前ら恥ずかしくないのか? 渡瀬をスケープゴートにして」


 低い声が雰囲気を打ち壊した。声の持ち主――凪人は瞳に炎を灯していた。有機物に火が移り、火事が発生しているかのようにめらめらと。その炎は周辺にまで影響を及ぼした。


「けっ、誰だぁ? テメェ。説教面しやがって」


 グループの中のリーダーと思しき人物が挑発的な笑みを浮かべた。


「やめようよぉ。この人、尋常じゃない……。逃げた方がいいって」


 凪人が放つオーラを生徒の一人がいち早く察し、リーダーの腕を掴んだ。リーダーは嫌がって腕を大きく振り、掴んでいた手を放させた。


「……引っ込んでろ。巻き込まれたくなかったらな!」


 他の生徒より一回り大きいリーダーは凪人の正面に立った。宣戦布告。その場にいた誰もが彼の行為をそう判断した。


「ふぁぁ~ぁ、寝みぃ。俺はただ、羞恥(しゅうち)(しん)がねぇのかと質問しただけだ」

「羞恥心だと! それは侮辱(ぶじょく)かよ、おいっ」

「っ! ダメなのだな!」


 つかみかかる寸前で水月が割り込んだ。両者を諫め、その場を繕うとする。


「ちびっ子、なんの真似だぁ?」


 水月はぐっと堪え、頭一個分とちょっと高い人物に向き合った。両手を静かに広げて上目遣いをする。彼女の深い青の瞳はとても澄んでいて、宝石のような輝きを含んでいた。


「心理学科二学年〝生の象徴〟として、この場を鎮静するんだなっ」

「はぁっ、何んだって? 子供のお遊びか? 家に帰ってママとしてな。それとも一人じゃ寂しくて帰れないのでちゅか?」

「……お前、一年か」


 貝のように口を閉ざしていた凪人がリーダーに尋ねた。


「ああん? てめぇと話す口はねーし」


 憤怒を防御するガラスが割られた。凪人は鋭い目つきとなり、片足を引いて腰を低くする。


「駄目なのだ!」

 咄嗟に反応した水月が凪人の片腕を掴んだ。凪人は無念さを滲ませた目を伏せた。


「ユーの気持ちは、しかと受け取っているのだな。ミーが……、ミーが…………いく」

「それでさ、やんの? やんないの? 久しぶりに腕が鳴るぜ」


 水月がリーダーの後ろに素早く回りこむ。反応が遅れたリーダーは振り返ろうとしてよろめいた。先手必勝。既に雌雄は決していたのだ。


 一悶着後、水月は悠然とした態度でリーダーを見下した。目にも留まらぬ速さで先手をしかけ、自身よりも体格の大きい男を屈服させたのだった。


 女=怖いという方程式が凪人の頭の中に組みあがる。水月が何を行ったかはリーダーの人権を守るために敢えて伏せておこう。


「元気を出して、リーダー。俺たち少しだけ親近感が湧きました! まさかリーダーが――」

「黙れ、こんちくしょうっ!」


 やがて教師が駆けつけ、野次馬達を追い払った。その騒動のおかげで利華の変貌を誰もが忘れ去る。一名ほど犠牲になった者がいたが。強烈な光景を野次馬の脳裏に焼き付け、利華の存在を忘れさせるという目論見が達成してので、凪人は憐れみを口には出さなかった。


「……ご愁傷様。お前の犠牲を無駄にはしねぇぜ」


 うつ伏せになっているリーダーに向かって合掌し、黙祷した。


「そこ、勝手に殺すな!」


 凪人はその後、水月を一顧した。彼女はいつもと変わらずに陽だまりのように微笑んでいた。季節の節目を乗り越えて満開になる、大輪の花ように。ただ、その笑顔に凪人は後ろ髪を引かれていた。水月の双眸が煌々となる瞬間を目撃してから、


『貴方からは死の香りがするのね』


 と置き忘れていた記憶の中の誰かと一致したような気がしていた。


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