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生と死の象徴  作者: 楠楊つばき
生と死の象徴
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合流

「あそこ、歪んでいる……!」


 目を血走らせている利華の指の先には、ブラックホールを彷彿(ほうふつ)とさせる渦があった。その光景は現実離れしており、どれも虚構(きょこう)のようである。町を飲み込むような太陽を目撃してしまった時のように、夢ではないかと凪人は疑いたくなった。利華に不安が伝達しないように、できるだけ闊達(かったつ)でいるよう努める。


「気にするな、渡瀬。あれが例の影響の産物(さんぶつ)であれば、根を断ち切ったらなくなるぜ」


 次第に二人の足の動きが加速する。合流したのはほんの数刻前だった。話し合いせずとも次の行く先は一致していた。水車が待つ最上階。階段や昇降機を駆使(くし)し、さらにはワープなどもお目にかかり、凪人は途中から白昼夢(はくちゅうむ)を見ている気分だった。白浜の科学技術は現代よりも数段先を走り、そして白浜という一言で全てを納得してしまう自身も恐ろしかった。


「ふん、言われなくてもわかっている。アタシはあんたと九十度は違うから」


 利華の色違いの瞳は凪人を射抜いていた。訴えかけるように見つめられてしまい、凪人は利華が眼帯をしている理由をよそに、浮かんできた謎を()かずにはいられなくなった。


「百八十度じゃねぇのか?」


 凪人の質問に溜息をついた利華は走りながら逡巡した後、息切れしてしまい苦しそうに答えた。


「はぁ……はぁ……んん。危機的状況に面しても腰を落ち着かせられるところや、(うわ)(つら)に惑わされないところは似てんじゃん? あんた、化粧が濃い人とか生理的に無理でしょ」

「……すげぇな、当たりだ」

「付け足すとすればあんたは体力馬鹿ね。これで百度に広がった……てゆうか、話しかけないで」


 得意顔の利華の背中はアタシを敬いなさい、と語っていた。その傲慢(ごうまん)ぶりに凪人は失笑するしかなかった。

   




 先に足を止めたのは利華だった。息を切らし、壁に手をつけることで、全体重を支えていた。肩で息をする音も演技ではなかった。「休むか?」という凪人の提案を利華は退(しりぞ)けた。


「未菜があの塔で待っているから、アタシは立ち止まらない」

「塔? お前の妹はこのどこかに隔離(かくり)されているんじゃねぇのか?」

「耳を澄ませば未菜の声が響いてくる。そんな経験は何度もあるし、驚く事じゃない。けど、まるで自分の目で見ているように、光景や意思が伝わってくる……」


 顔を()せた利華は動かない足が憎いのか、太ももやふくらはぎを叩いていた。水遊びをするような音であったが、叩かれた箇所がみるみる桃色に染まっていく。


 凪人は皆目(かいもく)、利華の言葉に頷けなかった。


「血を分けた姉妹、か。……俺と兄貴はそんなもんじゃねぇよ。俺は余所者(よそもの)のように扱われる。最高に居心地が悪かったぜ」


 理由が自分にある、と凪人は言えなかった。


「……はっ、居心地が悪い? 居場所なんて誰かから与えられるものじゃないし。他力本願だから、あんたから生きる気力が感じられないじゃん。釣り目のくせに。あんたは何がしたいの?」

「釣り目は関係ねぇだろ」


 鼻で笑われた凪人は兄との思い出を顧みていた。兄弟関係がれ始めたのは両親の死からであり、あれから会話はめっきり減った。学校での体験談や進路相談をしたこともない。凪人が私立の未暮学園を受験した時も兄は反対しなかった。心理学科は通常と比べて授業料が半額だった。そして凪人は親の遺産に頼らずに生活するためにバイトを始め、夜遅く帰宅することもあった。


「……十年前、水車に言われたぜ。『死の香りがする』と。俺は――」

「寂しいって言ったのは、あんたじゃん。なにそれ、自分の考えを(くつがえ)すの? 自分の決断に自信を持てないなんて、あんたを馬鹿にしてあげる。ばーか、ばーか」

「本当だな……反吐(へど)が出る。結局俺は遠藤の後をのこのこついて行って、日に当たっていたようなものだ」


 自虐的(じぎゃくてき)な言葉を聞き、返答に困る利華。一方、凪人は(もく)したまま視線を斜め下に落とした。


「…………うーにうに、うーにうに、うにっににっに、うにうに……。うーにうに、うーにうに、うにっににっに、う・に・う・に……」


 静寂を破ったのも利華だった。しんみりとした雰囲気が害され、凪人はとるべき行動が過去にすがりつくことでないと思い出した。利華に似合わぬ励まし方だったが、凪人は気を保つ。


「水月が教えてくれた『海の歌』。暗くなっている暇はないじゃんか。アタシは行く。未菜が元凶を討ってくれと言っていたし」

「お前の妹は何でも知っているな。俺の兄貴とは違う」

「ふん、未菜はアタシの誇り……ッ!?」


 利華が身を沈めるや(いな)や、頭上を音速に近い速さの何かが(かす)めた。それはカメラのフラッシュのように光り、ほぼ同時に風を切る音が耳元を通り過ぎた。数本の髪を切られた凪人は冷や汗を掻き、何かが発射された方向へ散大している瞳を凝らした。


「そこにいるのは誰ッ? 隠れてもアタシには見えている!」


 血管を浮かび上がらせている利華は準備万端のようだった。この対応速度こそ、月の目の能力なのだと凪人は思い知る。





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