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生と死の象徴  作者: 楠楊つばき
生と死の象徴
33/41

始まりの場所

 五月十五日土曜日。 ちりちりと火花が散る晴天。


 意思に反し、何かに()くし立てられたかのように足は動いていた。凪人は親友の事故現場ではなく、両親が殺害された地へと舞い戻っていた。海岸に押し寄せる波は心のざわめきを顕現(けんげん)し、冷静になれと警告してくれる。凪人は平らな地面を踏みしめ、戦場に(おもむ)くような表情をしていた。不意に「貴方も呼ばれたのね……」という声が風に乗り、耳元に流れ着いた。


「偶然だな、ずっとお前を待っていたんだぜ、白浜水車」


 振り返った凪人は目の前の人物の体裁(ていさい)を見ても微動だにしなかった。空に溶け込む髪と瞳。それだけの情報で誰だか見当が付いた。制服を身に包む姿は記憶の中よりも成長していたが、あれから十年の年月が経過したのだ。変わって当たり前だと凪人は心の中で呟く。


「偶然ではない。裏当主が動き始めた以上、生と死の象徴が出くわすのは必定(ひつじょう)……(ことわり)(あくた)と混然していても、貴方は私を見つけてくれるでしょう?」

「……初対面の時から、お前の声が頭から離れなかった。俺は変な奴だな」


 頷いた凪人は口元を緩めてくしゃっと笑い、ポケットからメモリースティックをちらつかせ、


「これにお前の名前や経歴と、母親らしき人物のビデオレターが記録されていた。遠藤という戸籍(こせき)の偽造データもな」


 と言った。凪人は自身の笑顔が自嘲(じちょう)ではなく、心を許しているということを相手にアピールしているものだと気付いていた。行く当てのない未知の感情にまごつきながらも、昔の自分に帰れたのだと望郷(ぼうきょう)の念に駆られているような気持ちだった。


(親父、お袋、狩谷……。お前らが意図的に殺された事実を俺は許せない。それが組織や何かを

守るためだとしても。(うそぶ)いているのは自覚している。これは俺のケジメなんだ。〝死の象徴〟としてのな)


 察しの良い凪人は、これから水車たちがしようとしている暴挙に勘付いていた。表面では未菜の奪還と説明されたが、それだけではないと直感が訴えかけている。()()まされた(やいば)のような水車と眼帯を外した利華の瞳は、いかに本気であるかを(うかが)わせる。


 凪人だって軽い気持ちで来たのではない。薬品に反応が出た時、親友の最後を思い出していた。


 脳裏に蘇る、親友が引き逃げされた瞬間。ナンバープレートを確認している余裕はなかった。親友の体からはおびただしい量の鮮血が流れ出ていた。親友は声を絞りだし、犯人を捜して欲しいと頼んできた。その方法がアレだった。言い終えた後、彼は俺の左踵を指差し、隠さなくていいと虫の息で言って、幸せそうに微笑みながら息を引き取った。


 感慨に浸っていた凪人は水車の声で現実に引き戻された。


「牛の歩みだと先制をとられる。利華は私が指導したとおりに、凪人には遊撃を」


 突撃に作戦など要らない。二人の期待を一身に浴びた水車は地下通路に飛び込もうと警備員の背中に体当たりし、反撃を受ける直前に相手のこめかみに踵落としを命中させて倒した。低くて野太い呻きがその場の静寂を破る。


 始めの体当たりは相手を振り向かせるため。対格差をわきまえた立ち回りであり、そんなことをしなくても水車はその気になれば泣き落としも通じるだろう。たとえある程度の体重はあるとしても、水車の体格は小学生だ。謝れば故意の体当たりだとは疑われなかった可能性もある。


 気の遠くなりそうな長い階段を駆け下りた後、息をついて視線を上げた瞬間、凪人は絶句してしまった。


「なにここ、地下都市……?」と利華が凪人の代わりに感想を述べ、水車は相槌(あいづち)をついた。

「地下都市、ね。その表現はまずくないわ」


 未暮市の地下に街が広がっていた。紫色の(かすみ)に覆われた空間には大小の建物が建造され、道もあり、周りを威圧するかのような塔も聳え立っている。上空には照明とは思えぬ(まぶ)しい光――。


「太陽みたいに全体を照らし……って、地下なのにそんな電力があるかよ!」


 凪人はそこまで言って、口をつぐんだ。やや後ろにいた利華も目をしばたたかせていた。


「あれこそが太陽神から受けた恩恵。未暮は神に絶対服従を誓い、その報酬(ほうしゅう)……むしろ担保(たんぽ)として月の目の力の一部と、あの擬似(ぎじ)太陽を享受した」


 冷や汗が皮膚を伝わり、乾いた口の中に侵入してきた。


(俺の大事な人達は……このために死んだのかよ)


「病院の地下に居住(きょじゅう)スペースがあるって知っていたけど……これはその発展したバージョン?」


 神という非現実なものに直面して顔を伏せる凪人を尻目に、利華は水車に尋ねた。


「いや、病院の地下は白浜の姓を奪われた者の私怨(しえん)が集う社交場。当主の捜査をかいくぐり、(ひそ)かに生体実験が行われていただけ。こことは原理と信念が違う」


 当主(トップ)が把握していない。ということは、それを逸早く知悉している水車は予想よりも俺と違う世界の住人ではないのか、と凪人は思った。彼女の話し方などが昔と変わらないことに安堵(あんど)しても、内容は重い。


「……毎週土曜日に研究者たちが(もよお)会合(かいごう)がある。そこを叩けば、〝ジギタリス〟やその協力者を表舞台に立たせられる。数日前、利華を奪還するために忍び込んだので、警備を強化されているだろうが、建物の構図は頭に叩き込んである。未菜もその周辺にいる」


(渡瀬の……奪還? そんなことがあったのか?)


 約一週間という短期間で水車と利華はラポール――カウンセラーとクライエントの間に親和的な信頼感関係が樹立されている状態――となっている。始め、拒絶的な態度をみせたクライエントは抵抗せずに治療を受け、結果的に水月のスケジュール通りとなった。もしかしたら水車が目論(もくろ)んでいたのかもしれない。そう考えてしまうと、『実は計画をしていた時のこと、ミーもよく覚えていないのだなー』という言葉が脳内で繰り返される。


「二人とも私に付いてきなさい。特に凪人、状況は後で話すから、無駄(むだ)(ぐち)を叩くな」


 命令口調で吐き捨てた水車を筆頭に三人は未暮市と瓜二つの街道を突っ切って行った。




 瓜二つなのは街頭だけではなかった。地下都市を走り、やがて凪人の注意を奪ったのは未暮学園とは違う学校。三人の中、彼だけが足を止めた。


「あれは……」


 無意識に言葉を発していた。正門の奥にある建物は見間違えるはずのない彼の母校だった。


「未暮中学校。凪人はここ出身だったわね」

「……っ、何でそれを! お前、どこで知った!?」


 複雑な思いを抱きながら学校を見ていた凪人は、水車と利華が足を止めていることに気付かなかった。口火を切ったのは水車だ。利華の視線は痛い。


 人は全くいないのに、建物だけが残っている地下都市。まるで近未来の可能性の一つを掲示しているようだ。


「そこに書いてあるわよ」


 水車が指差した先、正門のすぐ隣の石の塀に『未暮市立未暮中学校』と書いてあった。凪人はそんなことを聞きたいのではないと首を振った。


「ちげーよ。俺が聞きたいのはそんなことじゃねぇ。この街には、これ以外の中学校もあるのに、どうしてここが俺の母校だとわかった!?」

「勘よ。貴方の視線がそう訴えていた」

「嘘をつくな」


 嘘だと指摘され、水車の表情が一瞬だけ凍りつく。その能力は厄介ねと呟き、水車は凪人の目を見て言う。


「理由は、貴方が――〝ローズマリー〟だからよ」

「は? なんだよ、〝ローズマリー〟って……」 


 記憶の奥底から浮上する一つの事実。渡瀬未菜が与えた花の名も〝ローズマリー〟だった。


(……だから俺は〝ローズマリー〟なのかよっ!)


 凪人は地面を思いっきり蹴りつけた。様々な事実が一つに結びつき、真実と化す。腸が煮えくり返るような思いをここまで抑えられないのは初めてだった。


「ククッ。未菜にもそう呼ばれていたわね、貴方」


 未菜という固有名詞に利華が反応する。彼女は立ち止まる暇はないと言おうとするが、水車に制された。


「白浜であることからは(のが)れられない……。利華もよく聴け」


 水車は深呼吸をした。


「奥山凪人。お前が我ら白浜の目に留まったのは中学の入学式の日だ」


 その発言に驚くことなく、凪人はポケットに手を突っ込んで懐かしい少女――水車を見つめた。


「一部の白浜によって〝ローズマリー〟と名付けられた者が新参者としてデータベースに加わった。誕生日は四月二十三日か五月九日。潜在型(ポテンシャル)装備型(アーティファクト)でもない、新たな種の存在に人々が沸いた。しかし、〝ローズマリー〟は発見されない。なぜだと思う?」

「……誕生日がちげーから」


 凪人の誕生会は五月八日に行われた。実感が湧かないのは当たり前で、もともとその日は彼の誕生日ではなかったのである。


「御名答。一日違うだけでも顔もわからない人の捜索は困難を極めた。なぜだと思う?」


 二度目の質問に凪人は口を閉ざした。代わりに利華が答える。


「与えられた情報から人物を特定できなかったから、でしょ」

「うむ。五月九日生まれの新型。データベースに加わったのは入学式当日。どこで発見されたのかは誰も知らない。なぜだと思う?」


 三度目の質問に二人とも答えられなかった。


「質問を変えよう。中学の入学式の日に、凪人が新型であること、そしてその誕生日まで知ることができたのは一体誰だ?」


 中学校三年間。凪人の誕生日を祝ったのは誰だっただろうか。


(兄貴は違う。奴が祝ってくれるようになったのは俺が高校生になってからだ。他に誰かいたか? 他に誰か――)


 頭の理解よりも先に唇が動く。


「――か、り、や」

「クククッ……正解だ。芋づる式に全て理解できただろう?」

「ああ……行こうぜ」


 凪人の瞳に生気が戻る。最初に動き始めたのは彼だった。





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