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生と死の象徴  作者: 楠楊つばき
暮れない都市
32/41

決戦の場所はどこ?

 五月十四日金曜日。翌日は教育委員会の緊急会議により、休校となるらしい。


 明日が休校になる連絡を受けた利華は水車に同道され、入手した情報の整理に奮闘(ふんとう)していた。場所は心理学科の特別治療室。水車曰く、通信機具に仕掛けを施して電波が届かないようにしておいたらしい。要するに、ここは密室状態と化している。


「私の見解よ」と水車は利華を招き入れ、電気を消した。眼帯を外した利華は右目の目蓋の青あざを晒し、黙って見守る。プラネタリウムのような漆黒の室内に映された星一つ一つが文字であることに気付き、その膨大な量に利華は生唾を飲み込んだ。


「異常気象の原因は繭。未暮――この土地が契約を結んだ太陽神が眠っている」

「神様……? とゆうか、契約?」


「そうよ」と水車は答え、未暮が辿ってきた歴史を敷衍(ふえん)した。壁に文字列が流れ、映画館にいるような気分を味わわせる。利華は静聴した後、こわばった顔つきのまま吐き捨てる。


「……馬鹿げているじゃん」

「私も()骨頂(こっちょう)だと思うわ」


 (うなず)きながら言った水車は胸ポケットから青い塊を取り出した。親指の爪くらいの大きさの宝石は光を反射しているというよりも鼓動しているようであった。まばゆい灯りは同じ顔を見せずに、縮小と拡大を繰り返す。


「月の目の力が込められた金剛石。これを研究することにより、白浜は莫大(ばくだい)な財産と現在の地位を手に入れた。国家に対しても発言力を持ち、定款(ていかん)を守りながら野望を叶えるために。やがて倫理(りんり)に背いた行動に出た結果、天誅(てんちゅう)が下された」


 水車は小さなパネルを浮かび上がらせ、触れた。瞬時に情報が移り変わり、やがて一つのファイルが自動的に開かれた。


「これ、アタシ?」


 映し出されたのは〝ガーベラ〟というコードネームを与えられた当時の利華。二つの青い瞳は、

こちらを睨んでいるようだ。


「〝ジギタリス〟――砂川竜郎(たつろう)氏による実験計画の一部よ。どだい、人間の目の色は虹彩の色で決まる。その色を変えることにより、月の目に宿(やど)る力を奪うというのが実験内容。もしも実証されれば、その逆も有り得るのだと石頭らしい考えに至ったのでしょうね」

「……そう考える根拠は?」


 水車は意外だと目を丸くしながらも新しい情報を引っ張り出す。〝鹿の子百合〟――本名は

白浜小百合(こゆり)。優しそうに微笑んでいる女性の写真が添付されており、サファイアのような髪と瞳は水車に似ている。


「私は貴女の傍にいると、母の面影を想起する。理由はすぐにわかった。母は伝えることに特化した貴女を影から見守り、時には助言をしていた。……私にある物を渡すためだけに。奥山凪人という部外者に泥をかぶらせて厄介な立ち回りを演じさせた挙句(あげく)、貴女の体を借りた」


 時々耳を打つとろけそうな女性の声。それら全てが収斂(しゅうれん)し、ある答えを利華に導き出させる。


「……アタシは処世術(しょせいじゅつ)なんて知らなかった。それを声が教えてくれた、アタシを励ましてくれた。校内では聞こえなかったけど、そのおかげでここまで生き()びられた……」

「利華、私は先日貴女に重役(じゅうやく)を任せると言ったわよね」


 (こぶし)を握り締めた利華は高ぶる感情をぎりぎりのところで抑え、視線を上げた。視線が合った水車は恩師の生き写し。選択肢を選ぶのではない、もう決まっている。


 水車は利華の意気込みを感じ取ったのか、十年前の事故の映像を投影した。血だらけの恩師が最後、瓦礫に埋もれる瞬間を見てしまい、利華には理性など微塵も残っていなかった。(むご)いと呟き、拳を壁に打ちつける。


「太陽神は貴女の憤懣(ふんまん)と嘆きの叫びに応えた。虐待と倫理に外れた実験……。ただし、あの繭は決して幸福をもたらす存在ではない。時が巡ってきたのよ、貴女が過去と決別する日が。……〝永久の象徴〟、渡瀬利華。貴女はこの事態を招いた者としての責任を果たさなくてはならない」


 水車が締め(くく)り、次に浮かび上がったのは事故の跡地(あとち)だった。瓦礫は取り払われて整備されたようだが、その土地には何も建ってはいない。半球状に抉られた大地が事件の悲惨(ひさん)さを表しているのに、誰も対処しない。それもそのはず、廃墟(はいきょ)を取り除いたとして事故は処理されていたのだから。地元住民は爆音を工事中でドリルが使用されて喧しいくらいにしか思っていなかっただろう。実際、利華も一週間ほど前まで騙されていた。


「ここにあいつらが潜伏(せんぷく)しているって? ……いいじゃん、行こうよ」


 不思議と肌が粟立った。体も戦慄(せんりつ)し、自然と笑みが零れる。


(……アタシはもう未菜に怖い思いなんてさせない。この声が届いているって信じているし、アタシら姉妹の仲を切り裂ける人間なんていないんだからっ。いたら、息の根を止めてあげる)


 瀑布(ばくふ)の如く噴出する殺意を感じたのは久しぶりだった。自身の獰猛(どうもう)さに驚く前に、望んでいた未来がこの先にあるのだと確信していた。







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