未暮市
診察が最終段階に達し、利華はひっそりと部屋の隅に座り込んでいた。彼女の体からは数十本の細い紐が伸び、それらは全てガラスケースの中に安置された人物へと繋がっている。
「あっ、ああ……イヤあぁぁぁあぁぁぁ!」
雷に撃たれたような衝撃を受け、利華は大地を揺るがすような叫びを上げた。しかし、壁でさえもぶち破るかのようなその声は酷く無力であり、モニター越しで傍聴している人物は実験を中止しなかった。
脈が動くのと一緒に何かが奪われていく感覚がし、ぼろぼろと体内から零れ落ちていった後には喪失感と絶望感しか残らない。気力と体力を吸い尽くされ、疲弊していった利華は体に巻きついている紐を毟り取ろうと手を動かそうとするが、指先は自分の意志で動かず、まるで他人の体のようだった。
感覚が麻痺しているはずなのに痛みだけは鮮明で、くっついた磁石を無理やり離そうと加えられた力のようでもあった。それは決して冗談ではなく、だんだんと意識が遠のいていく。
「アタ、シは……いい。未菜が幸せ……に、なれるなら」
ぞうきんの水を極限まで搾り出したような声は空しくも未菜まで届かない。
(もしも……見守ってくれている神様がいるならば、未菜を頼む……けど、本っ当に救いようがないじゃんか、アタシって。まあ、目が覚めたらあいつらを殴るのは決定かな……)
諦めが悪い利華は願いを最後まで告げようとした。
「で、も、自分で未菜を……支えた、い。お姉ちゃんとして……アタシは――」
正常だった神経もやられたのだろうか、口を動かす事も儘ならくなり、利華の意識はだんだん
沈んでいった。
「あ、あっ……あぁぁぁぁあぁぁ!」
――妹に責任を押し付けたくない。アタシは最後まで諦めない!
利華は糸が切れたように気を失った。直後、傾いて橙色になっていた太陽が赤くなり、その奥で利華の声に呼ばれた生物が羽ばたく。
目指すのは未暮市、すなわち『未だに暮れない都市』。




