表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生と死の象徴  作者: 楠楊つばき
危険と隣り合わせの芸術
14/41

出し物3

「……お疲れ」

「ああ……いつもよりも、な」


 凪人は上着を脱ぎ、華美な装いをしている少女に視線を移した。


「お前の衣装ってさ、堅苦しくねぇのか? そんなにひらひらしていて」

「ん? そうか、なぁ……しょうが、ないから……仕事柄」

「生姜とは何の関係があるのか? って、俺、変なこと言ったか?」


 少女の無言の眼差しを受け、凪人は何かを察した。暫くして彼には理解できないと判断したのか、類は友を呼ぶと少女は一人で納得していた。


『うにゅ、〝死の象徴〟によるまじっくはどうだったのだな? ミーには、ちょっと心臓に悪かったのだ。それでは、最後となったのだな。締め括るのは同じく二年、〝共鳴の象徴〟なのだな』


 水月の声と同時に、会場の随所から歓声が上がった。


「わりぃな、音無。クライエント用の曲を作ってくれて」

「ううん。……運、命……彼女、聞くこと」

「それじゃ、頼む」

「……ん。行く」


 水月によって盛り上げられた場内は熱気に包まれていた。この出し物も大詰めとなり、誰もが期待してステージに目を向ける。〝共鳴の象徴〟こと、(おと)(なし)()()はスポットライトを浴びていた。

 小さくお辞儀をし、堂々とした、真っ直ぐで女優のような身のこなしは人々の注目を集めた。彼女のカリスマ性は著名な歌手に引けをとらない。アイドルとは違い、若さだけが彼女の取り柄ではないのだろう。


 ――届いて、伝えて……どこまでも、どこまでも、遠く。


 彼女は歌声で思いを伝えようと、心を込めて旋律を奏で始めた。


「わぁ……きれい」


 一人の生徒が感嘆の声を上げる。そして何かが産声をあげた。それは各々の心に生まれて育まれるものだった。



        





 意識が遠くなる。今、自分は何処にいるのだろう。体が重い、なぜだかはわからない。声が耳元で鳴る。鈴の音のような音が弾ける。高いけれど、キンキンとしない音は聴いていて心地よい。海に体を浮かべていて、鴎の鳴き声や波の音が心の中に思い浮かんでくる。

 そうか……アタシは漂っているんだ。子守唄が自分に眠りを誘っているんだ。


『砕け散る欠片 散り行く思い 影の中に拡散する 君は誰?』


 ――アタシ? アタシは渡瀬利華。


『抗うことさえも許されない 永遠の輪舞曲(ロンド)

 

 そんなことない、よりよい未来を掴むために抗ってみせる。


『計り知れない恐怖に 怯える日々』


 気がつくと、この声しか耳に届かなくなっていた。気持ち悪いほど静かであるが、それでいいと思ってしまう。アタシには未菜だけが必要なように。


『空を切る指先 触れることも叶わず』


 触れたいと思うなんて、どうしてだろう。人間は汚い。触れ合うことを渇望するなんて、病気ではないだろうか。お気に入りのタオルを離さないと眠れない子供みたいに。


『檻の中で佇む 君は誰?』


 牢獄には罪人がうじゃうじゃと居る。ならば、そんなところに居るのは罪人や刑死者だろう。


『振りほどいたことを 悔いる日々』


 手を繋いだ温もり。未菜の小さな手はいつも温かかった。


『わかっている だからこそ 飛び出したい』

 

〝飛び出したい〟が〝逃げ出したい〟に聞こえた。


『幸福なものよりも 変わらないものに 肩を震わせ 瞳に映るのは 君だけ 気付いている 追いかける 扉の先で待っている』


 ――未、菜。未菜は自分を待っているのだろうか。こんな、頼りなくて非力な姉を。


『君は微笑みかけて 大粒の涙を浮かべている 零れ落ちた滴は 君の言葉―― 言葉にしなくていい 君とは繋がっているんだ 堪えなくていい 諦めなくていい さぁ 凍えた手を出して』


 胸が痛い。針なんていうレベルでない、もっと太くて大きいものが自分を貫いている。


 藁にもすがりたいって、こういうことなのかな……。

 服を摑む手に、より一層力を込めた。


        







「……ふぅ」


 詩季は歌声を止めた。演出で輝いていた髪は光を失い、それが演目の終わりを告げる彼女を称えるのは観客の拍手と笑顔。心なしか、晴れやかな表情をしている人が増えた気がする。


「ま、だ……帰還、してない」


 彼女はある席に目を留めた。その席に座っている女子生徒は目を瞑っている。心地良かったからだろうか、どことなく幸せそうな顔をしていた。


「歌手、天職」


 詩季は踵を返し、舞台裏に姿を消した。


『それでは今回もお開きなのだなー。ご清聴ありがとなんだな。ちなみに、お休み中の生徒は、こちらでどうにかするので、起こさなくていいのだなー』


 水月の閉演を知らせる放送は詩季を通り越し、誰の耳にも届いた。


        







 目を開けると、白い壁の部屋に居た。寝起きで頭がぼーっとしていても、この部屋の異常を目敏く見つけてしまった。白一色――潔白すぎて息苦しく、利華は新鮮な空気を渇望するようにきょときょとしていた。


「……ない、窓が」


 現代の建築で窓がないということは即ち、日当たりも悪いということだ。なのに不思議と明るい。人工的な電灯と違い、暗さを感じさせない。部屋一面が光に包まれている。


「いや、そんなことよりもアタシ……」


 利華はすぐにこの部屋に適応し、立ち上がろうとした。ぐらり、と眩暈で体が大きく揺れる。構わずに扉を探し始めた。ここに来た経緯を知ることよりも、いち早く脱出することが先決だと判断したのであろう、利華は慌ても騒ぎもしなかった。


『気がついたらね、知らないとこにいたの。真っ白くて、なんか怖い……』


 頭を()ぎったのは、数日前に耳を傾けた未菜の夢の話。その状況と酷似していると思いながらも、利華は一般的な教室と同じ大きさの部屋を何度も回って扉を探した。


「ダメ、見えない……っ」


 扉は部屋の隅の方にあったが、利華には見えていない。


「これは夢? アタシはホールにいて、そして……」


 利華は現状を整理し始めた。ホールで誰かの歌声を聞いたところまでをはっきりと記憶していた。それから急に眠気に襲われた。


「あの声は歌声だったんだ。……人の声ではないと思ったけど」


 息を整え、利華は座り込んだ。


「凄かった。心の中に遠慮なく入ってきたし、抵抗する気にもならなかった」


 右目を眼帯で隠す利華は焦点がぼやけ、距離感を把握できない時があった。長年の訓練でそれを掴められるようになったが、自分では何もできない、というもどかしさに苛まれた。


「今まで……こんなことなかった……裏をかかなかったり、斜めに見なかったりしたのは」


 膝を抱えると、自分の体しか目に映らない。白い壁に目を向けないでいると、不安が和らいだ。 


「アタシが真意に受け止められるのは未菜か、もしくは耳元で囁く声。……学校ではどちらもないけど。それだけでなく、夢遊病なのかな、アタシ」

 

 教えてくれる人なんて皆無だけど、と利華は自分に言い聞かせるように言った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ