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生と死の象徴  作者: 楠楊つばき
危険と隣り合わせの芸術
12/41

出し物1

 五月五日水曜日。天候は晴れのち曇り。


 水月が渡瀬利華と接触してから、丁度一週間が経過した。世間ならば端午の節句だと上機嫌だろうが、凪人のグループは未暮学園で活動を続けていた。


 毎週水曜日には小ホールで心理学科による出し物が開催されている。三学年でいくつものグループがあるので毎週同じ演目ではない。だいたい一ヶ月でまた順番がまわってくる。


 本来ならば休日ということもあり、教室のほとんどがもぬけの殻だったので、普段よりも大きな演出ができると参加者は粋がっていた。他の学科の学業に支障をきたしてはならないため、平日の開催では規模や音量を抑えなければならない。たとえ小ホールを使用していても、歌などは外に漏れ出してしまうからだ。この恒例行事が始まった直後は生徒達が集中できないと批判を浴びたらしい。


「聞こえるか? 〝自由の象徴〟」


 舞台裏で客席を盗み見ながら、凪人はヘッドセットの小型マイクに向かって小声を発した。


『……通信状態良好です。用件をどうぞ』

「〝永久の象徴〟はホールの中にいるか?」

『はい、数分前に入場を確認しました。上座(かみざ)にいらっしゃいます』

「わかった。切るぜ」


 ぷつり、と回線が切れた。仲間内での会話は全て共有される。司会を担当する〝生の象徴〟と、雑用をこなす〝栄光の象徴〟もクライエントの居場所を把握したであろう。


(打ち合わせ通りに動いてくれよ……!)


 一度信頼を寄せた者とは最期までとことん付き合う。それが奥山凪人という男のポリシーである。一見とっつきにくく、第一印象では悪いイメージを与えてしまうが、本人はとてもストイックでクールな性格だった。性格が正反対と評される水月と折り合いが良いのも、お互いを熟知し、信頼しあっているからだろう。

 

 出し物は佳境に差しかかりつつあった。最後を飾る、音楽療法士の一つ前が凪人の出番である。理学療法士や作業療法士、音楽療法士が大半を占める中、凪人のやり方はそれらから逸脱していた。


 治療をするのではなく、深層心理を引き出して心を震わすと誰もが凪人の世界に浸り、引き込まれる。そうすると次の参加者の演奏を無防備な状態で聞かせることが可能になる。幾つものグループの標的が集まるこの機会で、広範囲に効果を及ぼすことができる。


 この出し物は心理学科の生徒達にとって、次の治療必要者を決める場でしかないことは伏せられている。独自の情報網を駆使し、じわりじわりと追い込む。私情だけが飛び交い、無関係な者までも巻き込む。凪人は自分がしていることに抵抗感はなかった。たとえ、心を(もてあそ)ぶ結果になったとしても。


『素晴らしい演技をありがとなのだなー。それでは盛大の拍手を宜しくなのだなっ!』   


 水月の無邪気な声が小ホールに響いた。どうやら、凪人の一つ前の発表が終わったらしい。拍手や歓声に混じって熱烈なラブコールも聞こえてくる。


(……親父、俺の最高の演技を披露してやるぜ。だから今回も成功を祈っていてくれよ)


 凪人は舞台裏の床をつま先で軽く蹴り、水月に紹介されるのを待った。


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