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生と死の象徴  作者: 楠楊つばき
危険と隣り合わせの芸術
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執着

 数多(あまた)の機械が中央のガラスケースを城壁のように取り囲んでいた。物がごった返している中で

最も大切に保管されているのであろう、その周辺だけが整頓されている。照明の明かりは部屋全体を照らしていたが、残月に照らされているように仄暗く、ガラスケースが浮かび上がった。


「おーい、〝ジギタリス〟。……来てやったからさ、開けろ」


 室外に備え付けられている防犯カメラが闖入者の姿を捉えた。それから自動ドアが開き、何者かがその部屋に足を踏み入れた。


「けっ、いないのか。せっかく遠方からやってきたのにさー。無駄骨かよ」


 やや低音の響きから、その人物は女ではないだろうと分かる。言葉遣いから反抗期真っ只中の少年を思わせた。白衣を纏い、サングラスをかけており、照明が暗いために頭髪の色は闇に溶け込んでいた。彼は散らばる機械の残骸に目もくれず、時々それらを踏み潰しながら中央に向かって歩みを進めた。人間の訪れを感知したのか、ガラスケースの真上から光が迸る。


「やっぱ、趣味が悪いよなー。植物状態だってほざいているけれど、密封されていたら酸欠になるっての。どうせあの野郎は二流の紛い物だから、死を受け入られていないだろうサ。現実逃避ってやつ? 笑えるよ。後で言いふらしてやろーか。そしたら本家に一生戻れなくなるな」


 彼がガラスケースに触れると障壁は全て跡形もなくなり、伸ばし続けられた手は何かを掴んだ。


 青い髪。川のせせらぎが耳元に聞こえてくるような、澄んだ青い髪。

 ガラスケースによって隔離されていたのは楚楚な女性の裸体に等しい姿だった。至る所に包帯と(おぼ)しきものが肌を隠し、くっきりとした体型を直視するには躊躇うほどの哀れな姿でもあった。同時に劣情を誘う様子はないが、男の欲望を駆り立てるほど美しい。まるで魔女が眠り姫に化けているようだった。


 重く閉ざされた瞼は一向に開く兆しがない。キスで目覚めるかと思ったが、彼は理性を保った。


「〝鹿()()()()〟……。あんたがさ、こんな姿になるとはな。……憧れていたのにサ」


 彼は、彼女のさらけ出ている肌を押した。適度な弾力があって生きているようだった。彼女の声や振る舞いを覚えていないからこそ、彼女の家族には幸せになってほしかった。


「……オレ、は……」

「〝南天〟っ! 何をしている!」


 室内に入ってきた白髪の男性は血相を変え、〝南天〟を突き飛ばした。


「次にその穢れた手で触れてみろ。ただではおかないからな……!」

「へいへい。〝ジギタリス〟、仮にも上司に向かってその物言いはないと思うがな。……どうせ、聞く耳を持っていないだろーがサ」


〝ジギタリス〟は女性が眠るガラスケースを執拗に撫で回していた。〝ジギタリス〟が触れようとすると〝南天〟の時とは違い、障壁が彼女の体の周りに展開した。〝南天〟はおどけながらも、その様子を観察する。


「執念深い奴は嫌われるぞー、ジギリスくん。それともリスがいいか?」


〝南天〟は〝ジギタリス〟を馬鹿にする際に、〝リス〟の部分を強調する愛称を好んでいた。


「……待っていたか、愛しの〝鹿の子百合〟。君の美しさは……まだ失われていないのだ。このぼくとの不滅の愛は……」

「オレを()(もの)にするとは、いい度胸だな。貴様の実験はオレの協力で成り立っているのにサ」

「……美しい、美しいぞ! 君は神に匹敵する。何時か、生きとし生けるものが君にひれ伏すだろう。さあ、ぼくの名を呼んでくれ。麗しの――」


 両手を広げ、天を仰ぐ〝ジギタリス〟を〝南天〟は唇の端をあげて嘲弄する。


「本家に通報しようかなー。〝ジギタリス〟は独断でお花をなぶっている、とサ。名前は〝ガーベラ〟だったか。……想像できるよな? 虚心坦懐なオレと、家名を略奪されたあんた。どちらを信じるかは談論風発せずに、答えが一致するだろうサ。はははっ、見事な道化の完成だな」


 そして〝南天〟は、扉付近を監視している防犯カメラの前に立った。


「黙秘権は認めてあげるけどさ、上下関係を理解してほしいよねー」


 見せしめと言わんばかりに、〝南天〟は顔を上げて防犯カメラを凝視した。


「凡人が生産し、量産した物は――」


 見る間にそれは発光して、内側から爆発した。そして証明がチカチカと異常な点滅をした。


「壊れやすいから……サ」


 飛び散った破片は〝ジギタリス〟のもとに達した。彼の白衣に衝突したものは落下したが、幾

つかの鋭い破片は服と(ただ)れた皮膚に突き刺さった。その間〝ジギタリス〟は横たわる女性に目を離さず、手も周期的な運動をしていた。この世界はぼくらのためにあるのだ、と言いたげに。


「へぇ……、貴様も随分と泰然(たいぜん)自若(じじゃく)になっていたなぁ。けどさ、いいのか? ……守らなくてサ」


 照明が落ち、辺りは漆黒の闇に包まれた。室外からの一条の光でさえ、届いてこなかった。


「……ない、ないっ! なにをした〝南天〟。ただではおかないと忠告したばかりだろう!」


 慌てふためく声は〝南天〟の耳元にも届いていた。なにしろ、先程まであったガラスケースは部屋から消えていたのだ。


「〝鹿の子百合〟を返せ、……返せ!」


 正気を失った〝ジギタリス〟は、白衣の内側から拳銃を取り出した。


「ふうん、三十八口径の回転式拳銃か。是非とも入手経路を説明して欲しいなー」

「どこに隠したのか、吐いてもらおうかっ……〝南天〟!」

「撃てるものなら撃ってみろ。貴様にオレが目視できていればな。オレをそう簡単には殺せない」


 短く吐き捨てた〝南天〟は弾丸の嵐をかいくぐり、一気に間合いを詰めた。がむしゃらに発砲する〝ジギタリス〟は気付かずに尚、拳銃を強く握り締めていた。相手の居場所を突き止められていないため、精神はすでに追い詰められ、がむしゃらに発砲しているのか、狙いが定まっていないのかわからないほど疲弊(ひへい)していた。


「次期当主候補の一人であるお前を殺せば、ぼくは本家に一目置かれ、返り咲く。……お前はそのための足がかりとなり、死亡するっ! 命乞いは今だけだ!」

「……ぷっ。はははははは……」


〝南天〟の笑い声は不気味にも木霊していた。


「何が可笑しい!」

「ジギリスさー、オレらを(あなど)っているよ。耳の穴をかっぽじってよーく聴け。……オレには貴様の行動が手に取るようにわかるのサ。一挙一動、全部……を」

「そんなのは、ハッタリだ!」


 一心不乱に〝ジギタリス〟は弾切れになるまで発砲し続けた。その度に部屋のどこかが穿たれていく。小さな爆発は瞬く間に起こり、精密機械の大部分は機能を失っただろう。


「四十代前半にしては切れやすく、大人気ないよなー。ジ・ギ・タ・リ・スぅ」


 着実に距離を縮めている〝南天〟は面白がり、この状況を満喫しているようだった。


「自分から墓穴を掘るとはな。オレの足音を消してくれて恩に着る。……さ、チェックメイトだ」


 後ろから羽交い絞めにされ、〝ジギタリス〟は咄嗟に拳銃から手を放した。両腕で〝南天〟の腕を引き剥がそうとするが、逆に〝南天〟の力を強めさせただけだった。


「頭の悪い貴様でも、力の差を理解できただろう? もう一度言う、オレは貴様の上司だ。そこんところ、間違えるなよ」

「なぜ……ぼくは継承しなかった? ああ、神よ。ぼくを見捨てるのですか……?」


 息が絶え絶えになりながらも〝ジギタリス〟は言葉を続ける。その刹那、自動ドアが開いた。


「うわっ、くらっ! マスター、どこですー? 忠実な下僕が到着しましたよー」


 能天気な声が響いた途端、〝南天〟は〝ジギタリス〟の拘束を解いた。〝ジギタリス〟は小さな呻き声をもらして項垂(うなだ)れた。


「役者が揃ったな。悪いが〝ジギタリス〟、貴様を利用する。あいつから第一位当主候補の座を奪略するために……!」


〝南天〟はニタリと、何かを企んでいるような笑みを浮かべていた。 


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