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今一度のカイロスを

作者: のばら



 ステンドグラスが光に照らされ、艶かしく光った。さまざまな色をした穏やかでくすんでいる、しかし美しい光が小さな教会の中を泳いでいた。




    

 窓から遠い海を見る。年々水位が上がってきている母なる海。巨大な珊瑚の上にあるこの島は、後少し水位が上がればあっというまに沈んでしまうのだろう。

 少し埃っぽい気がするこの教会で、ちらり、ちらり、とゆれていたあの男のプラチナブロンドが脳裏に浮かぶ。大雑把に切り揃えられた、潮風に痛んでいた髪、眩しそうに時折細められていた碧眼、形の良い唇が私を呼ぶ動き。そして、私を触れるそのやさしい、けれど古傷とたこのある確かにひとごろしのおおきな手。

 共に死ぬのであろう。この島と。あの男の中にある私の記憶と。ゆるやかに、時と共にうっすらと、しかし確実に、消滅してゆくのだろう。


 瞼を降ろして目を閉じた。瞼の裏に浮かぶのは、穏やかな、しかし気まぐれな海の前で私を見てはにかむ男。晴天な空の青と海の青と、男の瞳の蒼さにくらり、と心の何処かが目眩を起こし、ふと、あの男の瞳の蒼は、天と海の青を搾り取って出来たのではないのかと可笑しなことを思った。ゆっくりと瞳を開けていけば、その男の姿は消えた。


 あの男は、結局はこの海を愛したのだろう。私に恋をくれたけれど、さいごにはこの海に帰って行った。


 あぁ、男の声が思い出せない。確かにほんのりと隠しきれない愛しさを乗せて名を呼ばれていたはずなのに。それほどの時間が流れた。この島と、あの男の中にある私の記憶と同じように、私の中にある男の記憶が、ひっそりと、壊れていく。


 男はまだ、来ない


 しかし確かにあの言葉は心の奥底からの想いだったのだ。男が本気で言ったのだ。その瞳には、愚直なまでの真髄さが宿っていたのだ。

 私は愚か者と言われるだろうか。あの人の拙い言葉を信じ、口約束だけでいつまでも待っている私は。





 わたしはここで、いつまでもまっている 

             あのJolly Rogerジョリー・ロジャーをさがして









 大きく太い木々に囲まれたその島は、海面上に出た多くの巨大な珊瑚の上にできていた。一歩その島に足を踏み込めば、密集した木々で昼でも暗い森がその者を迎え入れた。その森は所々光のヴェールが差し、幻想的であった。


 平和な島であった。怠惰的なまでにゆるりと時がただ流れている。

 その島にある時、一人の男が流れ着いた。閉鎖的なその島の住民は、皆拒んだ。その男を受け入れることを。変わり者の女を一人、除いて。変わり者は森の奥にある教会に住んでいた。真っ暗だが、美しい聖母マリア像が描かれたステンドグラスのあるで教会だった。


 男を女は招き入れた。ステンドグラスを通して緩い光が男と女を包んでいる。怪我が完全に治るまでと女は男に伝え教会に置いた。ある時、ふと、女は気付いた。あぁ、と男は気付いた。女と男は愛を知った。

 しかしだからといって互いが互いにそれを言の葉にしたわけではない。ただ、穏やかで、心が温まる日々を過ごした。その日々には言の葉にしなくても、確かに愛に満ちていた。


 男が島に流れ着き数ヶ月が経った。ある時男が女に告げた。この島を出る、と。

 男は完治したのだ。女は改めてその男を眺め、ただ頷いた。女がその時何をおもったかは女にしか解らない。男は女を抱きしめた。女も男を抱きしめた。カチャリ、男の腰にあった剣が反動で揺れた。男は海賊であった。海賊である男は、海に、胸の奥底から焦がれていた。どうしようもないくらいに、海に、海を、愛していた。男は女に何かを言った。長くはなかった。しかし短いと言ってしまうには惜しい程に、何かがそこにあった。男と女にしか共有できない何かが。

 そうして男は島を出た。


 

 男は女に呪いをかけました。一生その身を心を縛り付け立ち止まらせる呪いです。男の呪いの言葉は女を縛り付けました。男がおもっていた以上に、その呪詛は女の心に身に残り、共に溶けて女の一部になったのです。


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