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第二十一話

 外出の支度をしているところに来客の知らせがあった。

 司はネクタイを結びかけていた手を止めて、首を傾げる。

 ――吉田青洲よしだ せいしゅうが何をしに来たんだ?


 客間に通されていたのは吉田青洲夫妻だった。


 月夜野島の東にある吉田神社は、昔から吉田家と深いつながりがある。吉田家もまた、今回の一連の霊魂が関わる事件に巻き込まれた当事者だった。吉田家の長男、吉田青洲は諸々の事件に巻き込まれた揚句、家を出て行方知れずになっており、家督を既に弟の赤秀に譲っていたが、霊魂を鎮めることができたことで、最近吉田に戻っていた。


 青洲の妻、いずみは旧姓を鈴森という。これは島で守られていた鈴守家の血脈のもので、更に、「名和」「志木」の血筋をも受け継いでいた彼女は、非常に複雑な神器としての性質を持っていた。


「秋子さんっ」

 嬉々として駆け寄るいずみに、既に客間に出向いていた秋子が嬉しそうに応じる。


 いずみは、今回の一連の事件で両親を失っていたが、だがしかし、彼女の一家がいなければ一連の事件は収束しなかっただろうと、崇は言っていた。


 いずみと同様に、秋子も名和の血筋だ。名和の血筋を持つ者同士は近くに居れば、互いにその存在を気配で感知できる不思議な力を持っているらしい。


「いずみさんだとすぐに分かったわ。気配で分かるもの」

 秋子は嬉しそうにいずみの手を取った。


「あれ? 佐川は?」

 後ろで、赤ん坊のかおるを抱っこしていた青洲がキョロキョロと辺りを見回す。


「崇なら追い返しましたよ。なんです? ここで待ち合わせをしていたんですか?」

 司は仏頂面で夫妻にソファを勧める。

「ってことは、島に行く気が無いと言うことか……」

 青洲は勧められるままに腰を下ろしながら、肩を竦めた。


「何故、志木家が月夜野島などに行かねばならないんですか。そんな縁もゆかりもない場所に……」

「縁もゆかりもないって……佐川から聞いてないのか? 鳥居のことも、志木仁しきじんのことも……」

 青洲は苦笑する。


 司の叔父にあたる志木仁は、三十年ほど前に月夜野島に祀られていた封印を解いた張本人だった。もっとも本人はそれが封印だと知らずに解いてしまった訳なのだが、今回の霊魂の暴走はそこに端を発しており、彼自らもそのせいで落命していた。


「その志木仁こそが、忌まわしい事件の発端となったというのに、志木家が島に行ったって誰も喜ばないでしょう? むしろ、忌まわしいと嫌がられるのではないですか?」

 司の言葉に、青洲はそれか……と小さく頷いた。


「無論、中には忌まわしいと思う者もいるだろう。今更そんな神社の鳥居を引きあげてどうすると言う者もいる。だけど、今回の鳥居のサルベージの件は、吉田神社を代々守ってきた鈴守家の当主鈴守鳴春のたっての希望なんだ。やつは神器の三家、鈴守、名和、石守を一ところにより合わせる大祭のイベントにしたいんだよ。なんだかんだいって、島の人たちは祭り好きな陽気な人たちだしな」

 青洲はにやりと笑う。


「しかし、名和家は……」

 島の残っている名和家はいないと先ほど崇は言っていた。まさか、その為に妊婦である秋子を引っ張り出そうとしているのか?


「まさか、その為にシュウを引っ張り出そうとしてるんじゃないでしょうね? いい迷惑なんですが……」

「その様子だと詳しい事は佐川から聞いていないようだな。もちろん、秋子さんが来てくれれば心強いが、いずみも、馨も名和の血筋なんでね、秋子さんが来てくれないと大祭ができないと言う訳じゃないんだ。だけど、島へ行くことはきっと秋子さんの為になると俺は思うんだけどね」

「……シュウの為ね……」

 考え込む司に青洲は続けた。


「それに島の人たちも喜ぶさ。志木家と言えば、有名な大企業だからな。そこの当主が来るとなれば、みんな大喜びで見に来ることだろうよ」

 ――俺は人寄せパンダか。

「しかし、それはただ来れば良いって意味じゃないんでしょうね?」

 仏頂面で司が答えると、

「そりゃ、お布施を弾んでくれれば、更に喜ばれるだろうけどな?」

 と青洲が満面の笑みで返す。


 そんな会話をしていたところに、後ろから悲鳴が上がった。


「いたーい、青洲さんっ。馨がぁ」

 慌てて駆け寄った青洲は、いずみの手から馨を抱きあげた。

「ダメだろ、馨っ」

 馨におもいっきりつねられたいずみの頬が赤くなっている。


「あぁ、いずみちゃん、随分ひどくやられたね」

 そう言いながら、青洲は馨を司に無造作に差し出した。行きがかり上、青洲同様に様子を見ていた司は、突然赤ん坊を差し出されて後ずさる。しかし、青洲はそんな司の様子には頓着せず、さっさと受け取れと更に差し出すし、赤ん坊は赤ん坊で抱っこしろとでも言うように司に向かって手を差し出すものだから、仕方なく司は馨を受け取ったのだった。


 受け取った赤ん坊が司の顔を見つめて、不敵に笑った……ような気がして司は瞬く。


「かわいいですねぇ。馨くん」

 隣に来た秋子がそう言った瞬間、不敵に笑ったように見えた赤ん坊の顔が無邪気な笑みに戻った。


「すごくご機嫌な顔してますね。司さんが赤ちゃんを抱っこするのこんなに上手だなんて知りませんでした」

 秋子がにこにこ笑って馨の手をつつくと、馨は秋子の指をぎゅっと握りしめる。お陰で、秋子はかわいいかわいいを連発した。

 

 その隣で、痛い? 冷やそうか? ううん、平気。青洲さんが撫で撫でしてくれたらすぐに治るから、とかイチャイチャしている吉田夫妻にげんなりする。

 ――こいつら、何しに来たんだ……。


 とにかく、もう少し考えてから行くか行かないかを決めてくれないかと吉田青洲夫妻は言い残して、帰って行った。必要なら専用ジャンボをチャーターしても良いとまで言っていた。

 ――どこまでも酔狂な家だ。


 秋子と一緒に夫妻を見送った後、すっかりくたびれ果てた司はリビングに戻ってソファに身を沈めた。


 にこにこした顔のまま、その隣に秋子が座る。


「司さん、赤ちゃんってかわいいですね。私、末っ子だったからあまり小さい子と遊んだことが無くて……どんな風に接したらいいのかって少し不安だったんですけど、あんなにかわいいんなら、私でも大丈夫そうです」

 単純に嬉しそうに語る秋子に呆れながらも、まぁ、育児を前向きにとらえられたのならば良いかとも思う。


「それに、いずみさんと吉田さんがすっごく仲が良さそうで……」

 そう言いながら、秋子はクスクス笑った。

「ああいうのをバカップルと言うんじゃないか?」

 そう言って、苦笑する司を急に秋子が覗きこんだ。

「司さん、私ね、ずっと司さんにお礼を言わなくちゃって思っていたんですよ」

 にっこりほほ笑む秋子に司が何事かと首を傾げる。


「あの桜色の着物……司さんが私の為に買ってくれたことを最近知りました」

「あぁ、あれのことか」

「それだけじゃないですよね? 茶丸のことも、それ以外のことだって、司さんはいつも私が望んだことを叶えてくれていました。私、馬鹿だから、ずっとそれに気づいていませんでした。ごめんなさい……ありがとう」

 秋子は少し伸びあがって司の頬にそっと口づけた。


 司はそのまま秋子を引き寄せて膝の上に座らせると、何度も口づけを落とす。

「君は……本当にひどい人だな。抱きたくても抱けないこんな状態の時に、その気にさせるようなことばかり言ったりしたりして……」

 司の言葉に秋子は戸惑ったように口ごもる。


「え? いえ、私、そんなつもりでは……」

「いや、構わない。赤ん坊が生まれるまでは我慢する。その後は君が我慢する番だ。覚悟しておいて……」


 ――ええええ~?

 耳元で囁かれる甘い睦言に、赤くなったり青くなったりする秋子なのだった。

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