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第十九話

 

 梅雨明けの眩しい日差しが降り注ぐ週末の昼下がり、志木家に佐川崇さがわ たかしがやってきた。司の従弟にあたる彼は、滅多に志木家に来ることはなかったが、秋子はしょっちゅう崇の祖母にあたる佐川徳子さがわ とくこの家を訪れていた。圭吾と琴音の見合いの後、茶丸が佐川の家に引き取られていたからだ。


「随分お久しぶりですね。秋子さん」

 崇の言葉に秋子は小さく吹きだす。久しぶりも何も、昨日徳子の家で会ったばかりだ。崇は徳子に呼び出されたとかで、棚の修理をさせられていた。


 へらっと悪戯っぽく笑う顔は司とは全然雰囲気が違うのだが、さすがに血筋のせいか、その黒ぶち眼鏡を外せば、崇は司とよく似ていた。


「崇がこっちに来るなんて珍しいな。何事だ?」

 ソファで新聞を読んでいた司が胡散臭げに顔を上げる。

「旅行のお誘いですよ。伝説の島に行ってみませんか?」


 九州東部にあるその島は、かつて遠い昔志木家が国造として統治していたと考えられている島だ。崇の祖父であり、史学者であった志木仁しき じんが三十年ほど前にそれを突き止めた。島には不思議な伝承が残っており、神器と呼ばれる三家、鈴守家、名和家、石守家の血筋が脈々と受け継がれてきた島でもあった。


「……そんなことよりも、俺が頼んだことはどうなってるんだ?」

 司は新聞をばさりと置くと崇を見上げた。


「もちろん解決済みですよ。だから誘ってるんじゃないですかぁ。秋子さん、体調はどうですか? 旅行には行けそうですか?」


「シュウは行けない。妊婦なんだぞ」

 崇の言葉に、司はとんでもないと言いたげに間髪入れず返答する。旅行と聞いて一瞬目を輝かした秋子は、司の言葉に明らかにがっかりしたようだった。


「僕は秋子さんに体調を訊いたんであって、司なんかに訊いていませんよ。で、秋子さん、どうなんですか? 安定期に入るのはいつです?」


 妊娠五か月目に入ったばかりのお腹は少しふっくりとしているものの、まださほど目立たない。ここ数日でようやくつわりが治ったところだ。


「もう安定期に入ってます。今のところ順調だし、問題はないと……思いますけど……」

 そう言いながら上目遣いで司を見て、秋子は言葉を途切れさせた。眉間に深いしわが寄っているところを見ると、司は明らかに秋子の返答が気に入らないらしい。


 ――でも、伝説の島って……もしかして……。


 秋子は気になって仕方が無い。秋子の家族が何者かから逃げるようにある島を出たのは、まだ記憶にも残らないくらい秋子が小さい頃だった。船がやけに揺れて、凄く怖かったことだけを覚えていた。


「あの……その伝説の島って、もしかして四聖獣の伝承があるというあの島のことですか?」

「そうですよ」

 崇は満面の笑みで頷く。


 少し前、志木家に巣食っていた霊魂を祓う直前、秋子は崇からその島の伝承を聞かされた。秋子の実父の姓である名和が、その島固有の姓であることも、その血筋のものが霊魂を封印する力を持っているのだと言うことも、その時初めて秋子は知った。


 ――私に度々憑いていたというヒルコの霊もまた、その島から来たんだろうか。


「……もしかしたらその島に、私が小さい頃住んでいた家があるのかもしれませんね」

 ぽつりと呟くように言った秋子の言葉に司が反応する。

「君は月夜野島つくよのじまに居たことがあるのか?」


「そこは月夜野島って言うんですか。実は、私が幼い頃いた島が何という島なのか全然覚えていないんです。それほど小さい頃に、私達家族は島を出たんです。船がすごく揺れて怖かったことしか覚えていなくて……だから、それがその島かどうかは……」


「だったら、月夜野島で間違いないですよ。名和家代々の土地がありますからね。でも今はもう、島に残っている名和家はいないんじゃないかなぁ」

 崇の説明に秋子は瞠目する。


 ――家族四人で暮らしていたあの家がその島に?


 島には不思議な伝承とともに四つの祠とそれを祀る神社が存在する。不思議な伝承とは次のものだ。


 その昔、凶なるもの、西海より流れ着きし

 悪しき心満ち溢れ、妬みあい、憎み合い、奪い合った

 四聖獣のもとに集まりし三つの神器

 すなわち、鈴、縄、石もて

そのものを鎮め、縛り、封印せし


 そして更に今回、霊魂を封印した際に以下の文を付け足した。これは二度と過ちを冒さぬ為の附則として、崇が考案した文だ。


 封印を解かれし鬼、再び現世に蘇えりし

 悪しき心満ち溢れ、妬みあい、憎み合い、奪い合った

 四聖獣によって、束ねられし三つの神器

 すなわち、鈴、縄、石もて

再度、そのものを鎮め、縛り、封印せし

 赤き金色の封印、禁足地にて祀られん

二度と解かるることなきこと願ふ


 この言葉とともに封印した土偶を島の神社に安置したのが三ヶ月前。ところが封印はまだ禁足地に祀られていない。いずれ正式な儀式に則って祀る必要があるのだと崇から聞いている。その土偶を作ったのが秋子であり、それがすなわち名和の力だった訳なのだが、未だに秋子は名和の力というものがあまり自覚できていない。その島に行ってみれば、何か思い出すこともあるのだろうかとも思う。


 ――行ってみたいのはやまやまだけれど……。


 今体調が良くても、そんな九州くんだりまで出向いて、そこで具合が悪くなったらどうする? と崇に苦情を言っている司が許可してくれるとはとても思えない。


 ――行くとしたら、産んだ後になるのかな……。


 島の四方には四つの祠があって、それぞれ、青龍、朱雀、白虎、玄武が祀られている。しかし今回、霊魂がらみの様々な事件が起こり始めて、その一連の奇怪な事件の一つとして、祠は何者かによって襲撃され破壊されていた。また、時を同じくして、それらの事件を収束させるべく東奔西走していた崇が、島の東側にある神社とは別に、西の海に大昔にあったらしい神社の鳥居が沈んでいることを発見した。


 今回の旅行の目的は、それらの祠の修復とともに、その沈んだ鳥居を東の神社と関係の深い吉田家がサルベージしてくれることになったので、その様子を見に行く為のものらしい。


「酔狂な話だな。沈んだ鳥居を引きあげてどうするんだ?」

「志木家に渡すって言うんですよ」

 へらりと笑う崇に司は顔を顰めた。

「いらない」


 沈んだ鳥居の額塚には『四鬼神社』と書かれており、遠い昔その島の国造だった志木家の存在を証明するものになるだろうと崇は目を輝かせて言った。

「そんなもの今更証明してどうする」

 司はにべも無い。


 自分が責任を持って有形文化財登録の手続きをするから大丈夫だと言い張りながらも、ひとまず退散した崇を秋子は玄関先まで見送った。


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