第十六話 *
R15描写があります
その日、司がやってきたのは夜も更けた頃だった。
ノックの音に秋子がドアを開けると、今帰ったばかりなのか、まだスーツ姿の司が立っていた。
「思ったよりも仕事が長引いてしまいました。もうお休みでしたか?」
「いいえ」
「入っても?」
秋子は無言のまま道を開けた。すれ違いざま司から微かにアルコールの匂いがする。
「……ずいぶん遅くまでお仕事だったんですね。お疲れならばお話は明日にしてはいかがですか?」
秋子の言葉に答えることなくケージを覗きこむ司に、茶丸は胡散臭そうに鼻をひくひくさせる。その様子に司は小さく吹きだした。
「こいつは立派な騎士ですね。胡散臭い奴が来たという顔で睨んでいる」
「お酒の匂いなどさせているからだと思いますよ?」
「そうかな? 俺があなたに悪さをするんじゃないかと睨んでるんだと思いますけどね。試してみましょうか?」
司は振り向きざまに秋子に口づけた。
「やめてくださいっ」
秋子が体を離そうと抵抗すると、茶丸が低く唸るのが聞こえた。
「ほらね。この犬はなかなか賢いようだ」
「今夜はお見合いの件のお返事をするために部屋に入っていただいたのです。ですから、そのようなことは……」
秋子の体をまさぐり始めていた司の手を制止する。
「返事など聞く必要はありませんよ。あなたは俺の言うことは聞かなければならないんだから」
「……それじゃあ」
ならば元々返事など聞く必要なかったではないか。
「俺が聞きたかったのはあなたの姿勢です。いい加減にやられては困りますからね。やはりしっかり取り組んでもらう為には、それなりの交換条件が必要でしょうね」
司は拳を顎に当てて考え込む。
「そんなの必要ありません。お引き受けするからには、きちんと対応致します」
秋子の返答に司は笑いだす。
「やはりあなたは何もわかっちゃいない。きちんと対応するだけでは足りないんですよ。そうだな……こうしよう。この話がまとまればこの犬は助かる、まとまらなければ助からない。保健所行きです。これでどうです? 俄然やる気になったでしょう?」
「そんな……」
纏まるか纏まらないかは当人同士の問題だ。いくら秋子が纏めたいと思ってもそれは無理と言うもの。
交換条件の難易度の高さに困惑する秋子を無視して、再び体をまさぐり始めた司が耳元で囁く。
「なに、あなたが本気で纏めたいと思えば纏まる話です。彼にとっても良い話ですからね。彼はなかなか会社で頼りにされているようですよ。営業成績も良いようですしね。あなたに認められたくて頑張っていたのかもしれませんが、今ではもう意味がありませんね。でも、この縁談を受け入れれば彼の前途は洋々ですよ。頑張った意味も出てくるというもの……」
「……っ、司さん!」
気づけば、いつの間にか半裸状態で背後から抱きしめられている。
「しーっ そんな声を出すと子犬ナイトが怒りますよ? うるさくさせてその場で処分しろなんて言われたら、いくら俺でももう助けられませんよ?」
耳たぶを甘噛みして、そのまま首筋に唇を這わせる。露わになった双丘をやわやわと片手で揉みながら、もう一方の手を内またに這わせる。
「あなたは……本当に柔らかくて……いい匂いがする」
耳に首筋に頬に瞼に、あらゆるところに唇を押しあてながら耳元で囁く。
「随分酔ってらっしゃるんですね」
秋子は軽く首を捩りながら司を睨みつける。
「酔ってますよ。あなたに酔ってます。俺が蔵谷君の立場じゃなくて本当に良かった。あなたを知った今となっては、あなたを取りあげられそうになっただけで俺は気が狂いそうになって、盗られるくらいならいっその事とあなたをくびり殺してしまうかもしれません」
「……っ」
瞠目して幽かに震える秋子の唇を強く何度も吸い上げる。
「俺が怖いですか? 俺は自分が怖いですよ。あなたを逃がさない為なら俺は何でもしますから。覚えておいてください」
司はそのまま秋子をベッドに押さえつけると、更に深く口づけた。
やっぱり体が目当てだったんだ……。私はお金で買われた、ただの……玩具だったんだ。
そんな気はしていた。でももしかしたら、もしかしたら司は自分のことを好きなんじゃないだろうか。心のどこかに芽生え始めていた幽かな希望。しかし、そんな甘い期待は見事に打ち砕かれる。
体に飽きたら、遊ぶ価値が無くなれば、私は捨てられるの?
秋子は司の背中に手を回して強く抱きしめた。
「ふふっ、今日は随分積極的なんですね。こうされることが好きなんですか? 見かけによらず淫乱なんですね」
秋子の瞳から涙が零れ落ちる。
罵ってくれたらいい。辱めて、貶めてくれればいい。
――あなたのことなど決して好きにならないように。