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会社の健康診断で「魔力値だけ異常」と言われました

作者: よみなぎ
掲載日:2026/09/14

人間にも微量の魔力がある――そんなニュースが流れたのは、たしか二年ほど前だった。


だからといって、俺の生活は何一つ変わらなかった。


魔法使いが街を飛び回るわけでもない。俺は相変わらず会社に行き、パソコンに向かい、昼休みにコンビニ弁当を食べている。


そんな俺が今年の健康診断で、魔力値だけ引っかかった。


「基準を大幅に超えています。念のため、精密検査を受けてください」


「……魔力値?」


血圧でも血糖でもない。


存在を知ってから二年間、一度も気にしたことのないものだけが異常値だった。


後日届いた結果を見る。


『魔力値 E 要精密検査』


基準値。


その横に、自分の数値。


「……桁、間違ってない?」


数十倍あった。


   ◇


指定された専門外来へ行くと、医師は俺の検査結果をしばらく眺めた。


「かなり高いですね」


「やっぱりですか」


「これだけの魔力量があるなら、何か自覚はありませんか?」


「ありません」


「意図的に魔力を使った経験は?」


「ありません」


「物を動かしたり」


「できません」


「火を出したり」


「できません」


「傷の治りが早いとか」


「普通だと思います」


「身体能力が高い?」


「三階まで階段で上がると息切れします」


医師が黙った。


俺も黙った。


せっかく人の数十倍の魔力があるのに、何一つ使えないらしい。


「不思議ですね」


「俺も今、不思議になったところです」


追加検査を受けた。


そして、不思議は増えた。


「あなたは毎日、かなりの量の魔力を生成しています」


「はい」


「ですが、ほとんど残っていません」


「はい?」


「毎日、ほぼ使い切っています」


意味が分からない。


「俺、魔法使えないんですよね?」


「そのはずなんですが」


「じゃあ何に使ってるんです?」


「それを調べたいんです」


医者に聞いたら医者も分からなかった。


結局、一週間ほど携帯型の測定器をつけて生活することになった。


   ◇


翌朝。


いつも通り会社へ向かう。


家を出てすぐ、腰につけた測定器が鳴った。


ピッ。


見る。


魔力が少し減っている。


「……何した、俺?」


何もしていない。


歩いただけだ。


駅へ向かう。


交差点の角。


向こうから自転車が曲がってきた。


俺も同じタイミングで角を曲がる。


ぶつかる。


そう思った瞬間。


ピッ。


自転車の男が、ほんの少しだけ早く俺に気づいた。


ハンドルが数センチずれる。


「すみません!」


「いえ」


通り過ぎる。


俺は測定器を見る。


減っている。


「……まさか」


駅。


ポケットから定期券を出す。


一緒に百円玉が落ちた。


ピッ。


硬貨は床に落ちる直前、俺の靴の甲に当たった。


足元に転がる。


「……え?」


会社。


隣の席の佐藤がコーヒーを持って歩いてくる。


床に伸びた電源コードへ靴がかかりかける。


ピッ。


佐藤の足が、直前で半歩ずれた。


「あぶね」


コーヒーも無事。


俺は佐藤を見る。


測定器を見る。


また減っている。


昼前。


棚の端に置かれていたファイルが滑った。


落ちる。


ピッ。


ファイルの角が棚の金具に引っかかる。


止まった。


午後。


前を歩いていた社員の胸ポケットからスマホが滑る。


ピッ。


スマホは鞄の角に当たり、そのまま本人の靴の上へ。


「うお、助かった」


俺は測定器を見た。


確信した。


「……俺、こんなことに魔力使ってんの?」


   ◇


翌日。


病院で医師に記録を見せる。


「ほぼ間違いありません」


「何がです?」


「あなたの魔力は、周囲で起こりかけた小さな不運を回避するため、自動的に使われています」


「勝手に?」


「勝手にです」


「俺の意思は?」


「関係ありません」


ひどい。


俺の魔力なのに。


「どのくらいの範囲ですか?」


「記録を見る限り、数メートル程度ですね」


「遠くは無理?」


「無理でしょう」


「宝くじ」


「関係ありません」


「競馬」


「関係ありません」


「パチンコ」


「おすすめしません」


「使えねえ」


「かなり珍しい能力ですよ」


宝くじ一枚当てられないくせに。


医師は記録を指さした。


「幸運を生み出しているわけではありません。起こるはずだった小さな不運を、偶然で説明できる範囲だけ、少し良い方向へずらしているようです」


「少し?」


「最後の数センチ、とでも言えばいいでしょうか」


最後の数センチ。


言われてみれば、確かにそうだった。


スマホが壊れない。


コーヒーがこぼれない。


人とぶつからない。


何かが落ちても、ぎりぎり助かる。


全部その程度だ。


そして、それは俺自身にも効いているらしい。


思い返してみる。


三十二年間、大事故なし。


大怪我なし。


財布をなくしたことなし。


スマホを割ったことなし。


仕事でミスはする。


でも、致命的なところまで行ったことはない。


そして。


「先生」


「はい」


「俺、人生で一度もビニール傘盗まれたことないです」


「……それは」


医師が少し考えた。


「能力かもしれませんね」


そこまで守ってたのか、俺の魔力。


だが、医師はさらに気になることを言った。


「自動発動を抑えられれば、魔力を蓄積できる可能性があります」


「貯められる?」


「はい。あなたほどの生成量なら、訓練次第で別の魔法を使える可能性もあります」


初めて少しワクワクした。


魔法。


火とか。


物を浮かせたりとか。


三十二年間、特技らしい特技などなかった。


そんな俺が、実は人の数十倍の魔力を持っている。


「止められるんですか?」


「試験的になら」


その場で、自動発動を抑える装具を借りた。


まずは半日。


問題がなければ、訓練を考える。


俺は人生で初めて、自分に特別な才能があることを少し嬉しく思った。


   ◇


翌朝。


装具をつけて家を出た。


三十秒後。


玄関前で鍵を落とした。


カン。


鍵は側溝のふたの隙間へ。


「うわっ」


慌ててしゃがむ。


隙間の途中で引っかかっている。


指を伸ばす。


届かない。


五分かけて、傘の先で引き寄せた。


「……朝から何やってんだ俺」


駅へ向かう。


交差点の角。


昨日と同じように、自転車が曲がってきた。


今度は本当に肩がぶつかった。


「すみません!」


「いえ、大丈夫です」


痛くはない。


ただ、昨日なら数センチずれていた。


駅。


定期券を出す。


イヤホンが落ちた。


床に当たる。


ケースが開く。


左右のイヤホンが別々の方向へ転がった。


「嘘だろ」


拾う。


会社。


社員証を机に置こうとして、手が滑った。


カードは机と棚の隙間へ。


「……マジか」


しゃがむ。


見える。


届かない。


定規で引っかけて、やっと取る。


席へ戻る。


ペンを机の端に置く。


コロコロ。


落ちる。


「あ」


拾う。


五分後。


また落とす。


「……世の中って、本来こんなに物が落ちるのか?」


さすがに笑えてきた。


俺は三十二年間、ずいぶん甘やかされていたらしい。


だが、笑っていられたのはそこまでだった。


昼前。


佐藤が俺の横を通る。


俺の椅子の脚に靴を引っかけた。


「うわっ!」


手に持っていた書類が床へ散らばる。


「悪い!」


「いや、俺も椅子出てたし」


二人で拾う。


その十分後。


別の同僚が俺の机へ書類を持ってきた。


俺が受け取ろうと手を伸ばす。


指先がぶつかる。


書類が落ちる。


「あっ」


また二人で拾う。


昼休み。


俺がコーヒーを机に置く。


肘が当たった。


カップが倒れる。


「ああっ!」


書類の端までコーヒーが流れる。


昨日までなら。


カップが何かに引っかかったり。


書類の数センチ手前で止まったり。


最後の最後で助かっていた。


今日は助からない。


「……これ、地味にきついな」


午後。


佐藤のペンが落ちた。


拾おうとして、机の角に膝をぶつける。


「痛って!」


その向こうで、別の同僚が立ち上がった。


椅子が後ろの棚に当たる。


積んであったファイルが二冊落ちた。


「うわっ」


その一冊が俺の足元まで滑ってくる。


俺は黙って見る。


数メートル。


全部、俺の周りだ。


午前中は、自分がついていないだけだと思っていた。


違う。


**俺の周りだけ、最後の数センチで負け続けている。**


佐藤が膝をさすりながら言った。


「今日なんか、お前の周りだけ雑じゃない?」


「……たぶん俺が原因」


「何したんだよ」


「何もしないようにした」


「もっと意味分かんねえよ」


その瞬間。


俺の机の端に置いてあった消しゴムを、佐藤の袖が引っかけた。


落ちる。


佐藤が拾おうとして机の下へ潜り、


ゴン!


「痛ってえ!」


俺はスマホを取り出した。


   ◇


『はい、どうされました?』


「先生」


『はい』


「戻していいですか?」


『抑制装具ですか? 予定では夕方までデータを――』


「戻していいですか?」


『……何がありました?』


「俺の周りだけ、最後の数センチが全部負けてます」


数秒、沈黙。


『……外してください』


装具を外す。


何も起きない。


当然だ。


光もしない。


風も吹かない。


ただ、佐藤が机の上のマグカップへ手を伸ばした。


指先が少し当たる。


カップが傾く。


ピッ。


倒れる直前。


取っ手が書類トレーの端に引っかかった。


止まった。


「危な」


佐藤が息を吐く。


俺は測定器を見る。


魔力が減っている。


「……戻った」


「何が?」


「こっちの話」


その直後。


俺の机からペンが転がった。


ピッ。


床へ落ちる直前、椅子の脚に当たる。


俺の足元へ。


拾う。


なんてことはない。


本当になんてことはない。


なのに、妙に嬉しかった。


世界が元に戻った。


いや。


たぶんこれが、俺にとっての普通だった。


   ◇


数日後。


病院。


医師が聞く。


「抑制訓練、どうします?」


「しません」


即答した。


「魔力を貯めれば、ほかの魔法を習得できる可能性がありますよ」


「いりません」


「火を出せるかもしれません」


「コーヒーこぼさないほうがいいです」


「物を浮かせられるかもしれません」


「社員証が隙間に落ちないほうがいいです」


医師が笑った。


俺も笑った。


火を出せたら面白いとは思う。


物を浮かせられたら、もっと面白い。


せっかくの魔力を、毎日しょうもないことに使い切るのはもったいない。


少し前までは、そう思っていた。


でも。


「普通に一日終わるほうが大事ですよ」


俺は三十二年間、ずっと普通だった。


何の変哲もない人生だと思っていた。


どうやら違ったらしい。


何の変哲もない一日を送るために、毎日とんでもない量の魔力を使っていたのだ。


   ◇


翌朝。


いつもの会社。


いつもの席。


いつものパソコン。


「おはようございます」


「おはよう」


佐藤がコーヒーを持って横を通る。


何も起きない。


俺はパソコンの電源を入れた。


机の端に置いてあったペンが転がる。


落ちる。


その寸前。


クリップに引っかかって止まった。


ピッ。


測定器を見る。


魔力が、ほんの少し減っていた。


思わず笑う。


「お前、そんなことにまで魔力使うなよ」


まあ、いい。


今日もたぶん、帰るころには空っぽだ。


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― 新着の感想 ―
地味に不運体質を改善するために魔力が消費されてたと(,,・д・)いや~主人公何かに呪われてない?ってくらい地味な不運が連続するのね(,,・д・)そしてそれを常に回避するから魔力が膨大で消費も膨大と(,…
痛い目にあった事が無いので普通の人より危険を察知したり、慎重に動く能力が育たなかったのかな。 不幸体質がどうこうよりも、魔力が下がった場合致命的な事になる。 魔法を使えるように能力を抑制するんじゃなく…
この魔法の使い方素敵です。トラブル無く日々穏やかに過ごせるのが良いですね。 ほっこりしました。
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