第5話 難読和歌と予言
「気をつけ、礼」
授業開始とともに、生徒の一人が手を挙げて言った。
「先生!こないだのニュースの予言、外れました。」
「地震起きなかったよね。」
「信じてたの?予言なんて当たるわけないじゃん。」
確かに、地震が起きるというので、外国人観光客が日本旅行をキャンセルした、というニュースを少し前にやっていた。今日がその予言の日だったか。
「日本人は予言には向かないって。昔の歌にも予言はない、って先生も言ってたし。」
めちゃくちゃ笑いながら話している。予言に、向くとか向かないとかあるのか。心の中でふふっとなってしまった。
「この前はそう言ったけど、実はそうでもないかもしれないよ。」
楽しそうなので、つい、言ってしまった。
「そうなんですか?」
すぐにノートを開いて準備を整えた生徒がいた。…そんなメモを取るほどの内容じゃないんだけど。
「気になったので、額田王って、この前の読めない歌を詠んだ人について調べてみたんだ。」
「またしても、先生が考えた証拠のないことだから、そうかもね、ぐらいに思ってね。そこ、メモとか取らなくていいからね。」
残念ながら、メモをやめる気はないようだった。
「なんか予言してたの?地震、富士山噴火する?」
「強いて言えば、人と人の関わりについて、かな。」
生徒たちは、意味不明を顔でアピールした。
「スマホ、というか、メールとかSNSとか、動画とかの出現、と取れる歌がある。」
「またまたぁ。」
ニヤニヤしながら、煽ってくる生徒がいた。ありがたい、そういう雰囲気を作ってくれると、こっちも話しやすい。
「君待つとわが恋こひをればわが屋戸やどのすだれ動かし秋の風吹く」
「この歌は、秋の風が吹き、すだれがかすかに動いている。顔をあげるも、そこには誰もいない、という寂しげな光景を詠んだ歌なんだけど。」
「普通の短歌じゃん。」
「わかる。私も誕生日おめでとうのLINE待ってたけど来なかったことあるもん。」
「えー、誰からのLINE待ってたのさ。あ、知らんぷりした。白状しろー。」
この子達、なかなかいいところついてくる。今から言おうと思ってたことと、ものすごく関連してることを話している。
「そう、今でもよくあることだよね。待ってるけど来ない。何が来ないか、っていうと、通知、だ。」
「そりゃ無理やりだよ先生。だって昔でしょ?スマホとか通知とかないじゃん。」
「でもこの歌、ちょっとおかしいと思わない?簾。」
「簾?」
生徒たちの中には簾がわからない子もいるようだったので、黒板に簡単な絵を描いた。
「これ、暑い時には使うけど、涼しくなると使わないよね。で、この歌は秋の風、だ。」
「なんで秋の歌にわざわざ簾なのか。みんなのスマホって、通知きたら震えるじゃない?昔のもので、震えて音出すもの。簾じゃないかな。」
「通知が風で、簾が震える…?」
理解してくれた生徒もいるようだ。
「普通のことじゃない、ってことを表すのに、あえて不自然な簾と秋の風をセットにした、と考えられないか?」
…めっちゃメモ取ってる。授業のノートもそれぐらい熱を持って書いてくれるといいのにな。
「他にも、海流を予測して歌を詠んだり、昔の夫が戦争を起こす、と予言した歌を詠んだりしてる。」
生徒たちはさっきまでと違い、静かに話を聞いてくれるようになった。
「まあ、最初に言った通り、先生が考えたことだから、偉い人に言ったら笑われちゃうような話だけど。」
「先生、じゃあ、ローマ字も知ってた可能性もある?」
…返事に困った自分がいた。そんなわけない、と答えるべきだろう。だがそれは、教科書の知識、世間の通説の中での話だ。
額田王について調べまくったが、未来が見える、という情報には辿り着くことはできなかった。だが、額田王が権力者に望まれたとこと、海流の予測、弟と息子との戦争、秋の風と簾のたとえ、を和歌に詠みこんでいることなど、未来が見える人物ならば、納得がいく。
ならば、もしかして。
「ローマ字を知っていて、あの歌を詠んだのかもしれないね。」
そう答えて、ふと、時計を見た。やばい。ちょっと話しすぎた。
「ごめんごめん、この話は終わり。今日の課題は…」
焦って、授業の内容に切り替えた。
「生徒が、予言の話題を振るので、つい話しすぎちゃいました。」
職員室で、隣の先生に話してみた。
「こっちでも、生徒が話していましたね。例の地震の。」
「で、やっぱり日本人の予言なんて当たらない、って言ったり。」
「あ、日本人馬鹿にしてますね、それ。」
「でも、予言者とか、なんとなく西洋人のイメージじゃないですか?ノストラダムスとか。」
「ノストラダムス。懐かしいなあ。みんな知ってましたよね、子どもの頃。」
しばらくノストラダムスの話題で盛り上がった。
「でも、聖徳太子っているじゃないですか。あの人、未来が見えたらしいですよ。」
「楠木正成が見た、とかいうやつですね。」
「さすが、詳しいですね。実際にその予言書が置かれているお寺があるとか。」
「正成が、見せないようにって指示したんですよね。」
「そういえば、聖徳太子って、外国語を知ってた可能性があるらしいですよ。」
…なんだって!
「聖徳太子の生まれたのが厩だったり、母親の体に観音様が入って生まれた、とか、外国の話との類似があって。」
「それが、外国語がわかる人がいた証拠じゃないか、と。」
「そうそう。だから聖徳太子本人も知ってたんじゃないかって説があるみたいです。」
「…でも、書物とかに残ってないから、わからないですよね。」
その場はそう言ったが、心には「外国語がわかる人」の可能性が引っかかっていた。
「可能性は、あるかも。」
その日は、残業を切り上げて帰宅した。早く確かめたい、という気持ちでいっぱいだった。




